香の用事

 ――四階、空き教室。


「……来たか。るか」

「う、うん……本当に香が呼んだんだね」


空き教室にいたのは香一人で、周りには誰もいなかった。


「あたぼうよぉ! てかお前、疑ってたのか?」

「う、うん……香の部下が俺をボコすために、香のフリをして呼んだんじゃないかって思ってさ」

「はははははははははは! んなわけないだろぉ! ただるか。親友として、これだけは言いたい」

「な、なに?」


次の瞬間、さっきまで歯を見せながら笑っていた香の表情が、一瞬で無表情になった。まるで別人のように……


「ちゃんとルールは守れよ」


香がそう言った途端、教室の扉が開いた。


「香さん! こっそり流川瑠夏の後をつけていた輩たちを、ひっ捕えました! オラ! キビキビ歩け!」

「くっ……」

「み、みんな……!?」


香の部下が連れてきたのは、ロープで腕を縛られていた充希たちだった。誰一人逃げられた人はおらず、全員お縄についていた。


「け、怪我はしてない!? 大丈夫!?」

「大丈夫だ……最低限試合に影響しないようにってことで、みんな頬を一発ずつ殴られる程度で済んだぜ」


充希はペッとツバを吐いた。


「あ、あ、あ、あばばばばばばばばば……ど、ど、ど、ど、どうしよ……俺たち、どうなるの?」

「落ち着くんだ城山。不良に捕えられるなんてシュチュエーション、滅多にないだろ。それこそ漫画のネタになる」

「デュフフフフフフフフフフフ……球蹴りのコウに殴られたい!」

「……」


こんな状況でありながら、全くブレないこいつらを見て、俺は呆れつつも、安堵した。


「おい、るかぁ!」

「は、はい!」


そして、香は一度怒号をあげ、俺に近づいてきた。


「ひっ……ごめんなさいごめんなさい……」


俺はこれからよからぬことをされる……という恐怖心により、彼女が近づいてくるたびに、一歩一歩、後退りした。


 ――しかし、ここは空き教室という狭き場所だ。だから後退りしていると、当然壁にぶつかる。


「おいっ!」

「!?」


俺が壁際まで追いやられたとき、香は壁ドンをしてきた。


「わーお。壁ドンでごさる……しかも女が男にしている」

「青春っしょ!」

「お前ら言ってる場合かよ! 瑠夏がピンチなんだぞ!?」


氏真の言う通りだよ……俺今危ないんだよ! でも、そんな危ないことにみんなを巻き込んだのも俺なんだけどな。


「なぁ、るか。オレ言ったよな? お前一人で来いって」

「……はい」

「なぁんで、ルールを守れないかなぁ? 理由くらい話してくれよ?」

「あの……さっき俺が言ったように、香の部下が香を装ってたのかと思って、みんなにこっそり着いてきてもらいました。はい」

「ふーーーーーーーん……なるほどなぁ」


ダメだ……明らかに納得していないような表情だ。ど、どうしよう! でも、これが真実だし……下手に嘘つくわけにもいかないし。


「まぁ、いいや。お前が怖がりちゃんなのはわかっていたからな……それは許してやるよ」


あれ……? 納得してくれた?


「ただまぁ、せっかくだ。あいつらにも、オレがるかに言いたかったこと、聞いてもらうか」

「な、なに……?」

「お前、あの梨音とかという女と別れて、オレと付き合え」


な、なんて無理難題なお願いだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る