第2話『A級のバトル』

「……よっし、避難の呼びかけとビラ配りはこんなもんでいいかな」

「うん……次は青竜の捜索をしないとね」


 レオとマリアはある町で周囲に青竜が目撃されたことの報告、及び避難の仕方の書かれたビラを配っていた。この町は灰蛇かいじゃが出現した町の北西に位置する町である。


 2人が注意喚起を終わらせた時、日は高く昇り、長閑のどかな町並みを照らしていた。そよ風が吹き、暖かな空気に包まれているこの町のすぐそばに、何百人もの人間をいとも容易く殺してしまう魔物がいるなど全く信じられない。しかしいつだって幸せを奪っていく悪魔は身近な場所にいる。


 町というものは基本円形の形をしており、東西南北に一つずつ門がある。しかしこの町は例外であり、一般の人が使えるのは北門を除いた三つのみである。というのも、北門には巨大な城が併設されており、北門を通るには特別な理由を持ち城の管理者に許可をもらった者だけなのだ。


「しっかし面倒な制度が残ってるな」


 この制度は今では廃れつつある階級社会の名残だ。かつて貴族が使用していたこの城を一般市民には使わせまいと、その貴族の子孫が勝手に規制している。この家はギルドにかなりの資金援助をしているため取り締まりは難航している。


 レオはそんな曰く付きの城を見上げ、ため息をついた。2人がまず青竜の探索場所に選んだのはこの町の北東に位置する巨大な森だ。北門から行くのが1番早いのだが、青竜といえども魔物の討伐は特別な理由には該当しなかった。


 2人が大人しく東門に向かおうとしたその時。


「すいません、魔林檎持ってきたんですが通っていいですか?」


 という声が聞こえてきた。右を向くと、大きな木箱を3つほど抱えた男が検問に来ていた。ぱっと見20代後半に見える。


「ああ、お前か。時間通りだな。通っていいぞ」

「ありがとうございます」


 その男が一歩踏み出した時、抱えていた1番上の木箱が地面に落ちてしまった。中から真っ赤を通り越して黒みがかった林檎がゴロゴロと飛び出してくる。


「あっ、しまった」

「おっと、手伝いますよ」


 レオとマリアは地面に転がった林檎を拾い集めた。マリアは林檎を一つ手に持った時、それから禍々しい気配を感じた。単なる林檎のはずなのに、下手な悪人よりも重い雰囲気を待っている。


「何……これ」

「それは魔林檎といってね。魔力を果実に凝縮した林檎なんだ」


 これを持ってきた男はマリアに優しい笑みを向け、そう説明した。すると男は目を開き、驚愕の表情を作った。今度はレオを見、また驚愕する。


「あれ、もしかしてレオくんとマリアさんじゃない?」

「え、そうですけど……どうして?」

「そりゃあ知ってるよ。たった1年でE級からA級まで駆け上がった天才と、7年ぶりにB級から冒険者をスタートした天才。君達の話はもうかなり知れ渡ってる。……そうだ、魔林檎2つあげるよ」


 そういうと男は木箱の中から魔林檎を2つ取り出し、レオとマリアに差し出した。赤黒く禍々しいオーラを放つそれは、優しい雰囲気を持つ男から差し出され中々に場違いだ。


「え、いいんすか?」

「いいよいいよ。これ、城を倉庫にして保管して後で店で売るんだけど、どうせ結構売れ残る」

「そ、そうすか。んじゃありがたくいただきます」









 魔物や一部の植物など、体内に魔力を有するものは基本的に一部分に固まっている。食物連鎖の過程で自身の魔力を補給するためだ。以上の理由により、例えば森が広ければ広いほどそこに棲む魔物は多くの魔力を持つ、つまり強くなっていく。


 レオとマリアは町の北東の森に来ていた。一見して森に巨体の竜がいるとは考えられないが、竜種は頭が良く、人間に見つからないように自分で木々を伐採するなどして、あえて森を住処としていた例があるのだ。この森は数匹A級の魔物が確認され一般人には厳しく規制され、魔物の恐ろしさを知る冒険者は近づこうとさえしない。


 目の前には鬱蒼とした森が広がっている。木々の葉は普通よりかなりあおく、ジメジメとした湿気も相まり陰気な気分に誘われる。


「オレの実家の方にも森はあるが、また違った雰囲気があるな」

「……行こう」

「おう」


 2人は森に続く土の道に足を踏み入れた。木から落ちた葉や枝を踏みながら奥へと進んでいく。森に入ってから辺りを見渡すとよく分かるのだが、この森は木々が異様に高く太い。これは木々が魔力を吸っている証拠である。


 そんな森にグネグネと唸りながら伸びる道。大した整備もされていないのは、この森がかなり危険だからだらう。


「……ウマ」


 貰った魔林檎を2つに分け齧りながら2人は森の中を歩いていった。僅かに差す日光が道を照らし、仄暗い道が奥へと続いている。


 2人が森に入り、十数分が経過したその時。


「……いるな」


 レオは前方の木を睨みつけ立ち止まった。するとそこから2体の狼がゆっくりと歩み出てくる。体高はレオの腹にまで達する大きな狼だ。体毛は白く、赤い目が僅かな日の光を反射してギラリと輝く。


