お見舞い

「……か」

「……」

「る……か」

「……」

「瑠夏!」

「……はっ!」


 ここはどこだろう……? 見たこともない天井……薄汚れた白色に、たくさんの穴のようなものが開いた天井だ。


「瑠夏! よかった……目が覚めたのね!」


 そして、自分の名前を呼ぶ声の方に顔を向けると、涙目になっている梨音がいた。


「大丈夫!? 私のこと、わかる!? 身体とかは痛くない!?」

「うん……梨音だよね?」

「そうだよ! 瑠夏の彼女、梨音だよっ!」

「うおっ……」


 そして、梨音は急に抱きついてきた。


「瑠夏、本当に、本当に大丈夫なの!?」

「大丈夫だよ……」

「本当に本当!?」

「本当だって……完全に回復したわけじゃないけど」

「……やっぱり大丈夫じゃないんだ!」

「いや、さっき大丈夫って言ったよね!?」

「そ、そうね……ごめんなさい」

「で、一体なにがあったの……? 俺、刺されたときからは覚えてなくて……」

「平野さんとストーカー女が救急車を呼んだのよ」

「え……あいつも一緒に!?」

「ええ。瑠夏が刺されたのって、山の中でしょ? だから、電波がつながりにくくて……」


 まぁ、そうだろうな……と俺は思った。


「それで、平野さんがあなたの応急処置をして、その間にストーカー女が山の下まで降りて、救急車を呼んだのよ」

「そ、そうなんだ……」


 感謝するべきか……? いや、そもそもあいつに腹刺されたせいでこんなことになっているわけで……


 俺の心中は複雑だった。でも、あいつにはもう会いたくないな……。


「そういや、俺どれくらいで退院できるの……?」

「一ヵ月よ。厳密に言えば、三日くらい意識不明だったから二十七日くらいね」

「めっちゃ長いじゃん……授業とかどうするんだよ」

「授業なんて出なくていいわよ!」

「……え?」

「私が瑠夏を一生養ってあげる! だから、学校なんて行かなくていいわよ!」

「いやいや……そんなわけにはいかないって。授業には出なきゃ……」


 急に梨音が突拍子のないことを言い出したため、俺は困惑した。


「まぁ、私が養うのは半分! 冗談として……」

「半分を強調しないでよ……」

「リモート授業があるから、それはどうにかなると思うわよ?」

「リモート授業……? いいの? 五年くらい前に流行ったゴミノウィルスは去年絶滅したし、リモート授業なんて過去のものになったんじゃ?」

「いえ。よほどの事情があったときは、リモートにしていいって校則だったはずよ?」

「あー……そういや、そうだった!」


 校則なんて全く把握してなかったな……


「それにしても、平野さん、私が一番多くお見舞いできるようなルールにするって、どういう風の吹き回しよ。なにか裏があるんじゃ……」

「え?一番多く?」

「ええ、そうなのよ。実はね……」


 梨音曰く、俺を病院に送った後、紫苑は梨音に連絡をした。なにがあったか知ったとき、梨音はひどく取り乱したようだ。紫苑は冷静に彼女をなだめた後、以前殺そうとしたことを謝罪し、お詫びに月・水・金・土に俺にお見舞いしていいと言ったそうだ。ちなみに、紫苑は火・木。充希は日にお見舞いに来るとも説明してくれた。


「……紫苑、ちゃんと謝ったんだな。よかった」

「瑠夏、ずいぶんうれしそうね……」

「ああっ……いや、その……」

「しかも、私じゃなくて平野さんのことでね……ふーん」


 梨音の目は、明らかに据わりきっていた。怖い……


「……私、決めたわ」

「な、なにを……?」

「これから二十四時間三百六十五日、瑠夏のことを見守ることにする!」

「え、え……?」

「私は今日からリオソックよ!」

 な、なにを言ってるかわからない……

「大丈夫よ、瑠夏! 絶対に私があなたを守るから!」

「いや、そんなこと言われても……毎日つきっきりで見守るのって、大変じゃない?」

「大丈夫よ! 私、瑠夏のこと大好きだから! たとえトイレに行ってようが風呂に入ってようが、見守るわ!」


 と、彼女は目を輝かせながら俺に顔を近づけた。待て、待て! マジで近いって……というか、顔赤いし、鼻息荒くない? どちらかというと、この人が通報される方なのでは?


「……あの、遠慮しておきます」

「なに言ってるの!? 私が瑠夏を見守らなかったら、またこんな目に遭うかもしれないんだよ!?」

 次に梨音は俺の両肩をつかみ、ぶんぶん揺らした。怪我人に容赦ないな……

「はーい、そこまで!」


 と、ここで誰かが病室に入ってきた。


「門矢さん、るーちゃんから離れなさいっ!」

「ちょっと!? なにするの!? 私がお見舞いしているのに! ルールはちゃんと守ってよ! 今日は水曜日でしょ!」

「なんとなく嫌な予感がして来たんだよ! 確かに今日は門矢さんがお見舞いの日だけど、誰も未来永劫るーちゃんをストーカーしていいルールはない! あの女と一緒になるよ!」

「なんでよ! ちょっ……離して! 私は瑠夏の彼女よ! あの殺人鬼と一緒にしないで!」


 あいつのこと、めっちゃボロカスに言うな……


「彼女だからって二十四時間監視していいというルールはない!」

「ちょっと……やめ……」


 紫苑は梨音に羽交い締めをし、そのまま病室から出て行った。


「まったく。ここは病室なんだって……」


 ぽつりと俺はつぶやいた。

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