皇帝陛下の婚活
侯爵たちが連れていかれると、エレナの前に審査員たち全員が跪いた。
「え?」
驚いて立ち上がったエレナの横で、アリアも腰を折っている。
「エレナ……君に決めた。どうか、俺の妻となり、この国を支えてほしい」
アイザックがエレナの手を取り、キスを落とす。
「へ、陛下? 待ってください、あの」
「審査の結果、あなたの点数が圧倒したのですよ」
ラスコールがにこりと微笑む。
「ペーパーテスト、語学はもちろん、マナー等も問題ございません」
「でも、マナーは私よりデルナール公女さまのほうが」
「私は謹んで辞退いたしますわ。お二人が踊っているところを見たら、もう、全部わかってしまいましたの」
アリアは顔を上げ、悪戯っぽく笑む。
「俺はエレナがいい」
「陛下」
射るように見つめられて、エレナは胸が熱くなる。
「私でよろしければ、喜んで」
エレナが頷くと、誰かが口笛を吹いた。
「ご婚約、おめでとうございます、陛下」
ラスコールに頷くと、アイザックはエレナを抱き寄せ、頬にキスをした。
「それにしても、昨日の再テストは一体何だったのですか?」
一通りの祝辞をもらった後、エレナは、アイザックの執務室でお茶を飲んでいる。
大きなソファに横並びに座るという今までにない座り方で、アイザックとの距離が近い。
腕と腕が触れ合う位置というのがどうにも、緊張してしまうが、アイザックの方は平気なのか、必要以上に距離を詰めてくる。
このあと、皇太后や上皇との顔合わせがあるらしい。エレナは自分が選ばれたという実感がないのだが。
「ああ。テストの問題用紙が流失したって話があったろう?」
アイザックはお茶のカップに手を伸ばしながら、答える。
「実際には、ドラン侯爵家が手に入れていたわけだが、エレナは満点だったからな」
「つまり、私が不正に問題を手に入れていないかどうか確かめたと?」
それにしては、問題の難易度が違いすぎな気がする。
「筆跡を見たかったのもある。あれは、最初に学院の教授たちが作った問題でな。あんな問題を出したら、エレナしか解けないだろう? まあ、俺はそれでもかまわなかったのだが」
アイザックが苦笑する。
「あの問題もほぼ満点に近かった時点で、エレナが皇妃になるのが決まったのさ。身分差なんて些細な問題だ。妃教育をしたところで、エレナほどの学力に持っていくのはなかなか難しいだろう」
「そんな……」
皇妃に必要なのは学力だけではないはずだ。
「言っておくがエレナは自分が思っているよりマナーも完璧だし、何より、俺がお前以外は嫌だから、それでいいんだ。誰にも文句は言わせない」
アイザックは飲み物を飲み干して、カップを机の上に置いた。
「それにしても、よく答案用紙のすり替えに気づかれましたね?」
「ああ、それな」
アイザックは少しだけ顔を赤らめた。
「エレナが満点じゃないと聞いたとき、お前が俺のことが嫌で手を抜いたのだと思った。でも、どうしても信じたくなくて、答案用紙を見せてもらった」
最初に違和感を覚えたのは、名前の記名の仕方がいつもと違い過ぎた点だったらしい。
「ドラン嬢も教育されたそこそこ綺麗な字を書くが、エレナの文字とは違った。それで、全部の答案用紙を調べた結果、グレイス・ドランと書かれた答案用紙が記名欄以外、どう見てもエレナの文字で書かれていた」
グレイス・ドランはあらかじめ問題用紙を手に入れていたにもかかわらず、満点は取れなかった。買収されていた採点者は、迷った挙句、一番点数の高い答案とグレイスのそれの名前を書き換えた。
「そうでしたか」
エレナはカップに口をつける。
ドラン侯爵はなぜ、そこまでしたのだろう。娘が望んだから、皇妃の座も手に入れてやろうと思ったのか、それとも自身の野心なのか、わからない。
「俺は、エレナが手を抜かず、真剣に取り組んでくれて嬉しかった」
「抜きませんよ」
エレナは苦笑する。いろいろ自分に理屈はつけていたけれど、結局のところ、エレナは一片の希望に賭けていたのだ。
「私、陛下のことをお慕いしておりますから」
「エレナ、二人きりの時にそういうこと言うと、俺、我慢できないんだけど」
アイザックはエレナの身体を抱き寄せた。
「もうすぐ、お時間ですけれど」
「エレナはスケジュールに厳しいな。でも、キスだけだから」
言いながら、アイザックの唇がエレナの唇に触れる。
エレナはそっと目を閉じ、アイザックの背に手を回す。
二つの影が重なり合い、甘い時を刻み始めた。
了
皇帝陛下の婚活──その溺愛に気づかない秘書は今日も華麗に空回る 秋月忍 @kotatumuri-akituki
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