帰宅
「ねぇ、ねぇ、」
ライトは体を揺さぶられて起こされる。
目を覚ますと赤茶色の髪をした少年がいた。
少年の重々しくも癖の強い髪の毛と同じ色の瞳が見える。
同い歳か少し上の年齢だろうか?
「んん、ん?あれ?俺は、ダンジョンにいたはずじゃ・・・あ、あなた達は?」
体が動くにつれて落ちている枝がパチパチと音を鳴らす。吐いた息を吸うと森の澄んだ空気を感じた。
「ここはダンジョンの外の森、僕は王都から来た騎士だよ。自分の名前わかる?」
そう言ってその男はライトに地面に座っているライトに手を伸ばす。
少年の腰には確かに黒い鞘を持っていたが、柄やつばの部分は着ている真っ白なコートによって見えなかった。
コートの隙間からは黒いインナーにどこかで見たことがあるような白く光るシルバーの防具が見えた。コートは触った質感で刃が通りにくいことが容易に察せた。
その着ている服装から少年の言うことが本当であることが分かる。
しかし、少年のその恰好からは騎士というより剣士というようなイメージが持てた。
「お、俺の名前はライトです。」
「家名は?」
「養子なので登録してないです。」
「詳しくは街に向かいながら聴く。」と言って騎士に支えられながら馬に乗る。
自分を乗せた馬はゆっくりと歩くように進む。
太陽がちょうど頭上にある。正午くらいだろうか?太陽がまぶしい。
気を失ったせいか体内時計が狂っている。
「それじゃあ今の両親の家名は?」
「グローブです。」
ライトは少年の体を注視する。無駄のない筋肉から手練(てだ)れであることがわかる。
いつの間にか知らない少女も他の馬に乗って並走していた。
合流してきたのだろうか?と思い、まじまじと少女を観察しようとした。
少女はライトよりも明らかに歳上のようで、容姿としては17歳程度のどこかで見たフード付きのマント、その下にはカッターシャツを着ていた。
騎士団としての制服なのだろうか?
そのシワの無いシャツやマント、どれをとってもお金持ちであることが分かる。
黒髪のロングヘアかと思いきや、馬の振動とスピードで舞う髪は太陽に照らされて綺麗な青色に輝く。
しかし観察をしているとその少女は自分が見られていることに気がつきライトを睨む。
怖くなったライトは必死で村に帰るまで見えないフリをする事にした。
「君はダンジョンにいたって言っていたが、その…他のメンバーは?」
赤髪の少年は申し訳なさそうに話すが顔は無表情だった。
「皆死んじゃいました・・・・・・。」
「なんだか君はとても落ち着いているね。」
「なんだか実感がわかなくって、」
「ダンジョンでの状況を話してくれるかい?」
「え?」
「つらいかもしれないけど犠牲者を増やさないためにも話しくれないか?もちろん報酬も出す。」
ライトはダンジョンであったことをすべて話した。
誰がどんな死に方をしたのか、どこに逃げて、どんなモンスターに殺されて、仲間の最後やダンジョンの構造、5層のボスがどんな攻撃をしたのか。
覚えてる限りを話した。
ただカノープスの事は喋らなかった。
信憑性にかけるし自分でも記憶が曖昧でどうして自分がダンジョンから出れたのかもほとんど覚えていなかったからである。
「話したことを鵜呑(うの)みにできないわけではないけれど、少し可笑(おか)しなところがあるね。」
ライトは何がおかしいんだろうか?と疑問に思った。
「今は君耳が聞こえているじゃないか、」
そこでライトはハッとする。
他の傷も治ってる。折れた左腕も治っている。
服が破れていて体中が土埃(つちぼこり)で汚れてくすんでいるからぼろぼろに見えるが、ライト自身はケガ一つ負っていなかった。
ーーだから睨んでいたのか?