白狼はくろうか。時間かけるのも面倒だ。オレが倒しとくから、マリアは先に行っててくれ」

「分かった……」


 白狼はくろう。その名の通り白い狼型の魔物。階級はA級で、その強靭な足が成す高速移動が強力である。


 レオは背中の剣を抜き放ち、体をほぐして前に歩み出た。躊躇いもなく距離を詰めてくるレオを警戒し、2体の白狼は姿勢を低くして牙を剥いた。


 次の瞬間に吹いた風と揺らいだ葉が擦れ合う音という、あまりにも穏やかな戦いのゴングでレオと白狼が動いた。白狼はが方向からレオに迫り、行動範囲を狭めていく。


 と同時に、マリアも前方に走り始めていた。完全に自分からヘイトが外れた白狼の横を通り過ぎ、巨大な森を突き進んでいく。


 それを確認すると、レオはまず正面に跳んだ。2体の間に入り込み、右の個体の腹部を一回斬りつける。と同時に左の個体は後ろ蹴りで怯ませる。斬られた方は「グルルルル」と唸りながらレオから距離をとった。


 今度は蹴られた方の番だ。レオの背後から飛び掛かってきた白狼の胸部を振り向き様に斬り払う。そこから体勢を低くして飛びかかりを回避。


 1箇所に集まった2体の白狼は血を滴らせながらレオを睨みつけた。そして次の瞬間に2体はそれぞれ別の方向に跳躍した。左右に分かれることでレオを挟み撃ちにしたのだ。


「……フッ」


 レオは短く息を吐き、ターゲットを右の個体に決定した。二手に分かれた後、白狼は2体同時にレオに飛び掛かってくる。レオは体を右に向け、剣を両手で握った。


「セアッ!」


 そこからさらに跳躍する。この一連の動きを一瞬でこなし、斬撃を繰り出しながら白狼の横を突っ切る。剣はガン開きとなっていた突き出た口に横向きに侵入。掬い上げるようにして動いた剣は、顎を上下に分断した後に首の骨を切断。白狼の頭の上半分が斬り飛ばされた。


 レオはバッドを振り切ったような体勢から、上向きの力の流れを使い後ろに跳躍した。体を捻り、2体の白狼を視界に入れながら空中で剣を逆手に持ち変える。レオは落下の勢いに合わせて下に向けて剣を振り下ろし、2体の白狼の頭を串刺しにした。


 着地の余韻を逃した後、剣を引き抜く。2体の白狼の未だ動く心臓が、頑張って血液を全身に送ろうとするが、血液は脳天に空いた風穴から漏れるばかり。


「うわきったね」


 レオはそんなことを呟き、左手でハンカチを取り出して剣にこびりついた血を拭った。自身は全く体を汚すことなく戦闘を終わらせたレオは剣を背中にしまった。


 そしてレオは左手の指を鳴らした。その瞬間に白狼の死体が発火し、みるみる2体とも炎に包まれていく。死体が崩壊を始め、焦げ臭い匂いが漂い始めたことを確認すると、レオは森の奥、マリアの元へと歩いていった。









 マリアはレオが2体の白狼と戦闘をしている最中、森の道を走っていた。マリアが走る速度は女性、小柄、魔法職、これらの要素からは想像できないほど速く、ほんの十数秒のうちにレオ達の姿は全く見えなくなっていた。これでも物理職のレオよりも遅いのだから、全くもってレオは化け物である。


 ある程度距離が稼げたかという頃合いで足を緩め、周りを観察しながらの歩行に切り替える。意識を研ぎ澄まし、何者かが隠れていたりしないかと探りながら歩いていく。


 しばらくすると、マリアは木々が円形にはけた広場のような場所に突き当たった。


 日が差した、平原のような広場だった。そこだけが陽を遮る木々や葉が無く、ピクニックにもってこいな空間が作られている。


 そんな広場で繰り広げられる殺し合い。広場の左手前に、剣を手にと戦っている男の冒険者がいた。


 彼が戦っていたは異形の怪物だった。背丈は建物2階分ほどあり、肌の質感は人間に近い。目は無く身体中から木の根を生やしている。


(フラウド……!)


 その化け物は体の木の根を冒険者に向かって一気に伸ばした。男はそれを後ろに跳んで回避。再び襲ってくる根は剣で切断する。一見余裕があるように見えるが、飛び散る汗や苦悶の表情、どこかぎこちない動きから、大分苦戦していることが分かる。


 魔物の名はフラウド。自然に囲まれた森に住むB級の魔物。主な攻撃手段は殴る蹴る、体から生えた枝を伸ばした突き刺しなど。


 男は肩で息をしながらさらにフラウドから距離をとった。するとここでマリアに気がつき、驚愕の表情を浮かべる。


「な⁉︎ 来ちゃダメだ!」

「……」


 しかしマリアはそんな言葉には耳を貸さず、男から3歩下がった位置まで走った。杖をフラウドへと向け、戦いの意志を表す。


「お前、戦うのか……よ、よし。オレが注意を引きつけるから……」


 という男の言葉を全く聞かずに、マリアは囁くように一言口にした。


「……エル・ファイア」


 その言葉の一瞬後、伸ばされた杖の先、男の目の前に直径6メートルを超える火球が出現した。周囲の空間は陽炎により揺れ、発する熱は味方のはずの男も咄嗟に手を掲げるほどだ。


