電子マネーは便利(使い方がわかる人にとっては)

「ふう、私も熱くなりすぎたわ。また着替えるわね」

「わ、分かった……」


 俺の脳裏には、マイクロビキニを着た梨音がすっかり焼き付いていた。そして、ベッドの上で……いやいやいや! いったいなにを考えてるんだ!? 梨音め……夜楽しみにしてとか言いやがって!


「お待たせ!」

「おうわ!?」


 妄想中にカーテン開けるなよ! 心臓飛び出るわ! まぁ、妄想していた俺が悪いんだけど……


「ん? 瑠夏、どうしたのよ? 前かがみになっちゃって……」

「いや……なんでもないです」

「で、どう? この水着は?」


 梨音が身にまとっているのは、髪の色と同じ紺色のビキニだった。柄とかはなく、特別可愛い水着と思えるようなものでもなく、むしろ大人っぽいと思った。だが、これが一番似合っている。そう思った。


「……高校生が着る水着にしては、大人すぎると思う。だが、梨音がこれを着ると背伸びをしている感じは一切感じない。凄く似合ってるし、なによりしっくりくる。うん。これが一番似合っているよ」

「ちょっと……瑠夏!?」

「え、なに?」

「その……口に出てるわよ。それも早口で」


 今、言われてまた気づいた。まさか無意識にそんなことを口走っていたなんて!


「でも、正直な感想を言ってくれて嬉しいわ。瑠夏的には、これが一番私に合ってるのよね?」

「そっ、そうだね! これが! 本当に似合ってるよ! 俺の中では一番だよ!」


 さっきの二つの水着の癖が強すぎたってものあるんだけどな……


「そ、そう……じゃあ、それにするわ」


 こうして、梨音は私服に戻り、俺が無意識でベタ褒めした水着を購入するため、レジへ向かった。


「こちらとこちらの商品で間違いございませんか?」


 ん? 商品は二つ? 他になにか購入した? 気になるあまり、彼女が立っているレジに近づくと……


「ぶっ!?」


 さっきのマイクロビキニが目に映った。


「なに驚いてるの?」

「いやだって……その水着」

「さっきも言ったじゃない。お家デート用に買うって」

「そ、そうは言ってたけど……い、いつやるの!?」

「やぁね。まだ付き合って一週間過ぎしか経ってないから、さすがに私もわきまえてるわよ」

「そ、そうか……」

「だから……その日が来るいつかのために、首を長くして待っててね」

「あ、ああ……」


 俺の唇に指を添えつつ、梨音はそう言ってきた……心臓のバクバクが早くなった気がする。

「合計、三千二百円です」

「あっ、パイパイで払います」


 梨音はスマホを差し出し、店員は画面に映っているバーコードを読み込んだ。


「お買い上げ、ありがとうございました」


 スマホ一つで会計か……時代が進んでるな。いや、俺が乗り遅れているだけか。充希からもパイパイ執拗に勧められたけど、結局使ってないし……そういやパイパイ、紫苑も使ってたよな。


「ねえ、瑠夏」

「えっ、なに?」

「今私以外の子のこと考えてなかった? デート中なのに?」

「いやいや……俺が今考えていたのは充希だよ!」


 さすがに紫苑のことは伏せよう……


「ほら! 考えているじゃない! 三葉君のこと!」


 どうして彼女は同性の友達にも敵意を抱くのだろうか……


「ご、ごめんって……たまたま頭に浮かんだだけだよ」

「ふ~~~ん。たまたまね……まぁ、私の水着を褒めてくれたことに免じて、許してあげるわっ!」

「それはどうも……」


「ははは! 随分仲がよろしいカップルですね!」


 と、ここで店員が笑いながら話しかけてきた。


「お家デート用の水着って、やっぱりそっちの方ですか~?」

「はっはい……」

「こいつで彼氏さんを悩殺させてください!」

「あっ、がっ、頑張ります!」

 ウインクをしつつ、茶化すように店員からそう言われた梨音は、少し顔を赤くしながら、食い気味に答えた。


(ふっ、甘いな店員さん。見くびってもらっては困る。なぜなら俺は……既に悩殺されたばかりだからだ!)

「る、瑠夏!! 次はどこに行きましょうか~!?」


 梨音は店員からからかわれたことからそらすように、急に俺に振ってきた。


「えっ、ああ……えっと」


 答えないと……梨音のために速攻で答えないと。


「あっ、隣の店に行きましょう! ちょうどアレが欲しかったのよね」


 が、速攻で次の行く先を決めたのは、彼女自身だった。だが隣の店とか言っている時点で、あてずっぽうで決めていることは馬鹿な俺でも分かった。


「そ、そうだなー。俺もアレがアレでアレだったし……」


と、なんとも頭の悪い返しをしつつ、水着の入った紙袋を受け取った直後、俺たちは逃げるように店を後にし、隣の店に入った。

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