折れない心
「おっ、そうかそうか。まぁ、るか自身が決めることだからなー」
香はまるで試合前なのに完全に勝った気でいる選手みたいに、ヘラヘラとしていた。こいつ、完全に俺が首を縦に振ると思って嫌がる……
「な、るか。門矢とさえ別れちまえば、オレはお前のことは殴らないし、お前のダチもまとめて解放してやる。誰も傷つけない最高の提案だろ?」
――誰も傷つけないだと……! よくもそんなことを軽々しく言えたな! 俺の一番大事な人が傷つくんだよ!
なんてことを今、口に出したらまずい。感情に心を操られるな。慎重に、冷静に答えを言うんだ。
「……嫌だ」
「…………………………は?」
さっきまで余裕な表情をしていた香は、俺の言葉を聞いた瞬間、焦りと怒りと不安が混じったような……と思った瞬間
「いっ……たぁ?」
いつの間にか、俺は横に倒れていた。
「おい……てめぇどういうつもりだ!」
「ぐっ……」
俺は香に胸ぐらをつかまれ、半ば強引に立ち上がらせられた。
「あんな条件のいい選択肢を無碍にするなんてなぁ……覚悟、できてるよな?」
「……」
できてるよ。後四回殴られさえすれば、充希たちは解放される……確かに殴られるのは痛いけど、門矢さんと別れるより百倍、いや百那由多倍マシだ!
「あーもー……なんか、冷めてきたなぁ。今のまま普通に殴ってもつまんないしぃ、ルール変更するかぁ」
ルール変更……?
「今からお前にもう一個選択肢を与えてやる。今捕まっているやつらが一発だけ殴られて解放されるか、お前が……」
「……」
「八回、殴られてあいつらを解放するか……だ。あ、ちなみにさっき殴った一発はカウントしてやるよ。解放したいやつと、オレのあげた選択肢を選べ」
「くっ……回数を二倍にしやがって!」
「あ? なんか言ったか? お前がルールに口出しする権利はねぇんだよ」
そして香は、俺の胸ぐらから手をパッと離した。俺は対抗できず、宙ぶらりんの状態だったため、着地が上手く出来ず、ケツを思いきり床にぶつけてしまった。
「さぁ、るか。まずは解放したいやつを選べ」
「いっ……か、解放するのは原君だ!」
「る、流川きゅん!?」
原君は俺から指名されたことに驚いた。
「ほら、次はお前だ! 早く出てけ!」
「る、流川きゅん! 流川きゅんー!」
香の部下に連れられ、半ば強引に原君は教室から出された。
俺が原君を選んだ理由、それは……彼がかなり怯えた目をしていたからだ。普段のパリピ陽キャの彼は、影も形もなかったのである。だから、俺は彼の精神状態を考えて優先的に逃したのだ。
ちなみに、村々君はなぜか寝ており、山田君は目を輝かせていた。絶対漫画のネタだろうな……充希と氏真は、険しい顔こそはしているが「よくやった」と、言いたげな表情にも見えた。彼らも逃がすべき人間は原君と考えていたのだろう。
「さぁ、るか。どうする? あいつらを殴るか、八回殴られるか……いや、八回だと語呂が悪いな。十回にするか」
くっ、寸前にルールを変えてきやがって!
「どーする? るかぁ。殴られるのは痛いよなぁー? でも、お前が保身に走って、あいつらを殴る選択をしたら、一生恨まれるぞぉー」
香は煽るように、挑発するように、俺に顔を近づけた。こいつ……なんとしても俺を冷血人間にしたいのか!
「瑠夏がどんな選択を選ぼうと……俺たちは瑠夏を恨んだりなんかしない!」
「そうだ! そもそも、そんな卑怯な手を使ったお前らが悪いんだろうが!」
充希と氏真は、葛藤する俺を励まし、そして諸悪の根源である香を批判した。
「僕は殴られるの、嫌だけど……これだけ漫画に使えるネタが手に入ったから、解放なんて最後でいいよ!」
「はっ!? デュフフフフフフフフ……俺、男に殴られるのは嫌だけど、球蹴りのコウには殴られたいかなー?」
そして、山田君と今目覚めた村々君は訳のわからないことを言っていた。だが、その言葉も十分俺の力になった。
「てめぇら黙ってろ!」
と、ここでタイミングの悪いことに香の部下が帰ってきた。
「次の試合に出られないように、足を折ってやろうか? 俺は香さんに鍛えられたからな、お前らの足を折るのも朝飯前なんだよ!」
「てめぇは大人しくしてろ! るかがまだ答え出してねぇんだよ!」
「は、はい……」
イキリ散らかしてた部下だったが、香に怒鳴られた途端、しおらしくなった。
「でも確かに……悪くない案だな。よーし瑠夏。またルールを変更だ。今からお前が十五回殴られるか、あいつら全員の足をオレが折るか。どうする?」
くっ……部下のふざけた提案を取り入れるだけじゃなくて、俺を殴る回数をしれっと増やしやがって!
だがな。どんなにお前がルールを変えようと、俺の答えは決まっている!
「……俺を十五回殴れ!」
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