第4話『竜』

 生温かい風が吹く岩山をレオとマリアは歩いていた。先程魔物の大群を全滅させて以来魔物は一体も出てきていない。その理由はにたどり着いた時に察することができた。


 そこは一つの山にポッカリと空いた洞窟だった。中からは外とは違う、異質な冷たい風が吹いてきている。2人は洞窟の入り口で足を止め、暗闇が続く空間を眺めた。


「……いるな」

「途中から魔物の数が変だったのって……」

「大方こん中に強えのがいて、そいつを避けてたってとこだろうな」

「……行こう」


 2人は洞窟の中に一歩踏み出した。すぐに岩山の温く乾燥した空気は消え去り、適度に湿気を含んだ冷たい空気に包まれる。


 進んでいくとすぐに真っ暗になるが、すぐにマリアは左手を前に掲げ、「アル・ライト・ボール」と口にした。すると掲げられた手の先に光の球が出現。ギリギリ道の端の方まで届く程度の光が放たれる。マリアなら道全体を照らせる光球を作り出すことは簡単なのだが、魔力は有限。この先に待ち構えているであろう敵との戦闘に向けた温存だ。


 2人が洞窟の奥へと進んでいくごとに気温は下がり、半袖のレオは少し寒くなってくる。先ほどから道はわずかな下り坂になっており、今はおそらく地表より少し低い程度の高さ。途中途中爪痕のらような傷があり、何者かがいることが察せられた。


 さらに足を進めること数分。浮かべた光球の魔力が尽き、光が弱まってきた頃、2人は広い空間に出た。そこは直径25メートルほどのドーム状の空間だった。当然そこに光源は無いため、マリアはこれらのことは分からなかったが、レオは長年の狩猟生活で鍛え上げられた目でこの空間を観察できていた。


 少ししてレオはマリアの後ろまで下がり


「……寝てるぜ」


 とマリアの耳元で囁いた。そう、レオはここにたどり着いた直後から、中央に鎮座した巨大な物体に気づいていた。


「え? ……見えない……」

「奇襲できれば楽なんだが。オレでもさすがにこいつを一撃で倒すのは無理だ。マリアの超火力魔法とオレの全力の攻撃で仕留めよう。オレは後ろに回り込む。10秒したらここがギリ崩れない程度の火力でぶっ放せ」

「……分かった」


 すぐにレオはほとんど足音を立てずに走り出し、寝ている青竜をぐるっと回って青竜の背中側にたどり着く。


 マリアは側に浮かべてあった光球の出力を上げた。一気に放たれる光の量が増え、空間の3分の1程度を照らす。


 10歩ほど進んだ時、マリアはの全体像を視界に収めることができた。それは全長20メートルにも達すると思われる青い竜だった。首と尻尾を三日月のように丸め、寝息を立てている。こいつこそが今回の討伐目標、青竜である。


 緊張の走る数秒間の後、マリアが魔法を放とうと杖を青竜に向けた……瞬間。


 今まで閉じられていた青竜の大きなまなこがカッと見開かれた。


「ッ‼︎」


 マリアは唇を噛みながら咄嗟に4メートルほどの火球を作り出し、射出した。レオは予定よりも早い作戦開始に驚愕しながらも、凄まじい反射神経でそれに反応した。地面を思いっきり蹴り、青竜の頭めがけて跳躍する。


 振り抜かれたレオの拳と、放たれた火球が青竜の頭に迫る。このほんの一瞬の間に、青竜は頭を起こした。そして何の溜めも無く開かれた口から炎のような光線が放たれる。それはマリアの放った火球に衝突し、爆発させた。熱風が振りまかれ、同時にレオの体は伸ばされた青竜の首に衝突。


「おおッ! チッ、一旦離れ……」


 レオが青竜の首から跳躍し、地面に着地したその瞬間、青竜は今度は頭を天井に向けた。さらに先ほどは無かった溜めの動作に入る。開かれた口の中に先ほどの熱線と同じような輝きが現れ、ドンドン出力が上がっていく。


