■5.魔法ってすごく素敵だね

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「これはね、あなたの他にはこの世の誰にも読めない本なの。

 

 だって魔法使いの魔法は、本人以外にはなんの意味も持たないものなのだから」



   ※


 魔法使い。その踊り子は確かにそう言った。

 どうしてそんな単語が会話に登場したのか、リエッキにもユカにもすぐには飲み込むことができなかった。


 理解はたっぷり数秒も遅れてやってきた。

 にわかには受け入れがたい事実をつれて。


「魔法……魔法使い……? それってもしかして、僕のこと?」


 ユカが、確認するように自分を指差して言った。

 そんな彼の反応を楽しむようにくすくすと笑いながら、「君以外に誰がいるっていうのよ?」と踊り子は答えた。


 失語の沈黙の間が訪れた。

 ユカも、それにリエッキも、共に完全に言葉を失っている。


「初々しい反応ねぇ」


 やはり楽しそうに笑って踊り子が言った。


「いまの君の気持ち、お姉さんよーくわかるわ。だって、あたしも同じだったんだもの。いまの君みたいに自分が魔法使いになったことにも気付いてなくて、それが魔法だと知らないまま魔法を使い続けてたの。そしてね、ある日出会ったある魔法使いからこう告げられたの。『わかっていないようだから教えるが、君は魔法使いだ』って」


 お姉さんは魔法使いなの? とユカが踊り子に訊ねる。

 そうよ、と踊り子は答える。お姉さんも魔法使いなの、と。


 少しだけ強調された『も』という接続詞が、「そういう君もね」という言外の附言を伝えている。


「これも巡り合わせってやつかしらね。だってその先輩魔法使いに、あたしも君と同じ台詞を口にしたの。そしてやっぱりこう返された。『君以外に誰がいるんだ?』」


 誰かの口まねでもう一度告げて、踊り子はユカの胸をとんと指でついた。

 花の汁によるものか、形の良い爪にはうっすらと紅が施されている。

 その指を、リエッキはしばし凝視する。美の先端たる指先。美しい指先。人間の指先。


 少しだけ震えている自分の手を、目の前に持ってくる。

 やはりというべきか、そこにあるのは三本の前趾と一本の後趾ではなく、横一列に並んだ長さの異なる五本の指である。鱗のないなめらかな皮膚である。

 踊り子のそれと同じ、すらりとした人間の指。


「……つまりこれって、そういうことなのか?」


 リエッキは言った。


「わたしを人間にしてたのは、やっぱりユカ、あんただったっていうのか?」

「え、どういうこと?」


 こいつはどこまで察しが悪いんだ──リエッキはもどかしそうに頭を振る。


「どういうこともこういうこともないだろ! 信じられないような話だけど、そう考えれば全部説明がつくんだ! あんたにしか読めない本、そこに書かれた内容が現実になってるこの状況……これは全部、あんたの力なんだ!」


 あんたは魔法使いになっちまったんだよ!

 ほとんど息継ぎもせずに、まくし立てる剣幕でリエッキはそう突きつけた。ユカはきょとんとした顔で彼女を見つめ返す。

 そうだ。信じがたいけど、そう考えればすべて説明がつく。


 魔法使い。それがどれほど珍かな存在であるのかはリエッキも知っていた。

 呪使いのような紛い物ではない、本物の奇跡の担い手。幻想の世界に生きたまま片足を突っ込んでいる人種。

 その魔法使いに、ユカが。


 ぐるぐる回りはじめたリエッキの思考に割り込んで、ユカがようやく言葉を口にした。


「……びっくりしたなぁ。でも、だとしたら魔法ってすごく素敵だね」


 けろっとした笑顔で重大な事実を受け入れてしまった親友に、リエッキはまたもその場にへたり込みそうになる。いったい誰の話をしていると思ってる、あんたはことの重大性を理解しているのか。そう問いつめたい気持ちで胸がいっぱいになっている。


「なんだか面白い子たちねぇ」


 二人のやりとりの一部始終を見ていた踊り子が、けらけらと声を立てて笑った。


「ね、良かったら君たちのこと聞かせてもらえない? あたしも色々教えたげるから」


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