第3話『コンビの表裏』

 夜も更け、町は暗闇に包まれている。その町を唯一照らすのは白く淡い月光。人々は寝静まり、静寂が続き風は凪いでいる。


 マリアは月がよく見えるその晩に、ふと目を覚ました。窓から月光が差し、マリアの顔を照らす。ウトウトしたまま何度も寝返りをうち、もう一度眠ろうとするがなかなか寝付けない。10分ほどした時とうとうマリアは寝るのを諦め、体を起こした。すると居間に続く扉から光が漏れていることに気づく。


 居間に移動すると、寝巻きに身を包んだレオが大きな窓から町を見ていた。レオはマリアに気づくと一度驚いた顔をした後、その顔をマリアを包み込むような優しい微笑みへと変えた。


「なんだ、マリアも眠れないのか?」

「目が覚めちゃって……」

「なんか飲む?」

「うん、じゃあ……」


 とマリアが話している途中にレオは流しに進み、「あ」と漏らした。


「マリアがいつも飲んでる紅茶ないじゃん」

「……じゃあレオと同じコーヒーでお願い」

「ん。りょーかい」


 レオはそれを聞くとテキパキとコーヒーを二杯淹れる。それをソファに座ったマリアの前のテーブルに置き、レオもマリアの隣に腰を下ろす。


 そこから2人はコーヒーを飲みながら、のんびりとした時間を過ごした。ソファの背もたれに寄りかかってボーッとしたり、時より隣に座るパートナーをチラリと見たりして時間は過ぎていく。


 やがてコップの中身が無くなりかけてきた頃、マリアはふとした拍子に体の力が抜け、レオの肩にもたれかかった。


「あ……」

「おっと、大丈夫か?」

「……ちょっと疲れてるみたい」

「無理すんなよ?」

「うん。……レオってお兄ちゃんに似てる」


 マリアはレオにもたれかかったままそう言った。


「兄貴?」

「うん。あったかくて優しくて……一緒にいると安心できる」

「優しい性格、か。オレにも姉貴がいるが、全くもってそんな感じじゃないな。天神乱漫というか、1日中遊んで泥まみれで帰ってくるタイプ」

「フフッ。会ってみたいな」

「きっとおったまげるぞ。このオレですら比較すると大人しい部類に入るぐらいだからな。……オレの家はなんもねえ平原にポツンとあってさ。家族で狩りして過ごしてた。オレが冒険者になりたいって思ったのは、きっとあの獲物仕留めて振り返る姉貴に憧れたからなんだろうな」


 そういうとレオは、どこか遠くを見るような目になった。微笑みはそのままに、温くなってきたコーヒーを見つめ、家族への想いを馳せているようだった。


「姉貴は年に2、3通生存報告って銘打った手紙が来るだけ。どこで何してんのかは全くわかんねえ。……ま、案外男侍はべらせてほっつき歩いてるかもしれねえけどな」

「……私のお兄ちゃんも冒険者やってるの」


 マリアはレオの顔を見ると、頭もレオに預けて話し始めた。


「なんでもそつなくこなして、皆を引っ張って……お兄ちゃんのパーティからは、1人も死者が出てないんだって。……私もお兄ちゃんみたいになれたらな……」

「……その話だけで言うなら、オレはマリアがその兄貴に劣ってるとは思わねえな」

「え……?」


 レオはマリアに向かってニカッと笑いかけると、自分とマリアを指差した。


「だってオレとマリアのパーティ、まだ1人も死んでねえだろ?」

「……屁理屈」

「え」


 マリアはジト目をレオに向けた。しかしすぐに表情を和らげ、


「……でも、ありがとう」


 とレオの耳にぎりぎり届く声量で呟いた。レオは再び笑顔をマリアに向けると、ソファに踏ん反り返り天井に顔を向けた。


「いつか、オレらも一流の冒険者になれるといいな」

「……うん、そうだね」


 2人は互いに体を預け合い、目を瞑ってしばらく過ごした。互いの体温を感じながら安心感に包まれる。コーヒーのカフェインも切れてくる頃、2人の意識は夢の世界へと向かっていった。







 日が高く登った昼時。その男は2人の冒険者がいるはずのドアをノックした。しかし返事は返ってこない。


「あれ? レオさん、マリアさん!」


 やはり返事は来ない。今度はかなり強く扉を叩き、


「お二人とも‼︎ もうお昼ですよ‼︎」


 と大声を出した。


 ソファで寝ていたレオは、その声で目を覚ました。目を擦り辺りを見渡す。窓からは日の光がたっぷりと差し込んでいた。部屋はとても暖かくなっており、日が昇ってから時間が経っていることが分かる。


「う……ん!」


 レオは自分に寄りかかり、静かに寝息を立てているマリアをゆっくりとソファに寝かせ、立ち上がった。


「レオさん‼︎ マリアさん‼︎」

「は、はーい!」


 慌ててレオが扉を開けると、1人のギルドスタッフが部屋の前に立っていた。その男はレオの顔を見下ろし、レオが出てきたことに安堵して息を吐いた。しかしすぐにスイッチを入れ、キリッとした表情になる。


