第2話 接触
新しい朝が来た。
新しい朝と言っても、今の僕にとっては夜中の延長でしかない。
あの後桜木さんと22時過ぎまでハートフルなメッセージ交換の後、三国一の果報者DJである僕主催の惚気オールナイトが開催された為、夜を徹してHotなチューンの選曲作業に勤しんでいたのだ。
比呂戸は23時、夏希は26時には寝ていたが。
重たい頭を掻きながら階段を下りていくと、誰も居ないリビング。
水島家の屋台骨その1は遠方に単身赴任中、屋台骨その2は看護師のため家にいる時間が一定しない。
こうやって朝一人で身支度をするのも慣れたもので、サッと顔を洗い学校指定の白シャツに袖を通す。
朝ご飯は食べたり食べなかったりだが、今日は全く腹が減っていない。
家から一歩出て鍵を掛ける、と初夏の朝の暴力的な日差し。
「おえ……」
普段はさほど重さを感じないテニスラケットのバッグが、軋むように揺れる。
見慣れた時計台の下にいる、孤独な恋人なし(と思われる)二人。
「おっはよーーー!!」
こちらを確認した二人は何も言わず、駅へ歩き出す。
「朝は元気に挨拶しようよ! さあ! お兄さんと一緒に!」
『『うるさい』』
夏希の目が割と本気でウザがっているので、しつこくするのはやめておこう。
告白の流れや、メッセージのやり取りに関しては昨夜延々と報告済みである。
「いや~、戦国時代で言ったら領地貰えるくらいの首級を挙げたね~麿」
「まあ素直にスゴイ。でも友達からってとこにバリヤーを感じるよね」
「いやいや、友達以上夫婦未満って意味だから」
「絶対にそこまで言ってねえだろ……」
「あんた、そのノリでグイグイ行ったら1週間で振られるわよ」
「そんな事できるわけないだろ、この僕が」
「まあ、基本ヘタレだしね~」
何とでも言うがいい。一昨日までの僕とは違うのだ。
電車の中で桜木さんの登校時間を確認しておく、マメ男なのだ。
「じゃ、ここで待とうか」
校舎の手前で足を止める。
「なんか、用事?」
「ハニーと朝の逢瀬」
「うわ、ウザ」
「へーやるじゃん、彼方」
クラスが違う彼女と、確実に顔を合わせられるのがこの登校タイム。
「じゃ、私ら行くから」
「待て待て待って下さい」
「俺達いたら、邪魔なんじゃね?」
「よく考えてくれ。いくら特別な関係になったとは言え、翌日速攻で登校を待ち伏せしていたら何か粘着質? 仲良し幼馴染の僕らは朝校舎の前で駄弁っている。からの偶然の遭遇。そういう事で一つ」
「ぷっ、やっぱりヘタレだね」
夏希が嬉しそうに笑う。比呂戸もあきれたように笑う。
しばらく同級生を見送っていると、長身の女子と並んで歩く桜木さんが現れる。
嘘……こんな可愛い子が僕の彼女になるの?
初夏の朝日にきらめく彼女は、恋というフィルターを抜いても輝いているように感じる。
僕に気付いた彼女は、ちょっとだけ恥ずかしそうな顔した後、隣の女子に向き直った。
挨拶の射程距離まであと10歩……9歩……8歩……
「おはよう」
「おはよー」
振り返らず彼女らは去っていく。
その際に隣を歩く長身の女子がはっきりとした敵意をもって、僕を睨み付けていく。
怖っ。
「何が逢瀬よ……クラスメート以上友達未満じゃない」
「今はこのぐらいでいいんだよ。てか隣のあの女コワ! 睨まれたんですけど!」
「ああ、有名よ。金森かなもり 若葉わかば。女子バレー部のエース」
「桜木といつも一緒にいるぞ。朝も帰りも……って知らなかったのか」
誇張ではなく、彼女しか眼中になかった。
「何て言うか、桜木さんのナイト? みたいな。彼女にビビッて告白を諦めた人もいたみたいよ」
「予鈴鳴るからそろそろいこうぜ」
比呂戸に促され、校舎に入っていく。
予定外のお邪魔虫登場か……。
まあ僕は僕らしく、彼女と仲良くなっていくだけだ。
学校ではこんな塩対応な彼女だが、最近は毎晩メッセージのやり取りをしている。
学校であった出来事、同級生の噂話、宿題の事、家の事。
一日の内で最も満たされる時間だ。
彼女について、分かってきた事が色々ある。
まず父親を早くに亡くしており、母親がバリバリのキャリアウーマンとして働いているらしい。
誰に言われるわけでもなく母に感謝するようになり、家事をこなし、勤勉となっていった様だ。
一人っ子である彼女の寂しさは如何程であっただろうか想像もつかないが、グレずに成長してくれた事は愛の神に感謝したい。
また、今まで男と付き合った事は無いという。(やったね!)
あれだけモテるのに何故だろうとは思うが、そんな暇はなかったのかもしれない。
それとも父親不在の影響で、男に対する免疫みたいなものが無かったのだろうか。
一つ、彼女を形成する重要なファクターとして「中学校時代」がある。
必然的に彼女の中学校時代に話が及ぶ事があるが、露骨に避けられる。
もう「何かあるな」と思われてもいいってぐらい、強引な話題変更。
そんな時、草食動物である僕の危険察知センサーが『深追いするな』とアラートを出す。
仲が深まればそのうち……話してくれるのだろうか。
そして金森若葉について。
彼女に言わせると「腹心の友」だと言う。
小学校から一緒、中学校も一緒、高校も一緒、この先もずーっと一緒。
何でも話せるし、隠し事はなし。部活でも最高のパートナー。
ちょっとやきもち焼きな所は、彼女も感じているとの事。(絶対ちょっとじゃないだろ!)
レズビアンだとからかわれる事もあったそうだが、金森若葉はその度に然るべき報いをくれてやったという。
170cmはゆうに超えている身長と、スタイリッシュな短髪、切れ長の眼。
そのまま宝塚に入団できそうなルックスではあるが、その眼光は演技抜きで殺し屋そのもの。
『この前の朝さ、金森さんにガン飛ばされたよ』
『あはは。水島君の事、その日のうちに若葉に話しちゃったからね』
『ちなみに……なんて?』
『振ったのに諦めなくて、ストーカーになるって言われたって』
『えええええええええええ⁉』
『うそうそ、ごめんね』
『寿命が縮んだよ』
『あはは。本当は振ったのに諦めなくて、友達になることにしたって』
『事実なんだけど、さっきのと余り変わらないね』
『そうだよね。若葉から質問攻めにされたよ。脅されたのか、とか無理やり何かされたのか、とかさ』
『ひいっ』
『大丈夫、水島君はそんな人じゃないって言っておいたから』
ああ、なんて楽しいんだ。
まだ友達という身分とはいえ、彼女とこうやってメッセージのやり取りをしている男は世界中に一人だけなのではないだろか。
もっと彼女を知りたい、もっと仲良くなりたい、次のステップに進みたい。
入力しておいた文章を、祈る気持ちで送信する。
『今度の日曜ヒマ? ちょっと街に行きたいんだけど、一緒に行かない?』
『うん、いいよ』
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