◆3.三匹の夜の種族


 時には宿屋のベッドにぬくもりを求めて、時には野天の星空を三人だけで独占して、そして、たまには営業を終えた酒場で酔いつぶれたまま朝を迎えたりなどもして。

 三人はあらゆる昼を共に歩み、そして、あらゆる夜を共にいこいました。


 ユカは踊り子になんでも話しました。

 普通とは少し違う自分の生い立ちのこと、故郷を出発してからこのかたのこと、それから、リエッキという最高の友達を得てからの、輝かしい毎日のことを。

 ユカが最も話したがったのはまさにこの三つ目で、踊り子が一番の興味を示したのもこれでした。だからついつい余計なことまで語りすぎて、その結果しばしばリエッキの逆鱗げきりんに触れたりしたことも、まぁご愛敬というものです。


 そしてもちろん、ユカは自分の旅の理由も話しました。

 譚ることにより母の名誉を取り戻すという目的を。

 魔法使いへの偏見を、物語の力で払拭するという理想を。


 どうしたことか、彼がそれを語り終えたとき、日頃笑顔を絶やしたことのない踊り子が、顔全体を涙に濡らしてしゃくりあげていました。

 その泣き方の激しさときたら、ユカとリエッキの方がおたおたしてしまうほどの、滂沱ぼうだの中の滂沱といった様子です。


 なおも泣きじゃくりながら、踊り子はやがてユカに言いました。


「あだ、あだじも、いっじょにがんばる……」

「え……な、なに?」

「だがらぁ、あだじもぉ、ユガくんといっじょにぃ、おどってぇ……」


 なにを言っているのか、全然聞き取れません。

 ですが、聞き取れない言葉をなんとか聞き取ってまとめてみれば、こういうことのようでした。

 つまり、彼女は申し出てくれていたのです。ユカの理想を共有すると。踊ることにより彼の目的の手助けをしたいと。


 とにかくこのようにして、ユカは旅の仲間だけでなく、頼りになる同志をもまた得ることになったのです。


 踊り子と物語師と人の姿をした竜、三人はどこの酒場でも大いに持て囃され歓迎されました。

 特別でない夜を忘れがたい夜へと変えてくれる、素晴らしい旅の一座として。

 彼らの巡業はいつも次のような順序を踏みました。

 まずはユカが譚りによりしんみりと客席を涙に沈め、そしてそれが終わったら、今度は踊り子が華やかなる演舞によって一挙に盛り上げる、とこういう趣向です。

 陰と陽、静と動、対照的な二つの演目は相照らすように作用し合って、がっちり噛み合って、二つで一つの番組として見事に成立しておりました。

 ええ、実に見事なものだったのです。憂愁ゆうしゅうの情緒を担う物語師と熱狂を呼び込み司る踊り子、二人の対比は目覚ましいばかりに鮮烈、魔法を使わずとも魔法のように酒場の空気を掌握してしまうのが常でした。


 そして、この小さな一座にとって最も重要だったのが、三人目の彼女の存在です。

 ユカと踊り子が仕事を終えて卓へと戻れば、そこには二人が愛してやまない竜の少女が、愛すべき仏頂面をさげて待っていてくれました。

 先に飲みはじめていていいと何度言っても、リエッキはけっして一人ではジョッキに手をつけないのでした。彼らはいつも三人揃って乾杯を交わし、三人揃って最初の一口を含みました。

 遅いとかなんとかいうリエッキの文句を、極上のさかなにしながら。


 その一年、彼らはまさしく三位一体の存在としてあったのです。語り部と舞い手と、それに芸人二人の疲れを吹き飛ばしてくれる素直じゃない竜の少女。

 誰一人として欠かすことのできない、三人で一つの夜の種族として。



   ※



 季節は新しい一巡へと突入しています。

 生まれたての春が太陽の威光を笠に着て年老いた冬を追い立てる、そんな風物の流転情景もあらかた終わりに近づいておりました。


 三人での旅がはじまってから半年が過ぎて、この頃、いくつかの物事には確かな変化が生じています。

 たとえば三人の道程はこのとき、長い内陸の旅から海辺へと抜けて、さらには海路を経て海峡を西へと渡る船上にありました。

 ユカにとって、そしてもちろんリエッキにとって、これは生まれてはじめての船の旅です。好奇心旺盛なユカは船員に叱(られるほど海へと身を乗り出して、反対にリエッキはといえば、こちらはできるだけ船の真ん中に陣取って陸地恋しやと震えています。

 そういえばこの前月にユカは十五歳になっており、これもまた変化の一つと数えることができるかもしれません。


 変わる季節と変わる風土に備えて、というわけでもありませんが、三人のよそおいにもまた変容が見て取れます。

 たとえば踊り子は冬のあいだお世話になったマントを脱ぎ捨てており、露出の多い曲線の美にて船員たちの作業を無自覚に妨げています。

 また、まだまだ成長の途上にあるユカは、先だって窮屈になってきた服を新調したばかりです。ぴかぴかの旅装に身を包んだ少年は、傍目にははじめての旅に心躍らせている旅行者か、あるいは初々しい駆けだしの冒険者とでも見えたことでしょう。


 さて、ユカと踊り子についてはこの通り。

 では、彼らの三人目、リエッキはといえば。


 三人のうち、最も変化に乏しかったのが彼女です。

 そして三人のうち、最も大きく目に付く変化を背負っていたのが、これもまた彼女なのです。

 衣装に目を向ければ、そこにはなんらの変化も認められません。リエッキは依然として変身時に身につけているあの服装、ユカと踊り子が揃って民族衣装的だと評した白と赤の対比もあざやかな一揃いの衣装のままで、その他にはずっと前にユカが買ってあげた髪飾り(ええ、花だか虫だか魚だかわからないあれです!)をつけているだけなのです。


 ですが、彼女には衣装とは別に所持品……というか荷物が、大きいものと小さいものの二つ、増えておりました。


 一つ目は、なんだか扁平へんぺいな形の木の板に五本の弦を張ったもの、これは神話の時代に由来を求められる伝統の弦楽器です。

 ある夜の余興のあとで踊り子が口にした「演奏に合わせて踊ってみたいの!」との要望を叶えるために購入されたのがこの品物で(例によって仏頂面で「……あのさ、なんでもいいから楽器が一つ欲しいんだけど」とリエッキがユカに申し出たときの踊り子の喜びようときたら、とてもじゃありませんが舌にも筆にも表しきれません)、こちらが荷物の小さいほうでございました。


 そして二つ目、荷物の大きいほうについてですが……さて、こちらがいかなる曲折きょくせつを経て彼女の荷物となったのか、これには少しばかり長い説明を要します。

 その前に、はたしてその荷物がなんであったのかだけは明かしておくとしましょう。


 本棚でした、それは。

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