第5話 初
金森若葉は侮れない。気を許してはいけない。
桜木さんと初めて一緒に帰った日からほぼ毎日、2日に1回、1週間に1回――、と一緒に帰宅する頻度が落ちていった。
バレー部が大会に向け徐々に忙しくなり、夜錬やミーティング増えたからだ。
無理やり夜錬終わりまで待ち、一緒に帰った事もあったが彼女が恐縮するのでやめた。
こちらはお気楽テニス部所属、時間の事は気にしなくてもいいのに。
当然夜のメッセージタイムも短くなる。
至極残念ではあるが、夜錬・宿題・家の事をこなす彼女の事を考えれば我慢できる。
代わりと言っては何だが、いや代わりにはならないのだが、金森若葉とのやり取りが増えた。
最初はこちらも警戒していたが、こちらを探る様な質問責めばかりという事はなく学校の話題や好きな音楽、お笑い、マンガの話等、正直楽しいと思う瞬間もある。
あの女の人心掌握テクニックである事は理解していても、踏み込まれた間合いを外せない。
極めつけは、これ。
『じゃあ今日の光ちゃんタイム、いってみようか』
『待ってました!』
盛り上げる様にスタンプを連打。
ポンッと小気味いい音と共に、桜木さんのプライベートショットが送信されてくる。
おおっ、これは…
バレー部の休憩中? に彼女が飲み物を差し出す瞬間を捉えている画像。
学校ジャージの長袖を軽く捲り、長い黒髪を後ろで1本にまとめている。
こんなマネージャーから飲み物貰ったら、体力全快するだろ……
これでまた桜木さん画像が潤った。
『ありがとうございます』スタンプを押し、一呼吸。
普通に仲良くなってね?
ポンッ
『今何してた?』
お、今度は桜木さんから。
『古文の宿題やってた』
『あー、吉田先生宿題多いよね』
『古文、結構置いてかれ気味かも。助詞とか正直もう分からん』
『そこ、覚えとかなきゃまずいかも。今度教えてあげようか?』
『是非おねがいします』
やった! 甘酸っぱいイベントその2のチャンス。
『最近、一緒に帰れなくてごめんね』
『しょうがないよ。インターハイが懸かってるもんね。桜木さんの頑張りもすごい皆の力になってると思うし』
『私なんて全然……すごいのは先輩とか選手の皆だよ』
『いやいや、桜木さんに応援されたら何倍も頑張れるよ』
『そういえば、今週は日曜練習休みなんだ』
『へー、良かったね』
『本屋さんに行こうかなと思ってたんだけど……、一緒に行く?』
『行きます』
イエス! デートだデート。
『他に行きたいとこあったら言ってね』
『考えとくよ』
うーん、また悩ましい日々が始まるな。
本屋を経由したデートプランを考えねば。
その後風呂に入り、リビングで母親と軽く話して部屋に戻ってくる。
スマホに1件の通知。
『2回目のデートおめでとう。今はいい映画やってないからやめた方がいいよ。あと光はパンよりも普通に牛丼屋とか好きだよ」
ゾクっとした。
とりあえず周りを確認。
いつもの部屋。
程よく乱雑なため、誰かがいじっていても分らない。
盗聴? 盗撮?
ポンッ
『ごめん、ちょっと脅かしてみた。普通に光から聞いただけ』
いや前回のデートは分かるけど、2回目のデートは30分前の話だぞ?
一体彼女はどこまで金森若葉に話しているんだ。想像以上の仲だぞこれ。
しかも、こちらが恐怖を感じると分かっている文章のチョイス。
やはり、この女は最要注意人物だ。
ビビってると思われたくないので、タコがアホづらしているスタンプを送ってスマホの電源を落とした。
日曜日。
また昼前に待ち合わせした僕らは、牛丼屋で昼食。
牛丼屋を提案した時の彼女の反応は微妙だった。
「う、うん。いいよ。男の子はやっぱりこういう方が良いよね」
金森若葉ああああ! 騙しやがったな!
その後目的の本屋へ。
本屋と言っても専門書から文房具、日用雑貨などが販売されている巨大な店。
全売り場を回り終える頃には、夕方になっていた。
「今日は家まで送るよ」
「また戻ることになっちゃうから悪いよ」
「いや、送らせて。もう少し話もしたいし」
うーん、と考え込むポーズの彼女。
「じゃあ、お願いしよっかな」
今日僕は自分に課しているノルマがある。
告白から3ヶ月、僕らの仲を1つ進展させる。
学校への最寄り駅でもある高谷堂駅から歩いて15分。
彼女の住むマンション前の公園で、また話し出す。
日が傾き、鮮やかな青色の夜が近づいてくる。
静かな住宅街だ。
すべり台やら、のぼり棒やらが組み合わさった遊具に寄りかかりながら、
「そういえば、金森さんに僕らの事……結構話してる?」
「うん……若葉には相談に乗ってもらってる」
「あんまり知られるのも恥ずかしいな~なんて……」
「私、若葉には何でも相談しちゃうんだ。水島君が話すなって言うなら……やめるけど」
「いやいや、別にいいよ」
「水島君には、若葉ともっと仲良くなって欲しいな。私の親友だから」
ここまでにしておいた方がいいな……
下手に引き離そうとするのは、悪手だ。
「もちろん」
「水島君……ってなんかもうちょっと変だよね。カナタ君? の方が良いかな」
「じゃあ僕も……ヒカリ……って呼んでいい?」
「うひゃあ~、ちょっと恥ずかしいね」
体を別の方角に向け、手で仰ぐ動作をする彼女。
ここだ……!
過去未来全ての勇気を振り絞れ!!!!
彼女の両肩に手を置く。
ビクッと体が跳ね、こちらに向き直し上目遣いになる。
「光、やっぱり君が好き。告白してからどんどん好きになってる」
本当はあと3倍くらいの文章だったが、緊張のあまり短縮された。
心臓が爆発しそうだ。
その次の言葉が出ない。
喉が渇ききって、全ての水分が無くなってしまったかのよう。
やがて彼女の瞼が閉じ、美しい睫毛が伏される。
そのまま吸い込まれるように、僕らはキスをした。
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