矢場杉の強敵

「しお! 一緒に追試対策しに行くよ!」


俺と紫苑が夢中で話していると、一人の女子生徒が紫苑の肩を叩き、声をかけた。


「ふ、藤井さん……悪いけど紫苑、今忙しいから!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。どうせあんたはルカとはいつでも話せるでしょ? ほら、行くよ!」

「い、いーやーだー……」


そして紫苑は亜姫に引きずられるような形で教室から去った。


「……紫苑、追試頑張れよ。亜姫も」


俺は最低限の応援の言葉をかけることしかできなかった。というか亜姫、明らかに紫苑に心の距離詰めてたよな。あだ名で呼んでたし。


「ははは……俺たちは追試ないから気は楽だよな? 充希」

「……追試あったほうがどんなに楽だったか。はぁ、俺は授業で結果出してるから、体育の単位なんていらんし」

「……なんで参加したんだよ」


俺はこそっと小声で呟いた。これはただのツッコミなので、充希からの答えを求めていたわけじゃなかったのだが……


「……運動部に所属しているやつで追試がない場合、球技大会は強制参加なんだよ」

「……それはキツイな」


嫌々参加させられていたという事実を知り、俺は同情の言葉をかけることしかできなかった。


「み、充希……」


だが、俺は気づいてきた。充希の発言には矛盾点が多いということを。


「……お前、この前は球蹴りのコウ君との対戦、楽しみにしてただろ。なんで今になって逃げ腰なんだよ。言ってることコロコロ変わってるじゃんか」

「い、いや! 逃げ腰ではねぇから!」


逃げ腰……その単語が耳に入った瞬間、充希の顔に生気が戻った。


「いや、俺としてはな。コウとは最後かその前かにあたると思ってたんだよ。なのに、いきなり最初とは思わなくてさ……」

「な、なるほど……っておい!」

「ん? なんだよ?」

「お前、こんなチームで勝ち進む気だったのか!?」

「ま、まぁ……そうだが?」


充希はそんなん当たり前だろ? それがなにか? といいたげなポカンとしていた。


「いやいや……お前と氏真はともかく、俺たちサッカー部未所属組の実力を見たら、一目瞭然だろうが」

「一目瞭然?」

「どう頑張っても勝ち進めないってことだよ!」

「まぁな。でも矢場杉も1割か2割がサッカー部、他は素人集団のチームの可能性があったから、対応には渡り合えるかなって思ってたんだよ」

「う、うーん……」


そういう風に言われると逆にプレッシャーがのしかかるな。足を引っ張りたくないという不安が……


「それとな」

「ん?」

「お前は門矢の応援があれば、実力を発揮できる」

「え……?」

「いやいや。だってお前、昨日の練習で大活躍だっただろ。しかも、ただやる気に溢れてワンマンになるわけではなく、冷静に指示を出して協力しただろ。しかも、素人のお前がサッカー経験豊富な氏真の守るゴールを破った。つまり、お前はやればできるってわけだ」

「やればできる……ね」


あのときは梨音の期待に応えなきゃって思っていたから、必死だったんだけどな……


「いやー、それにしても彼女ありきとはいえ、ほぼサッカー未経験であるはずのお前にこんな力があったなんてな……完全にチート主人公じゃねぇか」

「いや、そんな大層なもんじゃないよ……」

「ってか、そうだわ! へこたれてる場合じゃないわ!」

「え? なんで?」

「勝てる勝てないは置いておいて、球技大会当日はお前の秘めた実力に期待することにするぜ」

「……え?」

「まぁ大丈夫だ。全部お前一人に任せることはしねーよ。俺とウジも相応に本気出すさ。所詮お遊びだとか言って、手を抜くのはやめだ」


……マジか


――こうして、球技大会を適当に済ませるという俺の計画は崩れ去ったのであった。

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