実際ダンジョンで想定外の場面が訪れた時に仲間を置いて逃げる人も少なくは無いと言う。
仲間を餌に逃げる者も少なくは無い。
命のかかった場面である訳だから仕方の無いことであるともライトは考える。
でも、自分がそう思われていると考えると少し気持ちが沈んだ。
「んじゃもしかしたら夢だったのかもしれないですね。」
不貞腐れたライトは態度悪く適当に返事をする。
「まぁなんとなく状況は理解出来たよ。」
少年は髪の隙間から見えるおそらく生まれつきであろう半目が、こちらを真剣な眼差しで見つめる。
「ライト君の話が本当なら・・・君は相当強いんだね。今は14歳か、あと一年したら王都の学校に来ないか?僕が推薦するよ。今王都も人手不足だからね。」
話し方や、学校に入学していそうな辺り歳上のようだった。
「いや、あの筋肉のモンスターの弱点が知れたのも俺一人の力じゃないですよ。結局俺一人しか生き残りませんでしたし、」
「そう…、まぁ捻くれるのは自由だな……。気が向いたらまた教えて」と少年はそのまま食い下がり、ライトらは街へ到着する。
ーー俺ってひねくれてるのか?
街の出入口の大きな門が開くと、門の近くで大人たちが集まっていた。
集まっていた大人たちはライトを見つけて一目散に駆け寄って来る。
被害にあったのはライトらだけじゃないようだった。
「すみません、俺らがダンジョンにいる時に他のパーティはひとつも見かけませんでした。」
多くの大人たちに質問攻めにされる。至極当然のことだ。
誰だって自分の家族や友人のことが大切だから仕方がない。
街の村長があとから駆け寄ってきて気を利(き)かせて皆からの質問を辞めさせようとする。しかしそれを騎士は止めた。
「彼は今自分の意志で質問に答えている。止めてはいけない。と思う……。」
ライトは一人一人の質問に答えた。
答え終わるころには日は沈みかけていた。
ライトは家に帰ると両親は何も言わず、「早く自室でお休み」と言って寝かせてくれた。
傷も癒えていて、体だけ奇麗に洗い、自室で寝ることにした。
ベットに横になる。
実感がわかない。
窓の外のキリギリスの声がジーーと、やけに耳に響いた。
ーーダンジョンから出たらゆっくり泣けると思っていた。
プランといた時間は短かったかもしれないが弟や幼馴染のヘンリが死んでも心の中で起こってしまったことは仕方がないと割り切ってしまっている自分がいる。
そんな自分は冷徹なのではないかと、少し怖くなった。
むしろ泣かないと、悲しまないと、というような使命感すらある。
きっと今日寝れないのは昼まで寝ていたからなのだろう。
ライトはふと剣を握る。
カタっと軽い音を鳴らして壁から離れた剣は持ちやすいようにグリップに巻いていた牛の皮が剥がれてきていた。
「お前が助けてくれたのか?」
「いいや、私は力を貸しただけだ。お前が助かったのはお前が自分を助けたからだよ」
返事が来るとは思っていなかった。
返事と共に剣は姿を変えて目の前に五層ので見た少女が現れた。
「うわぁぁ!そういえば喋ってたなお前!!
名前はたしか…カノープスだったっけ?」
五層で見たときはちゃんと姿を見ることができなかったが、長くてきれいな真っ白の髪に髪の毛と同じくらい綺麗な白のフード付きのパーカーを着ていた。
赤い瞳に長いまつ毛、大きく開いた目。
ーーどっかの赤目とは大違いだ。
ライトは記憶を掘り出して名前を確認した。
カノープスは小さく頷き、ライトの中でこれまでのことが本当であったことが分かった。
「お、俺の名前はライト。よ、よろしく。カノンって呼んでいい?」
「だめだ。」
まぁそりゃダメだよな。
叫び声と、ドタドタした音が聞こえたようでライトの心配をして母が1階なら2階のライトの部屋に声を張って訊ねる。
「ライト~?起きているの~?」
ライトはカノープスの手を取って一階の両親のいる食卓へ向かった。
「よし!俺の家族を紹介するよ!来て!」
ーー家族にはちゃんと話さなきゃ!この人が俺を助けてくれたんだってことを!
そう考えながらライトはリビングのドアを開けると大声で言った。
「母さん!父さん!紹介するよ!この子が俺を助けてくれたんだ!」
母も父も沈黙し、困惑した様子を見せる。
急に部屋から女の子を連れて見せたら確かに困惑するのは分かる。
「ら、ライト!家の中で・・・いや、明日お医者さんに行こう。しばらくは剣を持たず家で過ごすんだ。なんてことない様子で安心していたがやっぱり精神的にもお前は多分、今は不安定なんだな。」
何を言っているのかと思って少女の方を見ると少女は剣の姿に戻っていた。
ライトはなんとなく状況を察し「あ、いや~…。部屋に戻るよ。」と言って2階の部屋に帰る。
「カノープス!なんで剣に戻ったんだよ!」
「いや、だって恥ずかしいじゃん・・・」
「今の俺の方が恥ずかしいさ!」
ライトは布団にくるまって寝たふりをする。
カノープスも布団のそばで横になり人の姿に戻り、拗ねたような表情で謝る。
お互いが作った無言の空間が虫の声を強調する。けれど不思議とさっきよりも耳心地が良かった。
布団に入り十分ほどしてライトはやっぱりどうしても寝れなく、カノープスに問いかける。
「な、なぁ。助けてくれたことはありがたいんだけどさ、どうしてもっと早くに助けてくれなかったんだ?」
カノープスはすぐに答えが出せなかった。
彼女の赤い瞳は窓の外のどこか遠くを見ていた。
「私は誰も助けれないから、助かるために協力してやれるだけだ。」
「じゃあなんでもっと早く協力してくれなかったんだ?」
横になった自分からは顔も見えないが、何となくカノープスが悲しそうな顔をしていることが分かった。
「ごめん、もっと早く出れなくって」
「ううん、俺こそごめん。カノープス。君は俺を助けていないって言ったけど、俺は君に助けられたんだ。ありがとうカノープス。」
小さく「ありがと」と聞こえた。ライトはそのあとすぐに眠れた。
朝起きると父は家におらず母はずっとこっちを向かなかった。
一瞬母の顔が見えると目を赤く腫らしていた。
「今日は午後からお父さんがお医者さんに連れてってくれるから外に行くならすぐに帰ってきなさいね。」
「わかった。お昼には帰るよ。」
ライトは気を利かせたつもりで家を出ることにした。
桜が咲く商店街は明るく染まり、この土地の目玉であるダンジョンが規制されながらも相変わらず活気づいていた。
こんな暖かい日に部屋に籠りっきりなんてやっぱり考えられなかった。
「ライト、どこに行くんだ?」
「今日は五層で装備壊れちゃったから装備調達に行こうかなって、あとは集めたコアの換金かなー。」
背中で担いでいるカノープスがライトに声をかける。
「ライトはまたダンジョンに行くのか?」
聞にくいことを聞くように尋ねるカノープス。
それに対して行かない方が良いのかと戸惑うライト。
「そ、そのつもりだけど、どうしたの?」
「人間の精神はもっと脆(もろ)いって思ってた。」
カノープスはほっとした表情を見せる。
もちろん剣の姿のカノープスの表情など変わるはずもないため、見せるというより声音からそういう心境であることが伺えた。
「そんなことよりカノープスについて教えてくれよ!俺を助けてくれた君の事もっと知りたいんだ!」
カノープスは困惑した様子だった。
「中古の防具やに居たけど前の人はどんな人だったの?」
「最初っからナイーブなところ聞くんだな!?」
「だって気になるじゃん!」
カノープスは「はぁ・・・」と大きなため息をついて口を開く。
「あんまり自分の話はしたくないが、強いてお前の興味のある範囲で言えば
私はとっても昔にお前よりもっともっともっっと強い奴の剣だった。
ぶっちゃけて話すがこの街の冒険者界隈は憧れてなるというより勉強から避けてなる奴の方が多い様にみられる。
ライトはもっと強くなりたいか?」
「なりたい!」
「なぜ強くなりたいのだ?」
カノープスは被せるように、やや食い気味に質問を投げかけてくる。
鋭い目でカノープスはこちらを睨むようにしてみる。試すかのような目つきで・・・
「今度は皆を守れるように。」
「本音で話せ、嘘は分かる。」
「やっぱりばれる?」
カノープスの目はごまかせなかった。
正直死んだみんなのことを何とも思っていない部分がある。ただ胸に大きな穴が開いたような感じがしてずっと焦燥感のようなものに駆られている。
でもただそれだけ。大泣きするほどでもなければ、今言ったことが本音であるほどでもない。
「私をだれだと思ってる?」
「誰ってカノープスでしょ?」
話を逸らそうと冗談っぽく返したが、カノープスからは逃げられず余計逃げ場を失ってしまった。
「ん~!もう!お前の強くなりたい理由は!?」
「絶対に笑わない?軽蔑とかしない?」
「しない!というかじれったいぞ!?さっさと言え!!」
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