二兎を追うものは一兎をも得ず

 ――そして、今に至るというわけである。


「流川瑠夏ッ、少し離れてくれないか?」

「いや……でも、友達を演じないと……」

「だ、だがな……」


 俺だってこんなキザうざいやつとは一刻も早く離れたい。だが、俺だけじゃなくお兄さんも助かるかもしれないし、あの女にこいつを押し付けられる可能性を考えると、今は耐えるしかない。

 そんなとき……


「やっほー! ルカァ~!」


 手を振り、狂気も含んだテンションの高い声を上げながら、やつがついに来た……だが、今日で俺とお前の関係もこれまでだ!


「や、やぁ……亜姫」

「ル、ルカ!? ついにアキを名前で呼んでくれたの!? やっぱり、前世の記憶を思い出してくれたんだね! アキ、嬉しい!」


 思い出すもなにもそんな記憶ないし……というか、明らかにこいつ俺の方だけ見てないか!? 偽物とはいえ、推しなんだぞ!? それとも、気づいていない……?


「い、いや……俺実は亜姫と話がしたくてさ」


 と、その場しのぎで会話をつなぎながら、俺は肩で先輩の脇腹をつついた。これは亜姫に話しかけてくれ。の合図なのだが……果たして伝わるだろうか?


「おっ……おいっ! お、お前! 俺様の友達……? になんの用だ!?」


 少し。いや、かなりぎこちない演技ではあるが、俺の思いは伝わったようで安心した。


「な、なにあんた!? アキのルカになんか用!?」

「いや、こいつは……ん? おいおいお前、よくみたら俺様たちのライブとか店によく来ていた子じゃないか!? たしか、亜姫って言ったか?」


 成司先輩……俺様系とは言われたけど、一人称を俺様にするってわけじゃないんだよな。


「あ、あんた誰!? あんたなんか知らないんだけど!」

「いや、俺だよ! えっと……赤澤夜寿!」


 えっとって言うなよ……


「あっ、あー! よ、夜寿様!?」


 こいつ、なんで自分の推しの名前を忘れるんだよ……


「おいおい藤……亜姫ちゃん。俺というものがありながら、どうしてこんな冴えないへっぽこ男と二股かけてんだ? あ?」


 成司先輩は亜姫にガンつけながら、俺のことをボロカスに言った。……いや、友達設定だよな!? 俺へのホンネが漏れてないか!?


「ル、ルカを悪く言わないで! ルカはアキの王子様なの! 前世では夫婦だったの!」

「とかなんとか言って、俺様にも王子様とか、前世で夫婦とか言ってたよな?」

「うっ……」


 と、言われた瞬間、亜姫は目を泳がせた。図星かこいつ。


「なのに、別の男に同じようなこと言うなんて……お前はとんでもないビッチだな!」

「う、うるさい! うるさい! そもそも! あんたなんかアキの王子様じゃない! アキの本当の王子様はルカってことが証明されたの! 偽物の王子様は黙ってて!」


 彼女は逆ギレした。忘れていたとはいえ、自分の推しによくもまぁそこまで言えるな……


「じゃ、じゃあ後はお二人で……俺はここで失礼します」


 亜姫が成司先輩に気を取られているスキに逃げよう……と去ろうとした瞬間


「ざけるな……」

「「え?」」

「ふざけるなあ!」


 成司先輩がキレた。いや、俺に対してはよくキレていたのだが、感情をむき出しにして声を荒げる場面は今まで見たことがなかっただけに、驚き、自然に足が止まった。


「俺……いや、兄者を引きこもりにまで追いやっておいて、よくもそんな言葉が吐けるなっ!」


 そして、成司先輩は赤髪のかつらを取り、地面にたたきつけた。


「よ、夜寿様……え!? なんで!? 金髪になった!?」

「残念だが、俺は赤澤夜寿じゃない……赤澤夜寿もとい成司寿一の弟で、肝杉高校副会長、成司寿人だ!」

「あー……正体バラしちゃった」


 この時点で俺は、梨音の考えた計画が崩れることを察し、頭を抱えた。

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