あなたの為に、
層内にアナウンスが流れる。
扉は開かず、層の真ん中には転移装置がたてられていた。
「や、やったね。また歴代最速だよ…」
そう冗談をいうライトの表情は明らかに戸惑っていた。
聞きなじみのある男性の声の主が誰なのか、ライトは一瞬で分かった。だからこそここから先は自分が行かねばならないと心から思えた。
「ごめん。ライ、ここから先は俺に行かせて。この声の主は…」
「だめだ。」
最後まで言い終わる前にライはその言葉を遮った。
「これは僕の任務だから。付き合わせてるのはわたしだから、僕が先に行く。ライトは先に村に戻っていて。」
ライは相変わらずの無表情でそう言った。
しかしライトはここで諦めるわけには行けなかった。
「いや!俺が行く!」
「ううん僕の任務。」
両者の意見が対立しどちらも一歩も引かない、睨みあう状況が数十秒の間続いた。
「それじゃあ、こうしよう!剣士らしく一騎打ちで勝負だ。勝った方が先に行く。負けた方が後に行く。」
「いや、僕は任務だから、あと僕は騎士」
「それを言うなら俺も攻略は冒険者にとって仕事だ。それに一騎打ちならむしろ騎士様は受けてくれよ」
ライトとの付き合いは短いながらも、この六日間でライトが引かないことが分かっていたライは大きなため息をついてライトの挑戦を受けることにした。
「いいよ。それじゃあ、ライトが反対側の壁際まで行ったら始めね」
「わかった。」
ライトは剣を鞘から取り出し、直径500mの円状のこの層の層間に続く扉に手を付けライのほうへ振り返る。
「さすがに端は遠すぎだろ。」
独り言のようにつぶやくとカノンが久々に口を開いた。
「お?あいつらと戦うのか?」
「ん?久々にしゃべるじゃん。」
「ってことは私を使うんだな!」
「んや、使わないよ。」
話しながらライトは扉の前にカノンを置き、準備ができたことを知らせるために右手で大きく手を振る。
それが伝わったようでライは手を振り返して剣を鞘から抜き出した。
スタートの合図だ。
ライトとライは二人同時にお互いに向かって走り始める。
「って、速くね!?」
ライトはライの速度に驚く。スタートダッシュからおよそ7秒でこの層の半分ほどまで来ていた。
そのまま両者の距離が50mほどになるとライは大きく飛び上がりその間を一気に詰めてくる。
持っている剣の鞘から使っている剣がゴーレムを倒したものと一緒のものであることが分かった。ライトは鞘ごと首切られたりしないかと一瞬不安になりながら空中のライに立ち向かう。
そのまま鍔迫り合いが始まる、が相手になんかならない。負けじと反撃するためにライトはただ押され負けるのを防ぐために、鍔迫り合いをしている上半身を無理やり捻じ曲げて力を受け流そうとする。
しかしあまりの力の強さにライトはよろけてしまう。
対照的にライは余裕なようでよろけたライトの隙をわざと見逃した。
「さすがだよライト。僕と鍔迫り合いして飛ばされないだけ、まだ普通の冒険者よりマシなレベル。」
「上から目線だなライ。その態度でいつか負けたら恥ずかしいぞ?」
性格から素直に褒めているであろうライと、売り言葉に買い言葉で挑発し返すライト。
それにこたえるようにまたライは攻めてくる。今度は鍔迫り合いになるような大きな一撃ではなく、連撃が何度も続いていく。
「「いつか」っていうあたり、「今」じゃないんだね。」
いくつかは剣で防ぎきれるがライのスピードに追い付けず、何度かもろに食らってしまう。
「俺のいつかは絶対来るタイプだから良いの!」
すべてを防ぎきれないことはライト自身わかっていたため、腰より上を重点的に守り致命傷を避けた。
ーーー少しでも考える時間を!なにか方法はないのか!?
ライトは少しでも考える時間を設けようと必死に致命傷を防いだが、壁際まで押されきられるのは時間の問題だった。
そしていくら考えてもこの勝負に勝てないことが分かった。
ーーー勝てる要素が全くない、勝てないなら…!
