暗くて明るい過去
あの日、あの時……俺はあの子と一緒に、同じ場所に来ていた。
「うっ……ぐすっ」
「もう泣くなよ……あいつらは俺が追っ払ったからさ。歩けるか? 天音」
中学時代の俺の友達、天音は隣のクラスのやつだ。一度も話したことがなかったのだが、いじめられているところを助けたことがきっかけで、友達になった。そして、いじめの時に壊された眼鏡を直してもらうため、眼鏡屋に来ていた。
――ちなみに、俺はまだ義務教育であることをいいことに、いじめていたやつらはバットでボコボコにした。もっとも、あいつらは複数人でいないと威張れないため、チクることもないだろう。
「ごめんね。瑠夏君……私の菌とかうつらない?」
当然、眼鏡を失った天音は遠くがあまり見えない状態で、足がふらついていた。だから、転ばないように俺が彼女の体を支えていた。
「だから! そんな幼稚なやつらの言ってること真に受けるなって! むしろ、君の手は柔らかいし、スベスベして、俺は好きだ!」
「ううっ……言ってくれて嬉しいけど、恥ずかしいよ」
「あっ、いや……別にそういう意味で言ったわけじゃなくて、ありのままの感想を言っただけだから!」
天音からそんなことを言われて、恥ずかしくなった俺は顔が熱くなった。
「それにしても、本当にお金払わなくてもいいのか?」
「うん……保証書持っているから。一年以内に壊れたら、交換してくれるんだ」
「すげぇな。そのシステム……」
俺は当時、保証の意味がよく分からなかったため、本気で感心していた。今思うと、無知だったと思う。でもしょうがないだろ、中学生なんだから!
「……」
「瑠夏君、どうしたの?」
「……いや、この猿のキャラクター? 変じゃない? 歯とかむき出しだし……眼鏡と目とか無駄にデカいし」
「そ、そうかな……? 私はかわいいと思うけど」
「そ、そうなんだ……まぁ、確かによく見るとかわいいかな? うん」
俺は天音を傷つけないために、心にも思っていない肯定的な言葉を口にした。でもやっぱり、何度見ても気味悪いな……
「そのキャラクターは当店のマスコットキャラクター、メガネザルくんでございます」
「いや、そのままじゃねえか!」
俺は変なキャラクターの説明に思わずツッコミを入れてしまった。
「いらっしゃいませ」
「あっ、店員さんだったんですね……すみません」
「いえいえ。そのままじゃんって言葉はよく言われるので……」
「あ、あはは……あっ、そうだ。天音」
俺は天音に一声かけた。彼女は俺の後ろに隠れている。いきなり店員に話しかけられて、ビビったのだろう。
「あの、店員さん……これ」
俺の後ろに隠れたまま、天音は恐る恐る壊された黒縁の眼鏡と保証書を店員に差し出した。
「ごめんなさい……眼鏡、壊れてしまいました」
「うわぁ……これは派手にやっていますね」
「……」
俺は細々とした声を出している天音になにも言えなかった。そして、店員は天音の壊れた眼鏡を見回した後、少し眉をしかめつつ
「申し訳ございません。こちらの眼鏡は現在生産が終了しておりまして……」
「そ、そうですか……」
天音は店員から言われた言葉で肩を落とし、顔を下に向けた。
「天音、その眼鏡いつ買ったやつなの?」
「……小六の時」
「一年しか経ってないじゃん! 眼鏡って、一年ぽっちで生産終了になるもんなんですか!? それじゃあ保証というありがたいシステムの意味は……」
俺は驚きのあまり、思わず店員に問い詰めるように聞いてしまった。
「はい……我々が働いている系列だけでなく、全ての眼鏡ショップはそういうものです」
「そ、そうですか……」
「ですが! 保証の意味がないわけではございません。保証対象の商品が生産終了になってしまった場合、当店の中からお好きな眼鏡を一つ無料で差し上げます!」
急に店員が明るくハキハキと、それでいって早口でまくし立てた。えっと、よく分からないけど……
「要するに、眼鏡を一つくれるってことですか?」
「はい! その通りです!」
おお……店員さんマジでテンション高いな。それにしても、粋な計らいをしてくれるぜ! 好きな眼鏡をくれるなんて! それが保証というやつのもう一つのシステムなんだなと理解した。
「よかったな、天音! せっかくだし、自分に似合う眼鏡を探してみたらどうだ?」
「……がいいな」
「え? なに?」
しかし、天音は下を向いたままボソボソとなにかを言っていた。俺は粋な計らいになにか不満があるのだろうかと思いつつ、なんと言ったか聞いた。
「瑠夏君が選んでくれたやつがいいかな……」
「え? 俺が選んだやつでいいのか?」
「うん。そもそも、前があまり見えない私をここまで連れてきてくれたし、それに視界がぼやけている状態で自分の眼鏡選んでも、後から後悔するかなって……」
「でも、本当にいいのか? 俺なんかに任せたら、それこそ後悔すると思うぞ。センスとか、ないし……」
「それでもいいよ。瑠夏君は私の恩人だから!」
「なんだよそれ……分かった。そこまで言うなら、選んでやるよ」
「やったー! ありがとう!」
さっきとは打って変わって、天音は明るいテンションになり、飛び跳ねた。そんなに嬉しいのか……とにかく、彼女に似合う眼鏡を探さないと。
「天音、ついて来てくれ。お前に似合う眼鏡を見つけてやるから!」
「うん! ありがとう!」
俺はセンスがないなりにも、店内の眼鏡を探しまくった。茶色の渕のシックで落ち着いた色、オレンジや黄緑の渕の派手な色、最早ネタ方面に走ってると言ってもいい、ハートや星の形をした眼鏡など、色々見ては手に取り、天音の目にかけたが、どうも俺の中ではしっくりこなかった。
「うーん……ないなぁ」
「ご、ごめんね。無理させちゃって……」
「いや、そんなことないよ! 俺のセンスがないだけだと思うし」
落ち込む天音を見て、俺はあわあわした。はぁ、情けない。大事な友達にこんな顔させてしまうなんて……
「あっ……」
そう思っている中、ふと一つの赤い渕の眼鏡が俺の目に映った。
「な、なぁ天音……これ、かけてみて」
「う、うん……」
言われた通りに、天音がその眼鏡をかけた途端、俺の見ている世界が変わったような気がした。すごく似合っている……ビー玉みたいに透き通った彼女の綺麗な目を引き立てているだけじゃなく、外部からの邪悪な存在から守っているかのようにも見える。それに、とても美しく、賢そうな女性にも見えてきた。
「あの、瑠夏君……じーっと私のこと見つめて、どうしたの?」
「いや、天音の目、綺麗だなって……」
「!? そ、そんなこと堂々と言われると、恥ずかしい……」
「ああっ、ごめん! そんなつもりじゃ!」
なぜだ。抑えていたはずの本音が口から漏れてしまった。天音の顔、すげぇ赤くなってる……
「天音、もう一度改めて言おう。その赤い眼鏡、お前の綺麗な目とマッチして、凄く似合っている」
「ほ、本当!?」
「なにより、この赤い眼鏡がお前らしい!」
「これが……私らしい?」
「ああ!」
「ありがとう……瑠夏君」
「ちょっ、いきなり泣いてどうしたの!?」
「ああ、ごめんなさい……瑠夏君に選んでもらったことが、嬉しくて」
「そんな大袈裟な……」
「大切にするね!」
そして、天音は一番の笑顔を俺に見せてくれた。
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