第3話 昇格

 日曜日 AM10:30。

 人が行き交う、県内で一番大きい駅に立っている。

 県内ガッカリ観光スポットNo.1のピロシキ君像の前だ。

 県特産の春雨を、なんとかご当地品まで高めようとした大人達の汗と涙の結晶である。

 汗をあまりかかない僕でも、うっすらTシャツが湿ってくるのを感じる。


 夏希に頭を下げてコーディーネートしてもらった、夏希曰く「一番無難な」ファッション。

 白色のTシャツに、黒のパンツ。

 無難すぎる気もするが、あんなのでも女性の意見だ、尊重しよう。

 ちなみに年中バスケチームのメッシュシャツと、ハーフパンツの比呂戸には聞いていない。

 

 約束の11時までもう少し。

 告白の時を考えると、彼女は律義に早めに来ることが想定される。

 今更だが、夏希コーディネートのシンプルさが不安になってくる。

 

 彼女と釣り合いがとれるだろうか。

 

 人の視線や意見なんか気にするな。なんて吹っ切れる程の自信はない。

 街に出ればなおさら、僕だけではなく彼女まで好奇の目に晒される事になる。

 ポケットから手を抜き、スマホをちらっと伺う。さっき見てから3分しか経っていない。

 視線を駅の中に戻すと、私服の桜木さんが改札から出てくるところだった。


 か、可愛い……


 黒に英字のプリントが入ったTシャツに、膝上というよりは腿上のパンツ。

 主張の強い双丘がTシャツを押し上げ、英字がアーチ状になっている。

 涼しげに髪をアップにまとめており、お世辞抜きにモデル級の美女だった。

 

「おはよー、早いね」

「おはよう。か、かわいね」


 痛恨のミス、誉め言葉を噛んだ。


「あはは。そこを噛むなし」

「アハハ……」

 

 出鼻をくじかれた感はあるが、デートプランで挽回しよう。

 評判のいいサンドウィッチ専門店で軽く昼ご飯を食べ、映画館へ。

 世界的に話題の3Dアニメを見て、おしゃれなカフェで感想を話し合う。

 近くのゲーセンで、さっき観た映画キャラクターのぬいぐるみを彼女にプレゼント。

 その後はぶらぶら歩いて、いっぱい話して…‥ 


 なんか、うまくいきすぎている様な、ふわふわした感覚のまま時間が流れていった。


 時間は17時。

 晩ご飯まで拘束するのは長いかな? って事で今日のプランはここまで。

 同じ方向行の電車を待っている僕ら。

 僕が降りる駅の2つ先が、彼女の降りる駅。

 家まで送ると申し出たけれど、さすがにそれは悪いと固辞された。


 話すネタも尽きて、沈黙の時間が増えてきた頃にポツリと彼女。


「今日、純粋に楽しかった。社交辞令じゃなくて、本当に」

「それは良かった。僕も楽しかったよ」

「水島君て、なんて言うか味のある人だよね」

「それ誉め言葉?離れ言葉?」

「あはは。離れ言葉ってなに?」

「あなたはいい人だよね。でもいい人止まり、みたいな。彼女になる人は幸せだよね、私じゃないけど。みたいな」

「あるあるだね。でも私、そこまで考えて喋ってないよ。計算とか打算とか苦手だし」

「じゃあ誉め言葉として受け取っておくよ」

「私ね、男子の知り合いとか友達とかすごく少なくて……なんか苦手っていうのがあったんだけど、でも水島君は大丈夫っていうか、安心できるっていうか……」

「だからさ……友達から昇格してもいいかな……なんてさ」

 

 顔を真っ赤にして、俯きながら、消え入る様な声で。

 


 父さん、母さん、ありがとう


 貴方達が頑張って働いてくれたから ここまで生きてこれました


 僕の人生、今すごい事になってまーー


「あれ? 桜木? 久しぶりじゃね!」

 突如掛けられた軽薄な声に、両親への感謝が強制的に遮断される。


「え? 柳田君?」

「すげー、偶然。帰るとこ? 今一人?」

 柳田君と思しき茶髪ツーブロックの、所謂チャラ男がまくし立ててくる。

「ごめん、今友達と一緒だから……」

 5秒で彼氏から友達に降格した。

 柳田君がチラッとこちらを見る。

「友達? もしかして彼氏? あーワリ―、邪魔しちゃったあ?」

 そうだよ。邪魔だよ。

 しかし彼女と、この柳田君の関係性がまだ読めないので邪険にもできない。

 彼女の友達に冷たくする男は嫌われる、これ常識なり。

「あー、ははは……」

 乾いた笑いで迷惑さをアピールするも、柳田君は止まらない。


 中学校の時同じクラスだったらしい彼のマシンガントークは、電車に乗っても続いた。

 共通の知人の誰それとどこで会った、誰それが別れた、付き合った……

 彼女も僕に気を使って会話を終わらせようとする素振りを見せていたが、遂に僕が降りる駅に着いてしまった。

 あれ、このままじゃこの二人は同じ駅で降りるの? その後どうなる?


「ごめんね。後でメッセージ送るから」

 改めての見送り結構サインと受け取り、軽く手を振って電車を降りる。

 電車のドアが閉まった後も、柳田君は話を止めていない。

 一抹の不安を抱えたまま、駅からの家路についた。

 いやなんかもう……うまくいきすぎているとは思ったけどさ……

 


『本当にごめんなさい。知らない人の話で退屈だったよね』

『いやしょうがないよ。柳田君が久々の桜木さんに会えてハッスルしちゃってたからね』

『ちょっと押しが強い系? 悪い人じゃないんだけど』

 いや彼女に対してはそうかもしれないが、僕に対しては少なからず悪意を感じた。

 高校が違くとも、地元が一緒なら彼女とまた遭遇してしまう機会もないとは言えない。

 お邪魔虫2の登場か……。

『なんかモテそうだよね。オラオラ系っていうか』

『中学の時もすごかったよ。学年で1番目2番目に可愛い子と付き合ってたし。同じ学年だけじゃなくて上級生や下級生とも』

 学年で1番は桜木さんだったんじゃないだろうか…と思うが。どこまでも謙虚やね。

 柳田君の話は精神衛生上よくないのでここまでとし、本題に入ろうか。

『ところでさ……電車に乗る前に言ってくれた事だけど』


 既読にはなっているが、返事が返ってこない。

 まさか、その場のテンションに流された事を後悔?

 どんな文章で追撃しようか、推敲に推敲を重ねていると。


 彼女からの返信。


『これからは彼氏彼女って事でいい……?』


 桜木さんからこんなメッセージを受けて、断る男が地球上にいるのだろうか。


『もちろんです。よろしくお願いします』

 つい敬語。


「うわああああああああ!!!!」

 勉強机の椅子からベットにダイブ! からのローリング!

 愛の神様! 恋の神様! ありがとうございますうううううう!

 お邪魔虫なんて怖くないね! 僕らは繋がっている--!



 その後母親に注意されるまで、ベットの上で跳ね続けた。

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