ライトは自分の足元の地面を精霊術で帯電させる。
「僕にスタンは効かないよ。先にわかっていたらスタンだって対処できる。」
実際スタンは飛んでいる動物に程効きやすい。
それは電気が接地している面積が広いほどに地面に逃げやすいからという理由があった。
設置型のスタンはいつ来るのかタイミングがわかるため、そのタイミングで接地面積を一瞬だけ増やすだけで簡単に防げてしまう。要はタイミングに合わせて、剣でライトに触れていればいい。
その一瞬でできることも限られている。
攻撃が止むわけでもないため、反撃なんて言うまでもなくできるはずもない。
ライトの剣は連撃に耐え切れられず折れてしまった。が時間は十分に稼ぎきった。
ライは足元の設置された魔法を踏んでしまう。
「勝てるつもりなんて全くないさ!」
その瞬間ライの周りに真っ黒な砂の壁が出来、ライとライトとの間を一瞬隔てた。
しかしこの魔法も一瞬の目隠しにしかならないため、連撃が止むわけでもなければ、折れた剣で反撃なんてできるわけもない。
でもこの一瞬でよかった。
この一瞬ライの瞳からライトが消えることに意味があった。
「カノン!武器寄せ!!」
武器寄せは本来武器を手元に寄せるために使われる技だが、その逆もまた出来ることをライトは実験してわかっていた。
カノンがいるのは扉の前。つまりこのままライトが飛ばされる場所は…
ライの瞳にライトが映るころにはライトは扉の前にいた。
全力で走ってもこの距離は四秒はかかる。
「お前の勝ちだよ!ライ!またやろう!」
そういってライトは逃げるように扉を開けて先に進んだ。
ライは追いかけようとしたが一度しまった扉はもう開くことがなかった。
8階層目を後にして9階層へとライトは向かう。
折れた剣を片手に、右肩に拾ったカノンを縦に担ぎながら階段をおりていく。
「あいたたた……。」ライトは扉に打ち付けられた体を労わる。
周りに人がいないことを確認したカノンは、ようやく喋りだした。
「なんで私を頑なに使わない?」
その声に怒りは感じられず、ただ純粋に疑問に思っていることが伺えた。
「だって、カノン使ったら強くなれなさそうじゃん。
武器に頼って強くなるのは勝っても強くなったって気がしてこないじゃん。
強くなってから使うんだ。」
「馬鹿だなぁ」とカノンは呆れた表情を見せる。
「ライト、お前は槍を上達したい時に剣を使うか?」
「使うわけないだろ」
「そういうことだ」
「でもカノンは剣だ」
「私は剣の形をしている違う武器だ。というか付与が着いているものはだいたい固有の別の武器だと思え。
付与になれる必要があるだろ?
槍と一緒だ。」
納得するのと同時に新たにライトの中で疑問が生まれた。
「カノンって付与魔法着いてたっけ?」
「・・・・・・。はぁっ!?」
動揺が隠せず思わず「は?」っと威圧的に聞き返してしまったが、カノンはライトの顔を見てほんとにライトが知らないことに再び動揺し人の姿になる。
「お前…この間使っただろ!私の事!」
この間というのは初めて鳳凰と対面したときのことだった。
「え?そんな気もするんだけど、正直あまり記憶にないんだよね。」
「お前心の中で「この剣は自由だ!」とか格好つけて言ってたじゃないか!」
「人の心を勝手に覗くな!?」
恥ずかしさのあまりライトは赤面する。
「それじゃあ、私の特性も知らないのか…?」
「ん…うん。ごめん、覚えてない。」
カノンは大きくライトに聞こえるようにため息を着く。
確かに特性を知らないために、頑なにカノンを使わないようにしていたとすると多くのことに合点が行く。
「お前はほんとに馬鹿だな!ってことは特性だけじゃなくって力の使い方も分かってないのか!?」
「ま、まぁそういうことだね。」
カノンは呆れて声も出ない様子で、両手で頭を抱えた。
「な、なんかごめんじゃん」
ライトはなんだか申し訳なくなり謝る一方で、もう何度目か分からないため息をライトに聞こえるようにはく。
「まぁ、簡単に言うと私の特性は自由自在だ。」
「どゆこと?」
「まぁ使えばわかる。というか使わねばわからん!馬鹿者!」
ライトが一方的に説教されながら、しばらくすると扉が見えた。
「明らかにドアの作りが違うね。」
パッと見ただけでもここが最下層だって何となくわかる。赤茶色の上品な木材に金色の取手と、骨組み。
「ドアからして明らかに強いよね。」
「引き返すのか?」
「いつもならそうしてたかも…」
だが、引き返す気にはなれなかった。
せこい手を使って、先に来たのだから当たり前だ。
これは意地でも帰れない。
カノンは再び剣になり鞘へと戻る。
折れた剣を持つ左手で重たいドアを開ける。
日差しが眩しくて一瞬目がくらむ。
