第4話 鎖上

「ふーん、そういう事。だから最近ずっと恵比寿様みたいな顔なんだ」


 放課後、部活の時間。


 校庭の隅っこにあるオムニコートに座り、夏希と雑談中。

 我が高校にはテニスコートが2面しかない為、男女のテニス部が1面ずつ使用する。

 火曜日は男子、水曜日は女子が2面丸ごと使い集中練習という形をとる。


 部員数に対して圧倒的にスペースが足りておらず、練習は効率的とは言えない。

 対して強くないから設備が充実しないのか、設備がおざなりだから弱いのか、どっちが先か問題。

 一応それなりの進学校な為、学校全体として部活は盛んではないが。

 全国レベルなのはバスケ部くらいか。あとバレー部も。


「そういう事。土日テニスする機会減っちゃうかも。ごめんな」


 微笑みを絶やさず告げる。

 夏希は県内でもそれなりの強者に位置している為、休日たまに練習に付き合っている。


「ま、いいけどね。あの彼方が学校一の美女と付き合ってるんだもんね……それぐらい協力するわよ」

 イジりかツッコミが入るかと思ったら、割と素直な反応。

「お、おう」

「それより大丈夫なの?金森若葉に命狙われてない?」


 どきっ。


「いや実はさ……今日から帰れる日は一緒に帰ろうって話になってるんだけど、その金森若葉も一緒にってさ……」

「うそ⁉ なんで?」

「詳しくは聞いてないけど桜木さんと同じ部活だし、家の方向も一緒だし、なによりあの二人めちゃ仲がいいからね……」

「えー、空気読んでよ」

「そう思わなくもない。と言うかそう思うけど、桜木さんの希望だから」


 ここで久々に恵比寿スマイルが、真顔になってしまう。

 憂鬱だなあ……彼女と一緒に下校するという甘酸っぱいイベントのはずなのに。

 

 

 うげっ!

 待ち合わせ場所の校門に、金森若葉が一人で立っている。

 桜木さんは?


「やあ。光はまだ打合せしてるから、もう少しかかるよ」

「そうなんだ」


 あの日睨まれたような刺々しさは感じないが、気まずさが半端ない。

 唯一の話題である桜木さんの事を迂闊に話してもいいのか、まだ判別がつかない。

 

「水島君? 光と付き合うの、大変だと思うよ」

「ど、どうして?」

 さっそく突っ込んで来た!

「あの子、可愛いじゃない。すっごーくモテるし。なんか負い目を感じちゃわない?」

「そうかな?大切なのは本人同士の気持ちだし」


 決まった……!。

 対金森若葉の会話シミュレーションは事前に実行済み。

 僕を貶して自信を喪失させてくるパターンは想定済みなのだ。


「水島君て、なんか得意な事あるの? 人には絶対負けない事とか」

「そうだねー、雪だるましりとりは誰にも負けた事ないかな。知ってる? だんだん文字数増やしていくしりとり」

「知らない」

 予定していた会話の流れにならなかった為か、表情と言葉尻に圧が掛かる。


 数秒の沈黙の後、再びこの女。


「私、心配してるんだ。うまくいかなくなって、光が傷ついたり悲しんだりするの」

「そうならない様に努力するよ」

「努力しても難しい事だってあるでしょ? 君が光を幸せにできるように思えないんだけど」

「どうして?」

「何か得意な事もないよね。勉強もそんなに……でしょ? 夢とか将来なりたいものある? 悪いけど、ボーっと生きている様な人に光は似合わないと思うな。釣り合いみたいなのってやっぱりあるから。光だけじゃない、水島君も傷つくんだよ?」


 ここまで言うか。


「さっきも言ったけど、本人同士の気持ちじゃない?金森さんが描く理想の彼氏がどんなのかは知らないよ。でも金森さんが何と言おうと、僕がどんなに振られないように頑張ろうとも、桜木さんが僕みたいなやつは嫌いって言ったらそれまでなんじゃない。」

「ふーん、結構頭の回転早いんだ」

 こいつ……挑発して反応を見てるな。


「ごめんごめん。ちょっと試しちゃったよ。だってあの光の彼氏だよ? どんなすごい人なのかと思ってさ」

「悪かったね、大した奴じゃなくて」

「いやいや、大したもんだよ。冷静だし、口も回るし」

「でもまだ不安だな~。ねえ、水島君の事もっと教えてよ。アドレス交換しよ?」

 試してきたと思ったら、急に懐に入ってくる。

 なんという油断のならない女。

 

「ごめん、お待たせ―」

 桜木さんが小走りでやってくる。

 

「お疲れ、遅かったね。橋本先輩細かいからねー」

「しょうがないよ、しっかりした人だし。水島君もお待たせ、若葉と仲良くやってた?」

少しだけ、にやっとした顔の彼女。

その言葉と表情で、意図的にこの女と二人きりの時間がセッティングされたものだと知る。


「もちろん。もうアドレス交換したしね」

「早っ。若葉本当?」

「そうだよ。これから一緒に帰る日もあるし、光の彼氏なら私も仲良くしたいしね」

「水島君って、もしかして手が早いタイプ?」

 嘘……という表情の、あからさまな小芝居が入る。


 うーん、かわいっ。


「隠しててごめん。実は僕、金木田じゃ有名なナンパ師なんだよね」

「やっぱり。光、こんな人やめておいた方がいいよ」

 笑いながら3人で歩いていく。

 はたから見たら仲良し3人組に見えるのだろうか。

 この金森若葉が要注意人物だという事は、今日はっきりと再確認できた。


「お疲れー」

 クロスバイクで僕らの横を走り去る長身の男。

『『お疲れ様でした!』』

 突如女子二人がハモる。


「先輩?」

「そう、橋本先輩。男子バレー部の部長。実質男女バレー部統括部長みたいな感じ?」

「ちなみに光のお気に入り」

「ちょっと!そんな事ないって!」

 慌てて否定する彼女。

「ごめんごめん、『光が』気に入られてるんだった」

「そんな事ないから!」

 そういえばさっきも話に出てきた気がする。

「すごい人だよね。練習メニューの組み立てから、マネージャーへの指示まで一人でやってるもんね」

「プレーヤーとしてもすごいしね。雑誌の注目選手で取り上げられたり」

 ががーん。そんなすごい人と毎日青春を送っているのか……

 自信がシナシナと萎んでいく。


 そのサインを目ざとくキャッチした金森。

「水島君、ジェラっちゃった?」

「あー、うーん」

 素直に認めるのがいいのか、虚勢を張るのか決めかねた返事。

「大丈夫だよ。バレー部の先輩と付き合ってるし、私なんて眼中にないから」

 いくら付き合っていても、よりいい女に行けそうと分かったら行くのが男という生き物なんだよね……

 


 金森。柳田。橋本。

 不安のタネがどんどん増えていく。

 金森若葉が僕を試すために言った事も、見当外れな話ではないように感じてきた。

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