第22話 アイカユラの仕事 1


 今まで黙っていたアイカユラが、ジューネスティーン達3人の中に入ってきた。


 それは、具体的な仕事になるのであれば、材料の手配、そして、ジュエルイアンへの報告をヒュェルリーンに上げる必要があったので、決定された内容を確認するため話に入ってきたのだ。


 アイカユラは、ジューネスティーンとエルメアーナの描いた石板のポンチ絵を見た。


「ねえ、ビットというのは、丸めるための金具ってことよね」


「そうだ。 一般的には、上型と下型で、その中に素材を入れて押しつぶすものだ。 それを固定治具とかに取り付けて使う」


 アイカユラの質問に、シュレイノリアが即答した。


「ねえ、話の中にバリって単語が出てきたんだけど、それは何なの?」


 今度の質問に、シュレイノリアは、困ったような表情をし、視線をジューネスティーンに向けてきたので、参ったなといったような表情をした。


(あー、シュレのやつ、これ、絶対に、面倒だからお前が説明しろって思っている。 まぁ、確かに何も知らない人に教えるって難しいけど、そこまであからさまに、俺に振ることないだろう)


 シュレイノリアは、説明が上手ではないので面倒くさそうにしていた。


(あ、そうか、シュレの説明下手を考えたら、素人同然のアイカさんに説明を聞かせて通じるわけないのか。 それに、アイカさんは、ジュエルイアンさんに間接的か直接的か分からないけど報告をする必要があるのか)


 そんなシュレイノリアを見つつ、何かに気がついたような表情をするとアイカユラを見た。


 アイカユラは、シュレイノリアが答えてくれるのかと思ったらしく、そちらを見ていた。


「ああ、アイカさん。 バリというのは、製品の縁の部分に微妙に飛び出したというか、はみ出した部分のことなんです。 金属を切断した時とかだと、1mm以下の、ごく僅かに縁の部分を軽く擦ると、指紋に引っかかるような感じがしますけど、そのひっかるようなものが、バリというんです」


 アイカユラは、分かったような分からないような表情をした。


 ただ、エルメアーナは、その説明で何かに気がついたようだ。


「おお、それなら、ほら、刀を研いだ時に、研いだ側とは反対側の刃に軽く反っている引っ掛かる部分を触らせた事があるだろう。 あれが、バリだ」


 何も知らない人なら、今の説明では理解できなかっただろうと、ジューネスティーンは思ったようだが、意外にも、その説明を聞いてアイカユラも納得したような表情をした。


「ああ、あれね」


 ジューネスティーンの日本刀を、エルメアーナが製造するようになって、アイカユラは、時々、工房を覗いて完成する日本刀の様子を見ていた。


 アイカユラが見るのは、大体が、最終工程の研磨工程になっていた。


 日本刀は、最初は、真っ直ぐな剣として作られるのだが、焼き入れの際に、刃と峰の部分の焼き入れ温度を調整するため表面に泥を塗って、その厚みで調整する。


 硬度が必要な刃側は薄めの泥を塗り、硬度を必要としない峰の部分は、厚く泥を塗ることで、焼き入れの水の中に入れた時、急激に冷やすことになる。


 泥の厚みの分だけ、焼き入れの入り方が変わってくる。


 当然、泥の厚みが厚い方が、焼き入れが弱くなる。


 その結果、焼き入れを行った時に、その焼き入れの入り方が弱い方が、引っ張れれ峰側に剣が反るのだ。


 そして、その時に出来る、刃に出来た縞模様が、アイカユラにはとても綺麗に見えたので、その模様の出来具合を確認するだけでも、高級な絵画を見ているような気分になったのだ。


 その縞模様は、泥の塗り方によって様々な模様を描くのだが、エルメアーナが、そこまで分かっていて模様を描かせているのか、アイカユラは聞いてはいないが、何本もの剣が出来上がった時、全て違う事、意識して同じように泥を塗ったとしても、一つとして同じ縞模様が出来ない、その偶然できる模様がアイカユラにとって、とても素敵な事のだ。


 そのため、最後の工程になって、綺麗に研ぎ澄まされていく日本刀の様子を見る事が好きだったので、完成の直前に立ち会って、斬れ味の良し悪しの違いについても聞いていたのだ。


「ああ、あの刃を研いでいた時の引っかかり具合ね。 研いだ側の反対側を、鎬の方から刃の方に向かって、指で撫でた時に、刃の部分に指紋が、何かに引っ掛かるような感覚があった、あれの事なのね」


 アイカユラは、納得したような表情をした。


 日本刀をアイカユラは作ることは出来ないが、完成品の出来栄えは常に確認していたことで、職人達の話に多少はついていく事が出来たようだ。


 そして、そのアイカユラの言葉にジューネスティーンは、ホッとしたような表情をした。


 また、エルメアーナは、鍛治を行わないアイカユラが理解してくれた事が嬉しそうだった。


「うん、うん、アイカも、そんな細かい部分にまで理解を示してくれて、私は嬉しいぞ」


 エルメアーナの上から目線の言い方なのだが、周囲は、エルメアーナの性格を理解しているので、そんな言葉遣いでも気にする様子はなかった。


 一方、アイカユラは、エルメアーナの言葉遣いなど気にする素振りもなく、そんな事は、ついでのように、ジューネスティーンとエルメアーナの描いた石板を見ていた。


 するとジューネスティーンが、思い出したような表情をした。


「ああ、ビットで材料を潰した時、完全な球体にならないのか。 円柱を潰して、円柱の上と下の円の部分は球状になると思うけど、押し潰されたら横に広がるだろうから、その部分もバリと呼ぶのかもしれないな」


 何気なく言った言葉だが、その言葉にシュレイノリアが反応した。


「おお、プレスした後のボールの出っばりは、それもバリと呼ぶ事にしておいた方が良いだろう。 これから先、完成するまでに問題が出るかもしれないから、ボールのバリとか、ちゃんと名称を決めておいた方が意思の疎通が簡単になる」


 シュレイノリアの言葉に、ジューネスティーンとエルメアーナは、なるほどなといった表情をしていた。


 新たな物を作った時には、何らかの名称を用意しておいた方が、話をする際に都合が良いため、事前に名称を決められるなら、決めておいた方が楽になるのだ。

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