過去と今

 そうだ……俺はこの店に大切な友達と一緒に来たんだ!


「天音……?」


 思わずその大切な友達の名前をぼそっと呟いてしまった。デート中に俺はなにを言ってるんだ……梨音に怒られないだろうか? と、少しビビっていたが、彼女から言われた言葉は予想外のものだった。


「ええ、当たり。私が天音よ。久しぶりね、瑠夏君」

「え……?」


 驚いた。まさか俺の彼女が俺の中学時代の友達だったなんて……だが、ぶっちゃけ同一人物には見えない。

 ――なぜなら、俺の知っている天音は髪が短く、お世辞にも目立つ人間ではなかったからだ。それに、名前も違う。俺が彼女の名前を呼んだのも、思わずポツリと呟いただけであり、梨音に向かって言ったわけではない。だが、彼女はその言葉に反応して言った。自分が天音であると。


「梨音って、門矢梨音って名前だよね……?」

「ええ、そうよ」

「か、改名手続きでもしたの?」

「え?」

「いや、だって……天音なのに梨音って」

「ん? もしかして瑠夏、天音を名前って勘違いしてる?」

「えっ、違うのか?」

「違うわよ。天音は苗字で、親が離婚する前のものよ。だから、あなたと会った時の名前は、天音梨音よ。あの時は苗字しか名乗らなくてごめんなさいね」

「あ、天音梨音……あっ、なるほど」


 確かに聞き方によっては苗字にもなる……俺はそれが名前に聞こえたようだ。充希の苗字の三葉も似たような感じだ。


「あの時、私をいじめから助けてくれてありがとう。私、それがきっかけで瑠夏のことが大好きになったのよ。それで、瑠夏の好みのタイプは美人で頭のいい人って聞いて……だから、私あれから一生懸命勉強を頑張って、高校で学年一位取れたよ。それに、イメチェンして、私なりに美人な女性を研究して、綺麗になったよ。私、瑠夏がいたから、頑張れたんだよ! 本当にありがとう!」

「っ……」


 そして、天音……梨音は口づけをしてきた。それも、俺の口に。つまり、マウス・トゥ・マウスのキスだ。彼女の生暖かく、柔らかい唇の味が、俺の唇を通じて、身体の芯まで感じた。正直、こんなことは初めてだったということと、不意打ちでやられたということで、頭の中は真っ白になっていた。


「……んっ」

「んっ!? んんっ!?」


 なんだ……急に舌を入れてきたぞ!? ただでさえ初キスで混乱しているのに、大人の深いところまで行くのか!?

 ああ、俺の舌と彼女の舌が絡み合う……あまりの凄まじさと気持ちよさによって、身体中がビクッと跳ねた。それも、一度だけじゃなく、なんども。


「ぷはっ……瑠夏に選んでもらった眼鏡、ここで買ったんだよ。それも、覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ……それがきっかけで、梨音が天音と同一人物だったと気づけたよ」

「ふふっ、ありがとう。瑠夏」

「いや、むしろ思い出すのが遅くてごめん……恋人同士になっても尚、思い出せないどころか、完全に別人って思ってたよ」

「でも、思い出してくれたことに変わりはないわ。それに、私との思い出はちゃんと忘れずにいてくれたし!」

「あ、ああ……そうだ! 思い出したついでに聞きたいことがある!」

「なに?」


 そう。俺が一番聞きたかったこと……それは


「どうして中三の時、連絡しなかったの? せめて、卒業式には来てほしかったよ! 俺、すごく寂しかった!」


 俺はあの時の気持ちを梨音にぶつけた。音信不通だったことが、ずっと気がかりだった。そのことばかりを考えていた。


「その時は本当にごめんなさい……親が離婚の手続きをして、バタバタしていたのよ。だから、連絡取る時間すらも確保できなかった。それが真実よ」

「ご、ごめん……そんな事情も知らずに」

「いいのよ。今思うと、一言くらいメッセージ送ればよかったと後悔しているから……でも、その後悔も、あなたが思い出してくれたら今消えたわ。とにかく……」


 と、言いながら梨音は俺の手を取った。柔らかさと温もりを感じ、一瞬だけであるが、腑抜けてしまいそうにもなった。


「本当の意味で、あなたと再会できて、そして恋人同士になれてよかったわ!」

「俺も、嬉しいよ! 少し遠回りになったけど、大切な友達と再会できて……恋人同士になるのは予想外だったけど、嬉しいことに変わりはないよ!」


 そして、俺たちは再び、お互いの口に口づけをした。

「……んっ」

「……ちゅっ」


 だが、今度は舌を絡めたものではなかった。アダルティなものではなく、純粋なキスだった。


「やっぱりその眼鏡、似合ってるよ……」

「もう……キスの感想を言いなさいよ」

「あはは。ごめんごめん……」

「それでさ。俺、似合う眼鏡見つけちゃったよ」

「ん? なに?」

「これだよ」


 俺は黒縁の眼鏡を門矢さんに見せた。


「えっ……これって」

「なんか、これ見たら眼鏡を交換した日を思い出してさ……」

「……」

「梨音は今かけている赤渕の眼鏡が似合うよ。でも、やっぱり中学時代の黒縁の眼鏡も似合うよ!」

「ありがとう……瑠夏! あの、店員さん、この眼鏡ください!」


 梨音は俺と一緒に、渡された眼鏡を持ち、レジへ向かった。


「お買い上げ、ありがとうございます……それと」


 店員はにこやかな目から一変し、瞳孔を開き、目が細くなった。


「お店内でのイチャつき行為は、今後ご遠慮くださいっ!」

「「す、すみませんでした……」」


 梨音から誘われても、こういうことを店内でするのは控えよう……でも、この店には感謝している。

 ――なぜなら、俺の起きかかっていた思い出を、完全に起こしてくれたのだから。

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