勉強と実践と成長

「こ、これが図書館なのか??」


40畳、およそ一クラスの教室分しかないような、決して町の図書館というにはふさわしくない部屋を見て唖然とするカノープス。


本の数としても本棚が三つおいてあるだけでスペースが活用しきれているとは言えないほどに少なかった。


「え?ああ、そうだけど?」


ライトはその態度を不思議に思った。


「これは図書館というにはあまりにも小さすぎやしないか!?!?」


「え?そうなの??俺この街から出たことないしさ、これが普通だと思っていたや。まぁここ冒険者の町だしきっと利用者が少ないからじゃないか?」


「それにしても小さすぎるぞ!こんなの教室一クラス分くらいじゃないか!貴族の書庫でももっと本が置いてあるぞ!?」


「ここの図書館って町の人の読まなくなった本や遺品として残った本をここに集めているだけだから、本はこの冒険者の町の住人にとって興味がないし図書館は大きくならないんだよ。」


---多分、知らないけど。


「そ、そうなのか。やっぱり今の冒険者は勉強してないのか、だから冒険者としての教養も知らない。何となくこの時代のことがわかって来た。」


呆然とした様子を見せるカノープスは大きくため息をついて声を張り宣言する。


「よし!ライトに最初の課題を与えよう!!」

「お!師匠!俺は何をすればいい!?」


「ここにある本すべてを読破しなさい!」


「全部!?」とライトは驚いて見せたがあたりを見回すと、絵本のコーナーだけやたら充実している所を見て「さすがに読まなくてもいいだろ」と安心する。


「ちなみに絵本はさすがに読まなくていいよな?」


「何を言ってる?絵本も読みなさい!」


「え?なんで?」


「忘れてるかもしれないけど本を読むのは知識を手に入れるためでもあるが目的は考え方を手に入れるためだ。だから絵本も読みなさい!」


ライトはため息交じりに「はーい」と返事をする。カノープスの表情は嫌がらせ出来て満足げな表情に見えた。


ライトは今まで本を読むということを全くしてこなかった。早く知識や役立つ情報を手に入れたかったライトは図鑑やエッセイのような本から読み始めようと試みるが、当然のようにページをめくる手が動かなかった。


--絵本を読んでいる姿なんてかっこ悪いし誰にも見られたくない……。でもこのままじゃこんな本ですら読める気がしないしな~、


ライトはおよそ1センチほどの薄い本を汚いものを持つように摘まみ上げてみる。


5分ほど経過するとライトは背中がムズムズしてきて本を読むのをあきらめた。

立ち上がるのと一緒に大きく伸びをする。


「うっ!くぅ!はぁ、それにしても誰も来ないな~。」


二回にある図書館の窓から周りを見渡すと遠くに賑やかな商店街が見える。天気も良く、程よく部屋に流れ込む空気が心地いい。


しばらく風を浴びた後、ライトは考え直してその本を置いて絵本から読み進めることにした。


--まぁどうせ誰もいないし、誰にも見られないだろ。


3時間ほど経過したころになるとライトは集中しきっていた。


最初は絵本一冊に20分かけほど時間をかけていたが、結果的に絵本だけで18冊読んでいた。


「冊数で言ったらそれなりに読んだ方じゃないか?」


集中が切れたようで伸びをするライトに声をかけるカノープス。


「ページ数で言ったら少ないけどね。絵本だし」


「何事もモチベーションが大事だって、これからもっと早くなる!今日も充分早くなった方じゃないか?」


「急に優しいな。」


カノープスはライトを鼓舞し、修行は次のステップへと移る。


「次のステップは実践だ!」


「実践?何をするんだ?勉強して実践なら勉強したことを体験してみるとか?」


「それを体験して何になるんだ?でもアウトプットって言うのも大事だしそれも間違いじゃないのかもしれないが、私の言う実践って言うのはただ冒険者として活動、生活することだ!」