「レオ‼︎」


 青竜の意図を察したマリアは咄嗟に叫んだ。しかし両者がどうこうする間も無く、青竜のブレスは放たれた。翼をはためかせ飛び上がり、天井を破壊しながら上昇していく。


 それに伴い、この洞窟は一気に崩壊を始めた。天井の岩が落下し、地面に激突していく。青竜はさらに天井を破壊しながら上昇していった。辺りに轟音が響き渡る。


 数秒後、元々洞窟があった場所には瓦礫が散乱していた。大きめの岩がゴロゴロ転がり、土埃が舞っている。


 そんな場所の2つの岩が、突然上空に吹っ飛んだ。そこから1人ずつ人間が飛び出てくる。1人は汚れたレオ。もう1人は毒々しい光のバリアのような物に包まれたマリアだ。


「やりやがったなぁ〜!」


 レオは上に対空している青竜を見上げた。青竜はその大きな翼を羽ばたかせ、跡形もなくなった洞窟と2人を見下ろしている。


「レオ!」


 直後、マリアがレオの元に駆け寄ってきた。


「……どうする?」

「どうするって、そりゃ戦うに決まってんだろ! つってもあの高さじゃどうしようもねえな。マリア、まずあいつを引きずり下ろしてくれ」

「……分かった」


 マリアは少しレオから距離を取ると、杖を持ち上げ上空の青竜へと向けた。


「……エル・ウォーター・アロー」


 その言葉と共に、マリアの周囲にいくつか超圧縮された水の矢が出現した。それらはすぐさま射出され青竜に迫る。空気を切り裂いて飛翔した水の矢を、青竜は巨体にそぐわぬスピードで回避していく。しかし最後の矢が青竜を通り過ぎる直前。


「……ボム」


 青竜の顔近くに迫っていた矢は突如破裂。水が振りまかれ、青竜の視界が狭まる。


「エル・ウィンド・カッター」


 今度は空気が圧縮された風の刃が大量に生成される。すぐさまそれらを飛ばし青竜に攻撃。青竜は咄嗟に回避を試みるが一瞬反応が遅れ、風の刃は青竜の翼や体、顔、脚に次々傷跡を作り出し、最後には再びただの空気となって消滅した。


 青竜は体中から血を流し、徐々に高度を落としていった。明らかに羽ばたきに力が無くなっている。やがてゆっくりと地面に着地し、マリアとレオを睨む。


「あんがとよマリア。こっからはオレの出番だぜ」


 レオは文字通り地に足がついた青竜向かって走り始めた。不安定な瓦礫から瓦礫へと飛び移り、ぐんぐん接近していく。あっという間に青竜の足元まで接近し、足首のあたりを通りざま剣で斬りつける。


 レオはそのまま青竜の後ろに回ろうとしたが、一瞬後に目の前にあったのは青い壁だった。それはレオに向かって接近し激突し、レオは吹っ飛んでいった。青竜が尻尾を振り抜き、レオを吹っ飛ばしたのだ。


「おお⁉︎」


 レオは一つの瓦礫の上に落下した。起きあがろうと手をついて体を持ち上げた瞬間、レオの上空を影が覆った。見えるのは土や砂まみれの汚い足の裏。青竜は倒れたレオに向かってその巨大な足を振り下ろした。