薄暗い層間を抜けて出てきたのはまた草原だった。
でもこれまでとは違い壁がない。
天井もない。
終わりのない空があって太陽があって雲があり、風まで吹いていた。
永遠と続きそうなその空間はどこか懐かしさを感じ、ダンジョンから帰ってきたようだった。
ライトは大きく深呼吸をする。
肺に入る空気は暖かくって外の匂いがした。
後ろからバタンと音がして振り返るとドアが光の粒となって消えていく。
ライトはもう後戻りができないことを悟る。
扉が消えていくにつれて扉の陰に隠れていた、ガタイのいい大柄な男性の姿が目に映る。
「やっほ!兄さん!久しぶり!」
ライトは自分の目頭がジーンと熱くなるのを感じる。
死んだはずのカイト。もう会えるはずもないと思っていた。
どうしてここにいたのかなんて、この時はどうでもよかった。
ただ弟が目の前にいて、話したいことがたくさんあったのに、今はただ欠けていた何かに巡り会えたような気がして、ただただ涙を我慢するので必死だった。
「・・・おう。カイト・・・、久しぶりじゃん。今まで何してたんだよ・・・。」
「ここで兄さんが来るのを待ってたのさ。」
ライトは涙を必死にこらえて鼻声になりながら話す。対して終始カイトは穏やかな表情で話し続ける。
ライトは自分の顔の筋肉が熱くなり、痙攣するのを感じる。
多分目は赤かったと思う。
見たことのある年齢の割にデカすぎるガタイ。筋肉。
12歳のお祝いで買った真っ白な盾。
どれも無傷で、空と風があるこの層のせいもあってかまるで「まだ生きているのではないか?」と錯覚するほどだった。
「俺・・・、お前にまだ、話したいことがたくさんあるんだ。謝りたいことだって…。あの時、」
「あの時助けられなくってごめん」と謝りたかったが、その言葉をカイトは遮った。
「兄さん。僕時間がないみたいなんだ…。手合わせをしよう。僕らは剣で語り合ってきたじゃないか」
ライトは鞘から剣を抜き、カイトは盾に付属する鞘から剣を抜きだした。
「そういえば兄さん。僕に勝ったことなかったよね。」
そういって挑発するカイトをライトは鼻で笑う。
「今までと一緒だと思うなよ・・・?今までの俺とは一味も二味も違うぞ?」
二人は剣が交差する。
スタートの合図など無く自然に剣は交わり始めた。
今まで木剣で幾度となく競い合ってきた一番近くのライバル…。
いつも通りの鍔迫り合いや攻撃のリズムが懐かしく感じる。
ただ今回はいつもと違った。
この一か月近くで、ライトは急激に進化してきた。
右手で刀を持っていたあの頃とは違い一撃が重くなっていて、カノンに言われて筋肉もまともに付き始めてきた。
攻撃以外の防御は俊敏さを活かした回避へと変わり、鍔迫り合いの回数も少なくなってきた。
いつもは間合いを気にしていたが、剣が届かないことを容易に判断できてどんどん間合いを詰めていく。
「なんだ。兄さんはちゃんと前に進んでるじゃん」
剣の当たる音や草を踏む足音で聞こえないはずのカイトの声がなんだか聞こえた気がして、ライトは感謝する。
「俺が前を向けていないって思って残っててくれたんだな。ありがとう。」
またあっちでな。
カイトの盾はライトの剣によって飛ばされて、その反動で胴体から首元が無防備になる。
ライトの剣はカイトの首元へ迫る。
2人はそのまま静止する。
お互いに決着が着いたことが分かり、2人とも剣を下ろす。
「もうそろそろ時間みたい。」
そうつぶやくカイトにライトは「そうか・・・。」と返事をする。
穏やかな風に少しずつ飛ばされるようにカイトは足元から消えていく。
最後にカイトがいたことを感じたいと、カイトと肩を組みながら言葉を交わす。
右腕から暖かさが伝わってくる。
息が少し上がっていて、肩が上下している。
「お父さんもお母さんも気に病んでた。兄さんのことを。ちゃんと愛していたよ。僕とおんなじくらいに。
って分かってるか。
ちゃんと前を向いていて安心したよ。」
「わかってる。ありがとう。安心して。俺に任せろ!」
「いつも兄さんはそうやって言う。「俺に任せろ」って…。」
最後の最後まで穏やかな表情でカイトは泣きもしなかった。
「任せたよ、兄さん。」
そんな弟もこの瞬間だけは一瞬泣いているようだった。
右腕を乗せていた肩もいつの間にか無くなってきていて、光の粒になって消えていく。
その光を追うことはしなかった。ただ右手を強く握りしめて感触を忘れないように目を閉じた。
右腕が宙に浮く。
この日初めてカイトが死んだことを実感できた。
誰もいない9階層で独り唇を噤(つぐ)んで、顔をくしゃくしゃにして、俯いて、声に出ないように泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます