ようやくつかんだ希望
三層と四層の層間に帰って来た。
しばらくダンジョンの外には出れていなかったが鉱石たちが時間と共に様々な色の光を提供してくれていたため不思議と拘束感は無かったし、それによるストレスのようなものもなかった。
「嗚呼!ただいまぁ!」
自分は大きな声で誰もいない層間のドアを両手で開き、階段しかないその空間に帰ってきたことを知らせる。
「そんないい方したらまるでここに住んでるみたいじゃない?」
「もう何日もここにいたら住んでるみたいなもんだしな!」
ヘンリは少し不満そうに微笑む。
昨日までとは違い今日は希望の日だ。
明日には計画を立てて遅くても明後日にはこのダンジョンから抜け出せるかもしれない。
「ヘンリ、今日まで支えてくれてありがとう。ヘンリが居なかったらもっと早く俺は死んでたと思う……。」
「ううん、私も君が居なかったらきっともう死んでた。私魔導士だしね!近接なんてできないし!」
ヘンリは明るくそう言った。
二人で笑い合った。
吊り橋効果からか、こんな状況なのに幼馴染のヘンリが可愛くって愛おしく感じた。幸せな時間に思えた。
その夜はどちらからそうする訳でもなく自然と二人で手を握って、互いの腕を密着させて眠りについた。
暖かなぬくもりが自分の右腕に当たっていて、希望が見えたからかはわからないが安心してその日は深い眠りにつけた。
ようやくこの日がやって来た。
ダンジョンから出れずに六日が経った。
昨日は剣の手入れや、魔力の温存、覚えている範疇(はんちゅう)での四層の構造とモンスターのいた場所などを整理していよいよ本日ダンジョン脱出計画が実行される。
六日もダンジョンにいたため鉱石の光を頼りに生活をしてきた。
鉱石での時間予測がおおよそ十三時ごろに四層の入り口に立った。
「いくよ!ヘンリ!」
「うん!いこう!」
四層へと入る。
まず暗視の魔法を使い索敵をする。
暗い原因は光源となる鉱石が四層にはなかったからだった。
敵が暗い状態で自分たちのことが見えているのかはわからないが、出来るだけ音を立てずにばれないようにまずは一体のコアをつぶす。
その間にヘンリは索敵魔法で残りのモンスターの数を数える。
ヘンリは親指と人差し指、中指を立ててモンスターの数を伝える。
「あと七体か、」
ヘンリは索敵魔法と自分に身体強化魔法の二つの魔法を同時にかける。ふつうの魔導士では一つずつしか使えないが幼いころから天才と呼ばれていたヘンリはそれを可能にしていた。
しかしそれも長くできるわけではない、魔力量の消費が普通に使うのに比べて三倍消費する。
回復アイテムも長いダンジョン生活で底を尽き、ヒーラーもいない。
つまりは短期決戦。どれだけ早くモンスターを倒し切って奥の五層への扉に到着できるかが重要となる。
自分はひたすらモンスターの攻撃が当たらないように、隙を見計らいながら耐えて耐えて焦らず確実にモンスターのコアを狙い続けた。
一時間が経とうとしたころには二人はヘトヘトになりながらも何とか通路上にいるモンスターを倒し切ることができた。かけられていた強化魔法が消えてヘンリは最後の力で索敵魔法を使い周りにモンスターがいないことを確認する。
ヘンリは魔法を使い終えるとニッっと笑って左手で拳を向けた。
拳はゼロ体を表すときに示す。
通路上のモンスターの全滅が確認された。
自分も拳を掲げてヘンリの左手で作った拳に軽くぶつける。
「「はぁぁぁ゛」」
二人で大きなため息をつく。ようやく終わりだ。
このモンスター地獄から、ボスは何度も倒している。自分一人では何とかならないかもしれないがヘンリとの二人ならまだ勝てる自信があった。
つまりこの先を抜けたらほとんどこのダンジョンの終わり。
このダンジョンでの生活が終わりを実感して安堵する二人。
ーー吊り橋効果かもしれないけど、幼馴染だったしこれからも一緒だったら何とかなる気がする……。
自分は心の中でこれからもずっと一緒にいたいと思うようになった。
ヘンリの所へ歩み寄ろうとする。
安心しながらも習慣的に周りへ注意を払っていはいた。
しかし安心できたのもつかの間だった。
七つの光が自分たちを囲むように、二人を別(わか)つように生まれた。
光から出てきたのは先ほど倒したはずの繊維のモンスター。
ヘンリの方を向くとヘンリはこちらに向かって左手を伸ばしていたのがわかる。
「なんで!?なんで!なんでなんで!!」
自分は叫びながら剣を構えて出現してすぐのモンスターのコアを破壊する。
ーーもっと速く!そうでないとヘンリが死んでしまう!
身体強化の影響で重りを乗せたように重く感じる体を無理やり動かす。
出口へと立ちふさがる一体とヘンリと別つようにして立つ一体を素早く倒し、ヘンリの右手をつかんで引っ張るように走って逃げる。
「はぁはぁはぁはぁ、、、はぁぁぁ」
息を切らせながらも何とか二人は四層と五層の層間にたどり着いた。
「ヘンリ?大丈夫か?」
「うん、でも腕が・・・触られちゃったみたい。」
ヘンリの左腕は半分無くなっていて骨が剝き出しになっていた。右足のすねあたりの骨も少し見えてきていた。
また頭が真っ白になる。胸が締め付けられる。
返事も出来ないほどの絶望、自分の中の唯一の希望が崩れていく。
心か胸か、どこかでなにかが崩れるようなそんな感じがした。
空っぽの胸と頭の中で必死にどうにかできないか考えるが、どうしても頭が回らない。
「ヘンリ、どうすれば君を助けられる??」
一瞬戸惑う様子を見せながらもヘンリはすぐに穏やかな表情で、平然とした様子になって答える。
「私の手足を切って。」
「そんなことしたら出血で死ぬ!」
「傷口は魔法で焼いたら何とかなるかも、」
ヘンリは呟くように反論する。
「治癒士もいないし、切ってしまったらヘンリは魔法が使えなくなるだろ!?」
魔導士や治癒士など魔法を使う人にとって体のバランスはとても大切で、片足がなくなったりするだけで魔力のバランスが取れなくなり魔法を扱うことができなくなってしまう。
「でもモンスターがここから生まれるかもしれない!!
モンスターにはなりたくないの、君を傷つけたくないよ・・・」
返事ができなかった。しばらく静寂が続く、数秒だったが何十分にも感じた。
ヘンリはモンスターに侵食されて、痛がる様子を見せた。
その様子を見て頭はより真っ白になる。
何も考えられず、ただ彼女がそれが正解というのならそれが最善の策のような気がして、自分は彼女の手足を斬ることを自分に許してしまった。
当たり前だが幸いヘンリの手足はあのモンスターより簡単に切ることができた。
ホントは痛いはずだったにもかかわらずヘンリは一つも悲鳴をあげなかった。
切ってすぐに止血を試みたが、止まっているのか止まっていないのか自分にはわからなかった。
「ねぇ、私の事好き?」
ヘンリは死を確信して悟ったように見えた。
「好きだよ。んじゃなきゃあんなに手は繋がないって!」
「だよね。私も好きだよ。」
「切ってからそんなこと言うなよ!反則だよ……。」
「ハハっ、確かにそうだったかもね。」
黙っているとヘンリが死んでしまったのではないかと思うと静寂が怖くなる。
切られた繊維が放つピチピチという些細な物音が死神の足音のように聞こえる。
ヘンリの意識が遠のいていくのがわかった。
自分の体が熱くなるのを感じた。空っぽの胸の中から熱いマグマが吹き上がってくるような。熱い何かが込み上げてくる。
目も暑くなり我慢した水分で鼻が詰まってくるような感じがした。
「ねぇ、名前を呼んで?好きって言って?」
「ヘンリ、ヘンリ、ヘンリ、好きだよ。ヘンリ」
涙が溢れ内容に目を瞑って、ヘンリの名前を何度も何度も呼ぶ。
「へへっ、私も好きだよ。ライト」
ドッとヘンリの体が重くなったように感じた。
目を開けるとヘンリは目を瞑っていた。
ライトは脈を確認せずともヘンリが死んだことを察した。
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