十人十色

「人間性か……」


 ――次の日の休み時間、俺は流川瑠夏の人間性について考えていた。


(門矢クンが流川瑠夏に惹かれた理由……それは人間性とのことだ。だが待て。彼女は流川瑠夏になって俺にないものが人間性と言っていたが……一体どうしてだ!? 俺にも人間性は充分あるだろ!)


流川瑠夏がよくてなぜ俺がダメなのか。その考えが何度も頭の中を掻き乱し、俺は髪をぐしゃぐしゃにかきまくった。


「副会長! 頬杖ついてボーッとしてると思ったら、頭を抱えて! 一体どうしたんですか!?」

「あ、ああ……二宮クンか。すまない」

「全く。しっかりしてください……副会長。昨日の会議、副会長がいなかったせいで上手くまとまらず、今日の放課後に持ち越しになったんですから」

「そ、そういえばそうだったな……」


二宮クンには申し訳ないことをしたな……俺のせいで昨日の会議は相当重荷になっただろう。


「それで二宮クン、昨日の会議の成果はどんな感じだったのかな?」

「はぁ、一応報告を送ったんですけど……」

「すまない。俺はいかんせん、二人きりの生徒会室でこういった報告のやりとりをするのに憧れていてな。ほら、ドラマで社長と社長秘書がよくやるやつ」

「はぁ、そんなことに私を巻き込まないでください。子供じゃないんだから……でもまぁ、めんどくさいので報告しますよ」

「ああ。助かる。いやー、キミは優秀な秘書だ」

「だから秘書じゃないですってば……それで、部費の予算案について、他の部活は一通り終わったのですが」

「ふぅん……なるほど」

「……」

「ああっ、すまない! 話を続けてくれ!」


俺は調子に乗り、ドラマに出てくる社長っぽく振る舞っていたが、二宮クンから睨まれ、さすがに自重した。


「野球部だけ揉めていまして……」

「野球部か……なぜだい? そこの部活には、我々は最も多くの予算を提供しているではないか」

「なんでも、今年の甲子園に出る部員が増えたから、もっと予算を上げろとのことでして……」

「それは由々しき事態だ。そもそも野球部は去年も結果を出せていないではないか」

「そうなんですよ……」


 この状況をどうにかするのが副会長たる俺の仕事だ。しかし、さすが俺。悩むまでもなく、いい作戦を思いついた。


「二宮クン。このまま野球部と話し合いを続けるのは無駄だ。平行線のままで続く。だから俺はある作戦を考えたのだ」

「作戦……?」

「それはな……」


 さあ、俺の素晴らしい作戦に震え、感動するがいい!



 ――放課後


「―それで、部活に関する悩みはなにかあるか?」

「俺は真面目にやっているつもりなのですが、多田野先輩がサボり気味なんですよ。なのに俺ら一年には偉そうにしてて……しかも理不尽に色々言ってきて」


 俺の作戦……それはカウンセリング作戦だ。我々生徒会が、野球部員限定で部活に関することで悩みや不満のあるやつはいないか。と期限一週間を設けて、掲示板で募集をかける。そして、悩み相談に来たやつに真摯に向き合い、彼らの悩みのタネになっている野球部員を聞き出す。

 そして、悩みのタネたちを体よく辞めさせれば、予算アップも可能になるということだ。さすが俺ってやつだ。


「なるほど……」

「これでも真剣にやっているんですよ! なのに、多田野先輩は……」

「わかった。俺たちでなんとかしよう。こんなことを言うのは酷だが、もう少し頑張りたまえ」

「わ、わかりました。失礼します!」

「ああ……しかし、悩み相談は疲れるな」


 俺は野球部員が去ったあと、大きなあくびをした。


「お疲れ様です」

「ああ、すまないな。二宮クン」


 なんと優秀な書記だろう。彼女は疲れる俺に気づかい、冷たいお茶を出してくれた。


「なにもキミも一緒に生徒会室にいることはないんだぞ。プライベートのこともあるし、帰宅することを勧めるが」

「いえ……私は副会長の横にいれることが幸せですから」

「まぁ、それもそうだな。この成司寿人の横にいれることを、光栄に思うがいい!」

「……副会長の辞書には、謙遜という言葉は存在しないですよね」

「なにを言う! 相手がほめてくれたのに謙遜しては、その人に失礼ではないか」

「たしかに一理ありますけど……それより、どうして野球部員の悩み相談を? 副会長、さっき野球部のマネージャー三人にそれぞれ壁ドンしながら、問題のある部員のことを聞いたのに」

「ふん、俺の美貌にかかれば、どんなにお堅い女性でも楽勝ってことさ」


 俺は自慢げに髪をかき上げた。


「はぁ……違いますよ。私が聞きたいのは、マネさんから問題児を聞き出したのに、さらに野球部員から聞くのはさすがにまわりくどいにもほどがあるんじゃないですか? って聞いているんです」

「なるほど。そっちか」

「いや、それしかないですよ……」

「いいか? 人間というのは十人十色で考え方がバラバラな生き物だ。だから、それぞれの視点から見ると、同じ人でもよく見えたり悪く見えたりするだろう? 例えば、俺の視点から見ると流川瑠夏は憎い存在。しかし門矢梨音クンから見ると素敵な男性に見えるということだ」

「なるほど……」

「ん……?」


 二宮クンは大きく頷いた。それと同時に、俺はあることに気づいた。


(門矢クンが言っていた人間性というのは、そういう意味か。視点によってはよくも見えるし悪くも見える……自分で答えを出したじゃないか。つまり、俺が門矢クン、平野クン、藤井クンの気持ちになれば、彼女たちの気持ち及び流川瑠夏のよさを理解できるのではないか?)

「あの……副会長? どうしたんですか? 急に黙り込んで」

「ああ。すまない! 俺としたことが、また考えごとをしてしまっていた 話を続けよう!」

「……頼みますよ」

「それで、さっき俺が壁ドンした二年生のマネージャーの目白恋クンは、田澤さんのことは真面目で頑張り屋と称していたからな。さらに言うと、田口さんの彼女でもあるから、その補正も入っている可能性もあるな」

「さすがです副会長。生徒の心にしっかりとよりそっていますね」

「まぁな。さあ、これから忙しくなるぞー!」

「ですが、副会長は一つ見落としていることがあります」

「そ、それはなんだい?」

「目白先輩の彼氏は多田野って名前です……いい加減男の名前も覚えてください」

「ああ、そういえばそうだったな」


 ふっ、俺としたことが……また男の名前を間違えてしまった。

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