「ただ生活するだけ?いつも通りでいいのか?」


「ああ、いつも通りでいいんだ!いつも通りに生活していると勉強した後は新たな発見が生まれる。勉強したことを意識しながら生活してみろ!」


そういうものなのか?と納得しきれないままいつも通りに過ごすことにした。


街に正午を伝える鐘がなる。


ライトは午後から病院に行くと約束していたことを思い出し走って帰った。


ライトは父親と合流して街の病院に向かった。


病院は奇麗なレンガで出来ていて、中はとても清潔感のある雰囲気だった。


ライトは小声でカノープスに話しかける。


「病院ってなんだか好きじゃないんだよなー」


「けがや病の時にしか来ないんだから好きな人なんて少ないだろ?でも聞いてやろう、どうしてだ?」


「確かに、まぁあれよ。この清潔感とかが妙に無機質な感じがしてさ」


カノープスはふーんと適当な返事をする。


気の抜けた返事をするカノープスとは対照的に、ライトは久しぶりの病院にとても緊張していた。


病院でライトは小さなベットで目を瞑って横になるように促され、医者は魔法でライトの体に異変がないか調べた。


絵本で医者が出てくる絵本読んだな。と思ってライト少し目を開けてみる。


枕元にはカノープスがいた。


医者を含めてみんなが目を瞑っていたためバレないと思ったのだろう。


カノープスが両手でライトの顔を包むように触る。


触られたのを感じてライトの緊張は少しほぐれた。


その後もちょっとした検査は続いた。


ライトには幻覚が見えているのではという疑いから目に光を当てたり、医者の指をひたすら目で追いかけるような検査まで。


検査が終わり病院を出る頃には夕方を知らせる鐘が鳴っていた。


さすがに時間的な理由と昨日のことから、ダンジョンに行くわけにもいかないわけでその日は戦いに行くことはできなかった。


ライトは家につき布団の上で横になる。


勢いよく横になった布団からは自分を歓迎するように自室の匂いがライトを包み込んでくれた。


ーーなんで自分の部屋ってこうも落ち着くんだろ……?


「はぁ~!今日はなんだか濃い一日だった気がするよ!よく寝れそだよ…」


ライトは独り言のように、疲れを吐き出すように口にした。


ベッドや匂いがライトを歓迎しているのにもかかわらずライトが横になるのを断じて許さない輩が1本いた。


「んな!ライト!お前寝るつもりか!?今日はまだ剣すら振るってないだろ!?」


「っていってもダンジョンもいけないし、今行ったら村の人から心のない奴みたいな感じに思われそうじゃんか!それにパーティメンバーもいないわけだしさ…」


やれやれと大きなため息をつきカノープスはライトの枕もとで仁王立(におうだ)ちする。


「ライト!お前はしばらくダンジョンに行くことを禁止する!」


「ええ!?何でだよ!腑抜けたこと言ったからか!?」


カノープスは首を振って否定する。


「お前にはもっと足りないものがある!これから実践行くぞ!」


「マジで!?夕飯食べてすぐだし、ダンジョンでもないし、夜だよ!?」

「関係なぁあい!!」


大声で否定するカノープスに驚いてライトは「うるさっ!」と返事をする。


横になっていたライトは布団から起き上がる。


「んじゃ実践って何するんだよ!」

「ライト!お前に今日からしばらくしてもらうのは素振り!あと型だ!」

「おお!それっぽいや!」


カノープスの圧につられてライトの声も大きくなる。


確かに実践的でためになりそうな話にライトは目を輝かせる。


ライトはカノープスの指示に従い夜中の公園に木剣を持って行った。


人気の少ない公園で秘密の特訓。そんな響きにライトは内心ワクワクしていた。


「まずはライト!お前利き手はどっちだ?」

「ん?右利きだけど…?」

「それじゃあ剣を構える時左手が手前に来るな?」


ライトは質問の意図がわからず、不思議に思いながらも答える。


カノープスが真剣な表情になるのを見てライトは背筋を伸ばした。


「そ、そうだけどそれが何か関係あるの?」

「ライト、一回剣を構えてみろ」


ライトは言われるがまま両手でへその前あたりに剣を構えた。


カノープスは小声で「やっぱり」とつぶやいて小さなため息をつく。


「これで何がわかるのさ?」


「ライトが攻撃するときに意識していることだな。お前はモンスターに攻撃するとき力強く当てることを意識しているだろ?」


相変わらずの訳の分からない質問にライトは少し不貞腐れた顔で返事をする。


「当たり前だろ?当たらなきゃ意味ないじゃないか」

「ライトはまっすぐ振り回して当たらない位置から攻撃するのか?意識しなくても当たる位置にいれば当たる」


内心ライト自身「そりゃそうだ」とは思ったがなんだか負けたような気がして素直になれなかった。


「んじゃ何を気にしたらいいんだよ。」


少し不貞腐れたように言ってしまい一瞬焦ったがカノープスは表情を変えずに返事をする。



「敵に当てるイメージじゃなくって、敵を斬るイメージを持つんだ。」



ライトは言われたことにピンとこず、カノープスを責め立てる。


「ん?そりゃ斬るつもりで構えてるよ?どゆこと?そろそろ教えてくれよ。」


「こういうのは自分で気が付いた方が今後も意識できるんだよ。ほら、目を瞑って?目の前に敵を想像して?斬るイメージを強く持つんだ。」


ライトは言われた通りに目を瞑り、目の前にいつも相手にしている犬型のモンスターをイメージして構える。


大きく息を吸って念じるように少しずつ息を吐く。


「斬るイメージ…斬るイメージ…斬るイメージ…」


「いいぞライト、構えたまま、斬るイメージを持ったまま戦う姿を想像しよう。」


斬ることを強く念じているうちにライトは左手に力が入るのを感じた。


感じてすぐにカノープスの声が聞こえた。


「ほら、目を開けて。良い構えになったぞ!ライト!」


薄っすらと目を開ける。


左手に力が入って右手は剣を支えるほどの力で今まで両手で力強く握っていた時より剣先がまっすぐになっている。


「そう、それが基本の構えだ。少し力み過ぎだがな!」


カノープスが自慢げな顔をしているのが気に入らなかったが、確かに今までとは明らかに違うことがすぐにわかった。


ーー斬れる!