 巨大な火球は突然目の前のフラウドに向かって飛んでいった。フラウドはそれの危険性をすぐさま察知し、体の木の根を一斉に伸ばし、防御しようとした。身体中の根が一本にまとまり、直径3メートルほどまで巨大化する。


 しかし、そんなチンケな防御壁では巨大な炎の弾は止まらない。巨大な木の根はそれよりもさらに巨大な火球に、触れた瞬間から消し炭になっていく。その勢いは落ちるどころか、空気の唸る音を振り撒きながら刻一刻とフラウドに迫ってくる。


 そして一瞬の間を起き、火球はフラウドの上半身に直撃した。直後に火球は一気に爆発し、莫大な熱を辺りに振り撒いた。


 熱風と光により男は目を瞑った。しばらくして男が目を開けた際に見たのは真っ赤な噴水だった。フラウドの上半身は消し飛び、残った下半身から血が噴き出している。


「あ……え?」

「……」


 マリアは杖を下ろすと、溜まっていた息を吐き肩を降ろした。


「嘘だろ……あなた、階級は?」

「……」


 男は一瞬にしてB級を殺したマリアを唖然と見つめた。明らかに自分より年下の少女に無意識に敬語を使ってしまうほどには、男はその力量差を理解していた。


 マリアはポーカーフェイスを男に向けた。しかし男の問いには全く答えずに広場を見渡す。奥に道は続いておらず、ここが人間が開拓できている最奥の場所なのだろう。それがフラウドがいたからかどうかは分からないが、なんにせよここから先の危険度はかなり上がる。


(……レオと合流しよう––––––‼︎)


 マリアがそう思考を巡らせた。マリアの視界に何かが映った。咄嗟に振り向くと、体高20センチほどのリスがすでに飛び上がっていた。リスが狙っているのは未だにマリアを見つめる男冒険者。


「ッ‼︎」


 マリアはすぐさま足に力を入れ、男の方へと飛んだ。男を手でで突き飛ばし転ばせる。直後、リスはマリアの左肩に巨大な前歯を突き立てた。血が一気に体外へと放出され、白いローブに緋色の生々しいアクセントが加えられる。


「グッ‼︎ ……ハッ!」


 杖によって振り払われたリスは地面に着地し、その顔をマリアに向けた。しかしこのリスはその後どうこうする間も無く、一瞬後に飛んできたマリアが放った青白く輝く小さな雷に直撃した。丸太ですら貫通するような勢いの電流はリスの心臓を打ち抜き、リスを絶命させるに至った。


 マリアはその場に膝を突き、血が流れ出ている左肩の傷口を抑えた。少しずつ流れ落ちる生暖かい血は、マリアの腕を伝って地面に垂れていく。


 一方マリアにまたも助けられた男冒険者の方は、またも驚愕の表情をマリアに向け


「あ……え?」


 というまったく同じ台詞セリフを呟いた。


「……は! ま、またもすまない! 止血を……いや包帯は皆に持たせているんだった!」


 男が勝手にオロオロし始めたその時。


「マリア⁉︎」


 という若い男の声が響いた。その声を発したのは当然レオ。レオはすぐさまマリアに駆け寄り、膝をついて傷の具合を確認した。どうやら状況は何となく察したようで、何故この傷ができたのかは聞かなかった。


「咬み傷か。マリア、魔力量は?」

「まだ8割以上ある。だから大丈夫……」


 マリアがそう言い終えると、押さえていた傷口が紫色に光り輝いた。一口に紫と言ってもその中にはどす黒い赤や暗い青などが混じっており、毒々しい印象を受ける。完全に毒が注入されているようにしか見えないが、これは上級の魔法職のみが使える回復魔法である。


 しばらくしてマリアが手を放すと、傷はすっかり塞がっておりローブに空いた穴から色白の肌が見えている。


「……フゥ」


 マリアの傷が塞がったのを確認すると、レオは立ち上がり未だ地面に座り込んでいる男の方を向いた。


「あなたは何故ここに?」

「……実は仲間達とここに修行に来ていたんだが、その仲間とはぐれてしまってね」

「はぐれた? この一本道で?」

「ああ。戦闘しているうちに俺が道から外れてしまって、戻ったら皆いなくなっていた」

「そうだったんですか。ならオレたちが森の出口まで送りますよ」

「ほ、本当かい⁉︎ 助かるよ!」


 それからレオとマリアは男を森の外へ送り届けた。その後にまた森の青竜捜索を再開。木々の生い茂る森の中を歩き回り、時には武器を使えないというハンデを持ちながら戦闘をする。


 陽が傾き、空がオレンジ色に染まる時間まで捜索を続けたが、結局青竜はそこにはおらず、空振りに終わった。2人はひとまず宿に戻り、翌日へ備えるために体を休ませるのだった。

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