参加資格

 婚約者選定の儀式は、一月後に開催されることになった。

 エレナは選定の儀式に参加する令嬢たちへの招待状をしたためる。

 開催までの日付が迫っているので、招待状も急ぐのだ。受け取る令嬢たちも準備が必要だ。多くの令嬢の参加を望むならば、一日も早く発送する必要がある。

 今回、儀式に参加できるのは、令嬢は貴族籍を持つ未婚女性全てだ。

 通常ならば、皇妃候補は、上位貴族の娘のみだが、今回は男爵令嬢にもチャンスがある。

 ただ、皇帝アイザック本人の相性、好みだけで決めるわけではなく、皇帝の側近による審査があるため、実際にはそれほどの大番狂わせはなさそうだ。

 とはいえ。今まで上位貴族で名の上がった令嬢に対して、アイザックは何の興味も示してこなかった。

 女性に興味がないという噂が立っても仕方がないほどに、周囲に女性の影はない。

 アイザックの周囲に常にいる女性は、エレナくらいのものだ。

──とはいえ、私はノーカウントだけれど。

 ペンをインクに浸しながら、エレナは苦笑する。

 アイザックの下で働きだして五年。アイザックがエレナの能力を高く評価して、信頼しているのは間違いない。

 しかし、女性としては求められていない。

 それは、もともとの身分差を考えれば当然のことだろう。

 エレナは子爵家の娘で、本来なら皇帝の尊顔に拝謁することも難しい身分なのだから。

──仕事に生きたからって、親不孝ってことはないわよね。クライツル家としては『箔』がついたのだから。

 就職したころは、仕事を辞めて結婚するようにすすめてきた両親も兄も、最近は何も言わなくなった。

 令嬢の型にはまらないエレナの生き方を認めたというよりは、『普通』というものを諦めたのかもしれない。

──私は今の仕事が続けられればそれでいい。

 アイザックの傍らで、アイザックのために働く。

 エレナにとってそれ以上の幸せはない。アイザックへの想いは、女性としての憧憬や恋慕なのか、臣下としての忠誠なのかは判別をつけられないけれど、アイザックを支えている自負があれば、その感情に名前を付ける必要はないのだ。

「まだ書いているのか?」

 不意に秘書室の扉が開き、アイザックが顔をのぞかせた。

 着衣がラフなものになっている。一度私室に戻った後のようだ。

「陛下」

 エレナが慌てて席を立とうとしたのを、アイザックは制した。

「業務終了の時間はとっくに過ぎているはずだぞ」

「申し訳ございません」

 アイザックは、業務時間を過ぎての居残りの仕事を嫌う。時間外の仕事を『通常』としてしまうと、いざという時に無理が効かないからだという。

「エレナ一人で背負う必要はない。人を増やしてもいいんだぞ?」

「増員していただくにしても、この仕事には間に合いません」

 エレナは苦笑する。

 今回の仕事は急ぎだ。他の部署から人を借りるにしても手続きに時間がかかってしまう。それに、エレナが言い出したことだ。

「それはそうだが」

「陛下のご成婚の来賓への招待状を書くときは、増員していただきますね」

 エレナの言葉にアイザックは複雑そうに顔を歪めた。

 ラスコールとエレナに圧されて婚約者選定の儀式をすることになったが、あまり乗り気ではないのだろう。

「まだ終わらないのか?」

 アイザックは机に置かれた手紙の束に目をやる。

「もう少しだけ。明日のお昼には発送したいので」

「……エレナはそんなに俺を結婚させたいのか?」

「それは……」

 アイザックの問いに、エレナは言いよどむ。

 秘書としては帝国の安寧のためには、一刻も早く皇妃を迎えるべきだと思う。それにラスコールとの禁断の愛の噂は、アイザックとしても不本意のはずである。

 それに国のためだけでなく、アイザック自身も結婚して幸せになるべきだ。生涯の伴侶を得ることより仕事を選んでいるエレナが、結婚を幸せと考えるのはおかしな話だけれど。

 一方で、アイザックの隣に女性が並ぶことを想像すると何故かエレナの胸は苦しくなる。

「私は、陛下に幸せになっていただきたいだけです」

 エレナは自分に言い聞かせるように答えた。

 それは偽らざるエレナの本音だ。

「ご成婚そのものはともかくとして、出来ればたくさんのご令嬢と歓談されて、気の合う方を見つけていただければと願っております」

「気の合う令嬢ね……」

 アイザックは肩をすくめた。

「ところで、婚約者の選定の儀式って、何をやるんだ?」

「具体的にはラスコールさまが取り仕切られることになっておりますので、私は存じません。いくつかテストをなさるとうかがっておりますが」

 皇妃になるには、美しいだけでは駄目だ。

 マナーやある程度の知識が求められるのは、ある意味で当然だ。もちろん、婚約が決まってからでも教育はできるから、絶対ではないにせよ、ふるいにかけるのは当然のことかもしれない。

「なあ、エレナ。例の噂、かなり広まっているって言っていたけれど、そんな男の婚約者の選定の儀式に出席したいって令嬢はいるのだろうか?」

「何をおっしゃるのです。陛下の婚約者ですよ?」

「俺がという理由の令嬢しか来ないのでは?」

 アイザックの言いたいことはエレナにも理解できる。上昇志向の強い令嬢は、アイザックより皇妃の座に魅かれてやってくるだろう。そして、そういう女性をアイザックが最も苦手としていることもエレナは知っている。

「そんなことはないと思います。陛下はとても魅力的な方ですから」

「そうかな」

 アイザックは悩まし気に首を傾げた。

「しかし誰もこなかったら、大恥をかくのでは?」

「そのようなことは決して」

 皇室からの招待状をもらえば、たいていの貴族は、無理をしてでも参加するだろう。乗り気ではない令嬢もいるかもしれないが、誰も来ないなんてはずはない。

「だったら、当然エレナも参加するよな?」

「え?」

 意外過ぎる言葉にエレナは目を丸くする。

「エレナも参加資格のある貴族令嬢だろう?」

「それは……そうですが」

「参加資格のある、一番身近な人間が来ないとなると、俺の人間性を疑われるのではないか?」

 アイザックは口の端を少しだけゆがめる。

「それこそ、儀式はフェイクで、噂をごまかすためのものだと言われかねない」

「そんな」

 儀式は噂を払しょくするためのものだから、逆にそんなふうに揶揄する輩がいないとも限らない。だが、アイザックの婚活に、女性としてノーカウントのはずのエレナが出席することに意味があるのだろうか。そもそも、アイザックがエレナにも参加資格があることを認識していたことに、エレナは驚きを感じる。

「エレナが参加するなら、俺も真面目に参加する」

「わかりました」

 つまりエレナも提案者として誠意を見せろということなのだろう。

 対外的にそのほうが都合がいいということならば、エレナにも異論はない。

 その時。アイザックの言葉の意味をエレナは軽く考えていた。


 

 

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