「うおおおお!ししょー!?!?」

「師匠って呼ぶのやめろ!?」


ライトは嬉しくなって叫ぶ。


「カノーープス!!」

「恥ずかしいから叫ぶな!」


カノープスは顔を真っ赤にして恥ずかしがる。


「か、カノンって呼んでいいぞ」

「んえ?」

「カノープスはながくて言い難(にく)いだろ!特別にカノンでいいぞ?親しいやつはそう呼ぶ。」

「カノーーーン!!」


ライトはカノンに抱きつこうとするが咄嗟にカノンは剣の姿になり、ライトの突進はかわされた。


「急に抱きつこうとするな!?」


動揺するカノンを気に留めず、ライトは興奮していた。


「俺!早くダンジョンに行きたい!早くこの構えを試したい!」


カノンは鼻で小さくため息をつく、けれどその顔は無邪気なライトに微笑んでいた。


「お前はしばらく素振りだ!」

「えー!早く試したいのに!」


その日は一晩中剣を振り回した。


朝方にひっそりと帰った時には親にみつかり、こっぴどく叱られた。



翌日の朝9時、朝方まで剣を振っていたにもかかわらずカノンに促され図書館に来た。


眠くてなかなか回らない頭で必死に絵本を読む。


絵本を構成している紙が厚いことや本棚の所々に表紙を見せるように配置している本があること、同じような本がいくつかあることからその日のうちに絵本のコーナーは半分ほど読み切っていた。


「全部よみきるまであと8分の1くらいかな?」

「ライトは計算できるのか?」

「バカにするなよ?四則演算ならできるぞ。冒険者としても役立つし、ギルドでお金を均等に分ける必要があるし、」


昼の二時頃になり帰宅すると昼食を食べてそのままベットへ入る。


「ねんむい!朝まで素振りしてたんだよ?今日はもう寝ていいって!」


カノンは仕方ないとため息混じりに休むことを許可した。


「1時間後には起こすからなー」

「あいよー。」


東向きの窓から光が侵入しないようにカーテンを閉めてライトは布団に飛び込んだ。


ーーやっぱり自室が最高だや…!


ライトは布団の匂いに包まれて眠りに誘われた。




夕方五時を知らせる街の鐘の音でライトは目が覚める。


「ぜんぜん一時間じゃないじゃん…」


あたりを見回すと一緒の布団でカノンが寝ていた。


ーー近いなぁ。


いつものライトだったら驚いてまた叫んでいただろうがその時は寝起きでなかなか頭が回らなかった。


部屋の外から誰かが階段を上ってくる音がする。


その音をぼーっと聞いていると足音はどんどんと近づいてくる。


足音が近くなるにつれ徐々に頭が回り始める。


「やばいぞ?今の状況を客観的にとらえてみよう。まず最初に今俺はベットにいる。隣には両親の知らない薄着の女の子。」


やばい!?とおもってカノンを起こそうとしたときにはドアのぶを捻る音が聞こえた。

ドアから母が顔を出した。


「あの、母さん!これはーそのー…」

「なに?そんなに慌てて……?

まさかそういうことしてた?ちょ、ちょっと早いけどそろそろご飯だから降りてきなさいね?」


思いのほか驚く様子を見せなかった母に逆に困惑するライト。


とりあえずカノンを起こし、カノンと言われた通りに階段を下りリビングへと向かう。


「母さん…」


「ん?見なかったことにしとくわよ。ってより家の中で剣持って歩かないって何度も言ってるじゃない!」


ライトの母はカノープスを見て剣と呼んだ。そしてライトはあることに気が付く。


ーーーん?母さんには見えていない?ってことは、俺が一人で布団の上で焦ってたように見えてたってこと!?



そしてここからカノンによる衝撃の事実。


「そうだぞ?なんなら剣もって強く念じるだけで私には伝わるから喋る必要とかそもそもなかった」


「それ先に言えよ!?」


「言わなくても伝わってると思ってた。心が読めるって言ってなかったっけ?」


言われてみれば強くなりたい理由を聞かれた時も嘘を嘘だと言っていたことを思い出す。


「確かに言ってたような…」


「というかまだ喋るのか?」


「まぁ俺目線、実質存在している人だしね。口で言わなきゃちゃんと伝わらないことだってあるだろ?」

「ふーん。そっか」


カノンは納得できていない口ぶりでありながら自分に言い聞かせるようにそう言った。

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