再試験?

 ラスコールが去った後、別の審査員がまたテーブルにやってきて、いくつか質問していく。

 テーブルにいる全員に質問することもあれば、数人だけ質問する場合もある。

 その基準がどこにあるのか、エレナにはわからないが、何か意味があるのだろう。

 今はグレイスが出された料理についての質問に、得意げに答えている。侯爵令嬢だけあって、高級食材に詳しいようだ。

──さすがね。

 素直に感嘆していると、グレイスが勝ち誇ったような笑みを見せた。

──育ちが良いのは間違いないのよね。

 何故かエレナを敵視しているようだが、本来、グレイスの方がよほど皇妃に近いところにいる。

 確かに知識の面でエレナはかなり優秀だが、それ以外のものは『恥ずかしくない程度』のレベルでしかない。

 グレイスが『普通』の令嬢なら、婚約者に相応しかったのに、と思ってしまう。アイザックに会いに来るなら、アイザックの予定を考慮するくらいの配慮があれば、エレナと敵対することはなかったはずだ。

「すごいですわ。さすがグレイスさま」

「まあね。私はどこかの秘書と違って、生まれながらの教養ってものがあるの」

 取り巻きの令嬢が褒めたたえると、グレイスはエレナをあざ笑う。

──審査の人間が何も聞いていないとでも思っていらっしゃるのかしら。

 今のタイミングで、エレナを貶める必要は全くない。かえって品位を落とすだけだ。短慮にもほどがあると、エレナは思う。

 彼女には周囲が全く見えていないのだ。

「何か言いなさいよ、クライツルさん」

 グレイスは反応を求めているらしい。

「ひょっとして、私からの賛辞が必要ということでしょうか?」

 エレナはため息をつく。

 エレナが負けを認めて、自分を褒めたたえれば、審査員への心証が良くなると考えているのかもしれない。

「何よ、それ。私に喧嘩を売っているわけ?」

 グレイスが声を荒げて睨みつける。喧嘩を売っているのは、エレナではなく、グレイスの方だ。エレナが子爵家の子女だから、絶対に言い返されない自信があったのだろう。

「いえ。育ちの悪い私には、純粋に何を申し上げたらいいのかわからなかっただけですので、お許しくださいませ」

 エレナはへりくだった態度で頭を下げる。

 無論、相手に『皮肉な行為』に見えることは承知の上だ。どのみち、今さら何を言っても、気に入らないに違いない。

「覚えていなさい。私が皇妃になったら、あなたなんか絶対に首にしてあげるわ」

 グレイスは顔を真っ赤にして言い捨てる。

 周囲に聞こえるほどの声だ。

「皇帝陛下の直属の部下を皇妃が罷免するときは、帝国法八十六条の二の条項を満たしている必要がございますので、それだけはお忘れなきように」

 エレナは満面の笑みで答える。

 嚇しをかけようとして、完全に言い負かされた形になったグレイスは、憤怒に顔をゆがめた。

「食事が終わったら、白薔薇の間に移動するそうよ、グレイスさん」

 いつから聞いていたのか、食事を終えたアリアがテーブルの横に立っていた。

「雑談はそれくらいになさった方がよろしいのではないかしら?」

「……わかりましたわ」

 公爵令嬢が横やりを入れてくるとは思わなかったのだろう。

 グレイスは不満げだったが、さすがにそれ以上何か言うことは諦めたようだった。取り巻きの令嬢たちも後を追うように立ち上がる。

「それにしても、首にすると言われて、帝国法を持ち出すとは思いませんでしたわ」

 グレイス達が立ち去るのを見ながら、アリアが興奮を隠せないでいる。

「私、あの人、嫌いですの。本当に、スカッといたしましたわ」

「お恥ずかしいことです。このような場所で、大人げなかったと思います」

 エレナとしては、売られた喧嘩を買うつもりはなかったのだが、結果として、殴り返したも同然だ。

「帝国で一番の秘書さんを敵に回す、彼女が浅はかなのですわ」

「帝国一ではありませんよ」

 エレナは苦笑する。蔑まれるのもどうかと思うが、必要以上の賛辞も対処に困る。

「何にしても、あの方、しつこいからお気を付けになって」

「はい。ありがとうございます」

 エレナは頷く。

「審査員のいる前で、人を侮蔑するなんて、そこまで馬鹿とは思わなかったのですけれどね」

 アリアが頭を振る。

──まさか、審査員を買収したとか?

 ラスコール公爵が指揮している状態で、不正が行われているとは考えにくい。

──考えすぎ、よね。

 どのみち、最終的にはアイザックが選ぶのだ。多少の工作があったところで、皇妃に似つかわしくない人間が選ばれることはない。

「そろそろ私たちも行きましょう」

「はい」

 アリアに誘われ、エレナはコースターを手に白薔薇の間へと向かった。



 昼食後は、ダンスのテストが行われた。

 エレナの見る限り、ダンスは、アリアとグレイスの二人がやはりダントツに上手かった。

 ちなみに、エレナはダンスに関しては、貴族子女として恥ずかしくはない程度でしかない。社交の場に出る機会も少なく、興味もなかった。

 この辺り、やはりエレナは数合わせの参加要員でしかないと自覚せざる得ない。

「結果は明日の午前中に連絡する。勝ち残ったものは、午後から宮廷を訪れるように」

 ラスコールが解散を言い渡し、一日目の日程が終わると、皇帝が参加者一人ずつ挨拶するということになった。

 たとえ選ばれなくても、『皇帝に拝謁する』という栄誉を与えられるというわけだ。

 毎日アイザックの下で働いていたエレナとしては、アイザックの手間を減らすために挨拶は辞退すべきなのかもしれない。帰ろうとして、荷物をまとめていた時だった。

「クライツル君」

 ラスコールに呼び止められ、振り返る。

 かなり深刻な顔だ。何か問題が起こったようだった。

「申し訳ないですけれど、もう一度試験を受けてくれませんか?」

「試験を?」

 よくわからないまま、エレナは別室に案内される。

 部屋にいたのは、ラスコールともう一人の審査員、おそらく学院の教授のようだった。

 何の説明もなく、ラスコールに手渡された問題は、最初にやった問題よりはるかに難易度の高いもので、学院の卒業試験並みだ。

──どういうことかしら?

 首を傾げながら、エレナは問題を解く。

 全てを解き終わると、ラスコールはその解答用紙を受け取った。

「どう思う、教授?」

 ラスコールがもう一人の審査員に解答用紙を見せる。

「まちがいございません。この筆跡でしょう」

 二人は回答そのものより、エレナの字をみているようだった。

「あの?」

「明日になれば、すべて話します。手間をかけさせてすみませんでしたね」

 帰っていい、ということなのだろう。

 エレナは首を傾げたものの、それ以上追求せずに帰宅することにした。


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