「レオさん、もうお昼ですが、任務は大丈夫なんですか?」

「え、もうそんな時間なんですか? ……うわマジだ、太陽が高い。すぐに準備します!」


 そういうとレオは部屋に引っ込んでいった。


「マリアー、起きろ〜」

「ん……んぅ……」


 マリアはレオに声をかけられると、うやむやな言葉を発して体を起こした。目を擦りながら辺りを見渡し、急いで支度をしているレオを見る。そしてテーブルの上の懐中時計をとって中身を見た。


「あ、もうこんな時間……」

「そのボサボサの頭なんとかしとけよー」

「……うん」


 2人はそれからささっと寝巻きから冒険者服に着替え準備をし、宿を出発した。途端に頭上に降り注ぐ日光。それと同時に、心地よい風により暖かな空気が肌を打つ。


「さて、今日こそ青竜討伐するぞ!」


 ひとまず適当な飲食店で歩きながら食べられるパンをいくつか買い、移動しながら食す。今日の捜索場所はこの町の南西に位置する洞窟だ。昨日捜索した森よりもフォウツから離れており、人通りも少なく隠れるにはうってつけ。


 基本町の周囲は平原が広がっていることが多いのだが、今レオとマリアがいるのはゴツゴツとした岩山だ。2人は町から一転、轟々と唸る強い風に吹かれながら華麗な身のこなしで岩山を駆け登っていく。


「竜種って餌なんだっけ?」


 レオは3メートルほどの高さの岩を悠々と跳び越えながらそうマリアに問いかけた。直後、岩の影に潜んでいた豹型の魔物がレオに向かって飛びかかってきた。レオはそれにすぐさま反応。剣を抜き、空中でからだを捻ってその魔物の首筋に斬撃を繰り出す。それにより魔物の頭部は切断された。当然その一撃で魔物は絶命。水気を含む嫌な音を立て、魔物の頭部と胴体は地面に落下した。


 同じ岩を飛び越えたマリアは、魔物の死体に一つの小さな火球を飛ばし火をつけた。それからは死体には一瞥もくれずにレオの後ろを走り、今しがたの問いに答える。


「主に高階級の魔物。だから生物の少ないここらへんにはいないと思うけど……」

「まあこの岩山全部がそうとも限んねえしな。結局昨日みたいに隈なく探すしかないか。めんどくせ」


 それからもそんな愚痴を溢し、時折飛び出してくる魔物を倒しながら岩山を突き進んでいく。2人は脚力や跳躍力にものを言わせ、少年少女とは思えない速度で突き進んでいった。


 少しして、魔物の数が増えてきた。先ほども見たような豹型の他、鷹や鷲などの鳥型など種類も増えている。


 そしてお目当ての洞窟まであと1キロ程度というところまでやってきた。平たい岩石が台座のように鎮座し、その上に大量の魔物がいる。


「……多い」

「さすがに不自然だな。でも青竜がいるってわけではなさそうだし……」


 魔物を捕食する青竜がいるなら、逆にある程度魔物は少ないはずだ。かといってこれほど魔物が多いのは不自然。なんにせよ、この謎を解くためにもここは通らなくてはいけないのだが、どうにも見逃してくれるような雰囲気ではない。


「まあいい、ちょうど探索にも飽きてきたところだ。肩慣らしにもってこいだぜ!」


 そう言うと、レオは剣を抜き放ち魔物の大群に突っ込んでいった。すぐさま魔物も同じようにレオに飛びかかる。


 そこからは血みどろの乱闘となった。レオは自分に近づいてきた魔物を片っ端から剣で切り付けていた。飛び出た血がレオや周りの魔物を汚し、魔物達は一体、また一体とレオに殺され地面に死体が増えていく。


「オォララァ‼︎」


 レオは顔に狂気すら感じる笑みを浮かべさらに魔物を殺していく。辺りに出来上がっていく死体の山と血の海に、魔物達は一旦突撃をやめ、体勢を立て直そうとレオから距離を取った。瞬間、レオはできたスペースを使い、前方に跳躍した。魔物の群れを裕に跳び越え、さらに走る。魔物の顔が一斉にレオの方に向いた、瞬間。


「……オル・ファイア」


 マリアが杖を空に向け、そう呟いた。そして出現した巨大な炎の塊。魔物の大群の頭上に出現した火球の直径は裕に15メートルを超えており、魔物達を焼き払うには十分すぎる大きさを誇っていた。


 その火球は一瞬後、真下に落下した。魔物達がそれを認識した時にはすでに火球が魔物達の肉体を凄まじいエネルギーで焼き始めていた。


 空気を焦がす音とある程度離れているレオも感じる熱が収まった時には、岩石の上に乗っていたのは黒焦げになった魔物の骨と不快な焦げ臭さだった。マリアはそこを歩いて行き、レオの元へと向かう。


「イェーイ!」

「……フフッ」


 笑いながら手を持ち上げるレオに向かって、マリアは微笑みを浮かべた。そして自分も手を軽く持ち上げる。たった今大量の命が失われた殺伐とした岩山に、弾けるような軽快な音が響いた。

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