 瓦礫が割れ、地面がへこむ。凄まじい力が地中へと駆け巡り、地響きが辺りに広がっていく。しかし。


「いってぇなァ! 骨にきたぜ⁉︎」


 当のレオは全くダメージを負った様子もなく、青竜の足を待ち上げてそこから脱出した。そして少し離れた場所に移動し、剣を構え直す。


「いいじゃねえか……え」


 レオが持ち上げた剣は異様に軽く、全く感覚が違う。見れば剣の刃が無くなっており、柄だけになっている。


「……また買わなきゃ……」


 レオは柄だけの剣を放り投げた。両手を何度か握り、体をほぐす。


 しかし次の瞬間、レオに向かって青竜は口を開いた。口の中は炎のような光の揺らぎが満ちていた。


 そして放たれたブレスは真っ直ぐレオに向かって放たれた。レオは咄嗟に腕を交差させてガード。ブレスがレオを包み込む。


「っと、さすがに強えなあ!」


 レオはブレスを無傷で耐え切ると、バックステップでマリアの元まで後退した。


「……手伝う?」

「うーん、時間かかりすぎてもなあ。オレがブレスを誘発する。後は頼む」

「……分かった」


 青竜は口から煙を出しながら2人を睨んでいる。そして「グルルルル……」と唸りながら太い脚で地面を砕きながら走り始めた。


 同時にレオも走り始め、青竜の頭目掛けて跳躍した。脚を思いっきり振り上げ顎を打ち抜き、さらにレオは青竜の鼻先を掴み、頭の上に乗った。


 しかし次の瞬間、青竜は首を振り回し、レオを振り落とした。


「おうっ!」


 頭を下にして落下したレオの視界に映ったのは、口の中が光っている青竜の顔だった。次の瞬間、ブレスが発射され……レオはニヤリと笑った。


 レオは空中で体を捻り、足の裏をブレスの先端に向けた。すると靴の裏が紫色に光り輝く。そのまま伸びてくるブレスを受け止め、張り付いて吹っ飛んでいく。


「マリア!」


 とレオが声をかける前に、マリアは杖を向かってくるブレスに向けていた。そして呟くように声を発し、魔法を発動する。


「……オル・ファイア・ビーム」


 そして次の瞬間、杖の先端が直径2メートルほどの円形に光り輝いた。そこから超高温の炎の熱線が放たれ、青竜のブレスに衝突する。凄まじい熱と光が辺りに振りまかれ、マリアの顔が照らされ、服がはためく。


 レオはマリアが熱線を放った瞬間にブレスを蹴ってその場から離脱。熱風に煽られながら地面に着地し、ぶつかった熱の塊を見上げる。


 ぶつかったその時こそ拮抗したかに思われたその2つの熱線だが、すぐに青竜の方が押され始めた。ゆっくり、しかし確実に2つの接点は青竜に近づいていく。


 青竜は目に宿す光を激らせ、ブレスの出力を上げようと腹に力を込めるが敵が放った熱線はどんどんと自分に近づいてくる。


 時間にして数秒か十数秒か。当人達……いや、青竜からすれば永遠にも感じられた時間の後、とうとうその時が来た。


 徐々に近づいてきていたマリアの熱線が、青竜の頭を包み込む。「グゴゴゴ……‼︎」と口から声を漏らしながら衝撃が駆け巡り、内臓を破壊していく。


「……相変わらずエグいな」


 青竜は黒焦げになった頭をピクリと動かすと、地面に倒れた。砂埃が舞い、吹き荒れていた風も止む。その場には束の間の静寂が訪れる。


 レオはマリアの元に歩み寄った。


「さすがだなあマリア。その華奢な体のどこにそんな力があるんだか」

「……華奢じゃないもん……」

「はいはい」


 ……と、レオが苦笑したその時だった。奥に倒れていた青竜が、弱々しい動きで頭を持ち上げた。


「レオ‼︎」

「何⁉︎」


 そして2人を視界に収めることなく顔を天へと向け、


「……グガアアアアアアア‼︎」


 と叫び声を上げた。そしてスイッチが切れたかのようにまた地面に倒れる。青竜は今度こそ、その生命活動を停止させた。


「……あーびっくりした。イタチの最後っ屁ってや……え?」


 その瞬間、レオは太陽が僅かに傾いた南西の空を見上げた。体が震え、脂汗が吹き出、背骨を冷たい鉄の棒で貫かれたかのような感覚が走る。


「……レオ?」

「……マリア……あっち……」

「え……?」


 マリアも同じ方向を向き意識を研ぎ澄ます。そしてマリアもレオと全く同じ感覚を覚えた。杖を両手で握りしめる。


 ……何かが、いる。いや、こっちに来る。


 莫大な魔力の塊。異常な戦闘力。それを1つに抱えた生物が、凄まじい速度で2人の方に向かってくる。


「……おいおい、こりゃあ……」

「……嘘……」


 ほんの数秒でそいつの姿を2人は視認した。そいつの移動速度は本当に生物かというほど速く、その姿はドンドン大きくなっていく。


「走るぞ‼︎」

「うん……‼︎」


 2人の体は強烈な危険信号を発し、走り出した。そいつから反対の方向……北東へ走る。


 しかし数分後、そいつは2人の真上にまでたどり着いた。そいつは先程討伐した青竜に似た姿をしていた。ただし体表は真っ黒で、目は紅い。


「……あ……」


 S級に認定されている者は現時点で冒険者では2名、魔物では21体存在している。今2人の真上にいるそいつはその内の一体。


 その名を、黒竜こくりゅう


 黒竜は2人の真上を物凄い速度で通過すると、そのまま真っ直ぐに飛び続けた。


「な⁉︎ まずい‼︎」

「……この先には町が……‼︎」


 黒竜は暴風を振り撒きながら一目散に北東へ飛んでいく。2人は足を速めるが、黒竜との差は開く一方。


 2人は歯噛みをしながら走り、黒竜の尻尾を睨んだ。

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