ビフォーレジェンド
Scandium
第1話『2人の冒険者』
照りつく太陽。爽かな風。町には人が溢れかえり、井戸端会議をしたり店の呼び声をしたりしている。なんでもない日常。1つの幸せの形。
そんな人々の生活は、一瞬にして破壊された。
「わあああああ‼︎」
「誰か‼︎ 冒険者はいないのか‼︎」
「助けてくれええええ‼︎」
そんな声が、家々が破壊され荒れ果てた町に響く。逃げ惑う人々を追うその脅威は、後ろにいた人間を頭から喰らった。体が喰いちぎられ上半身はそれに飲み込まれ、下半身は血の雨を降らしながら石畳に落下した。
1人の人間の命を易々と奪ったそれは、全長30メートルを超える巨大な蛇だった。体表はゴツゴツしていて灰色という色も相まり岩のよう。半開きになった口から覗く長い牙は赤く染められており、人間のものと思われる肉塊がひっついていた。
「うわっ!」
大蛇がその口から血を滴らせ、次の獲物を見定めようと顔を上げたその時、逃げ惑う人々の1人の男が、石畳の段差に足を取られ転倒した。人々はそんな彼のことなど
男がそこから立ち上がり、また走り出そうとした時、そこに影が差した。男が恐る恐る振り返ると、巨大な蛇がその眼光を生々しく光らせ、覆いかぶさるようにして男を睨んでいた。
「あ……」
男が自らの死を意識し、絶望に包まれたその瞬間。はるか上空から男と大蛇の間に、何者かが落下してきた。それは短めの黒髪を風に
「大丈夫すか?」
その少年はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、男にそう声をかけた。突如として邪魔者が出現したことで大蛇はご立腹。少年を睨みつけ、石畳を破壊しながら普通人間は出し得ないほどの速度で突っ走る。
直後、少年は跳んだ。自分に向かって走ってきている巨大な蛇の顔面に向かって。
「いい加減に、しろ!」
そんな声と共に、大蛇の鼻先に全力で拳を放つ。それは大蛇の目と目の間に寸分の狂いもなく衝突し骨を砕き、衝撃が尾の先まで駆け巡った。
自分よりはるかに小さな拳の一撃で絶命した大蛇は、岩の如し巨体を地面に倒した。
「A級か。最近は人間様も強くなってるからな、大方餌の低級の魔物が減ってきたってとこか。……もう大丈夫すよ」
地面に着地した少年は振り返り、しゃがんで男に声をかけた。男の体は未だに震えており、目が見開かれ怯えている。
「へ、蛇が……蛇が……」
「大丈夫。こいつはもう死にました」
「違う……もう1体いた……‼︎」
「ああ、そっちなら……」
少年はそこで立ち上がり、後ろの空を見上げた。
「あいつがやってくれてますよ」
その時男の目に映ったのは、空から降ってくる灰色の物体だった。それは2人のいる場所にドンドンと接近してくる。すぐそばで死んでいる大蛇と同じ種の魔物が、石畳を砕き石の欠片を振りまき地面に落下した。
さらにその大蛇の死体の上に、今度は銀色に光を反射する何者かが落下してきた。日の光を背に地面に降り立ったのは、1人の少女だった。その少女は綺麗な銀髪を背中まで下ろし、縁が水色になった白色のローブを見に纏っていた。身長はそばの少年より少し低い程度で、その綺麗な顔はポーカーフェイス。右手には長い杖を持っている。
あまりにも唐突に出現した少女に、未だ地面に座っていた男は見惚れていた。
「おう、マリア。首尾は?」
「避難が遅れて少し時間がかかった。レオは?」
「オレも今終わったとこだ。しっかし物騒な事件だな」
少女がはるか上空から魔物と一緒に降ってくるという、なかなかに非日常的な出来事をあっさりと飲み込んだ少年は、これまた自然にその少女と会話を繰り広げていた。その背後では今まさに殺された大蛇の死体から、まるで怨念の手を伸ばすかのように血が2人に伸びているというのに。
「あ、あなた達は……?」
男は一瞬にして町を壊滅させかけた怪物を、あまりにもあっさり殺してのけた2人に問うた。少年は振り返り、こちらを安心させるような優しい笑みを作って自分の名を名乗った。少女もそれに続く。
「……A級冒険者、レオ・ナポリ」
「……同じくA級、マリア・ストロガノフ」
レオとマリアは、冒険者という職業についている。冒険者とは、この世に存在する人間に危害を加える魔物の討伐を主な仕事とする職業である。
冒険者はE〜A、そしてS級の6段階の階級に分かれており、2人の階級はA級。A級は常人を凌駕する才能を持った者が必死に努力してようやく辿り着ける境地。あくまで例外と評されるS級を除けば、冒険者の頂点に立つ存在である。
そんな強さを持った2人が初めて出会ったのは約一年前……レオが冒険者になった翌日のことだった。
その日、レオはギルドという冒険者を支援するための施設の酒場で夕食を摂っていた。レオが夕食を食べ終え、温かいミルクを飲んで一息ついたその時。
「あの……」
と声がかかった。透き通っていて綺麗な女性の声だった。
「ん?」
視線を上げて声の主を見る。長い銀髪の、白いローブを着た少女だった。
「パーティの募集って、まだやってる?」
レオは当時、共に戦う仲間を募るため、パーティメンバーの募集をしていた。
「あ、ああ」
「良かった……」
「っていうかお前が初めて声をかけてくれた人だよ。オレE級だし」
そう、レオは冒険者になりたての頃は最低階級のE級だったのだ。体術では当時すでにB級に並ぶほどだったが、どんな基礎的な魔法も撃つことができず、階級が低く設定されてしまった。そこからたった一年でA級にまで上り詰めたのだから、レオの才能と努力は凄まじかった。
「じゃあ、私をあなたのパーティに入れてくれる?」
「ああ、もちろん! まあ座れよ。お前、名前は?」
「……マリア。マリア・ストロガノフ」
「オレはレオ・ナポリだ。失礼だとは思うが、ちなみに階級のほうは?」
「……B級」
「びっB級⁉︎ だ、大先輩じゃないですか!」
「あ! いや、私あなたと同期だよ。年も15……」
レオは口を開け放って唖然とした。冒険者生活をB級から始められる人物は、10年に一度しか現れないとまで言われる超天才だ。当時E級のレオとは天と地ほどかけ離れた存在。しかもどのパーティにも引っ張りだこになりそうな美少女が、まさか自分からレオのパーティに志願するとは。
「やっぱりだめ……かな?」
「い、いやいや! そんな強いやつなら大歓迎だぜ! ……にしても、B級でスタートできるぐらい強いんなら、もっと強いパーティに入れるんじゃないか? オレみたいな底辺なんかのじゃなく」
ここでマリアは初めてレオに表情を見せた。少し顔を赤らめ、恥ずかしそうにしながら話し始める。
「わ、私、あまり人と話すのが得意じゃなくて……誘われることはいっぱいあったけど、その、グイグイ来られて……ナポリは1人だったし、E級だったから私も話しかけれて、パーティにも入れてもらえるかなって……」
「レオでいいよ。お前も大変だな。……ま、なんだ」
レオは席を立ち、マリアの前まで歩み寄った。笑顔を作り、手を差し出す。
「今はE級とB級って階級に差があるけどさ、やっぱり同じパーティでやってくんだったらダチっていう関係でやってきたいんだ。これからよろしくな、マリア!」
マリアは再び頬を赤らめた。それでもやはりレオのこの言葉は嬉しかったようで、はにかみながらも笑顔を作り、レオの差し出した手をとった。
「よ、よろしく」
このレオだけが見たマリアの笑顔はまさしく天使の微笑みと呼ぶにふさわしいものだったという。
「はは!」
「フフッ」
こうして、2人の冒険者はパーティを組むこととなった。2人はそれから約一年で共にA級にまで昇格し、超一流の冒険者として名を馳せることとなる。
レオとマリアは2体の大蛇……A級の魔物、
「あれ……レオ、疲れちゃった?」
「ああ、少しな。最近魔物のレベルが上がってきてる。マリアも自分じゃ気づいてないけど、結構疲れてるんじゃないか?」
「うん……そうかも」
「一回パーッと休暇取れればいいんだけどなあ」
レオはそうぼやき、コップに入っていたホットミルクを口に含んだ。すでに不快な温度まで
そんな時だった。レオとマリアが座っているテーブルに、1人のギルドスタッフがやってきた。
「レオさんとマリアさんでお間違いないでしょうか?」
「はい。どうしました?」
「ギルド長からお話があるとのことです。ギルド長室までお越しください」
「わ、分かりました」
2人は席を立ち、ギルド長室まで歩いて行った。
「お、怒られたらどうしよう……」
「流石にねえ……とは思うけど……」
そんな不安を抱えたままギルド長室にたどり着く。部屋の正面の机に向かって座っていた男性は、入ってきた2人に気づくと、目を通していた資料から目線を上げた。
「こんばんは、レオさん、マリアさん」
「こんばんは。話というのは……」
レオにそう言われたギルド長は、途端に目を細め息が詰まるほど真剣な表情になった。レオとマリアもそれを見た瞬間に緊張が走り、体が強張る。
「……実は今日の
「青い竜⁉︎ それって……」
「青竜と見てまず間違いないだろう。同様の証言が二十数件確認された。見間違いの線はないだろう」
青竜。文字通り青い竜の姿をしたA級の魔物。
「竜種はとても強力な魔物だ。放っておいたらこの町を筆頭に付近の町や村が被害に遭うかもしれない。そこで君達には明日から付近の町への危険の呼びかけと青竜の捜索を頼みたい」
レオはそれを聞き、チラリとマリアの方を見た。マリアも同時にレオを見ており、互いの視線が交錯する。両者の目には確固たる意志が現れており、意思疎通に言葉は必要無かった。
「……分かりました。その依頼、引き受けましょう」
「ありがとう。いやー、実はこの付近にいたA級以上の冒険者が君達しかいなくてね。断られたらどうしようかと思ってたよ」
「そ、それを先に行ってください!」
「言ったら君達絶対に受けちゃうでしょ」
こうしてレオとマリアの2人は突如として依頼された青竜討伐に乗り出すこととなった。その日は町の宿を取って就寝。翌朝、2人は眩しい朝日に包まれながら、ある種の災害と言える脅威へと立ち向かっていった。
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