ホラー映画鑑賞
物凄く物騒だ……
「あのさ、梨音。本当にこれで合っているの?」
不安な気持ちになり、そう確認をした。
「大丈夫。合っているわ。早速、シアターに入りましょう!」
あ、合ってるんですね……
「う、うん……でも、どうしてこれを見ようと思ったの? ホラー路線っぽいけど、もしかしてホラー系、好きなの?」
「特別ホラーが好きってわけじゃないわ。あらすじとか見たら、主人公の女の子に共感しちゃったのよ」
「きょ、共感ですか……」
なぜだろう。少しばかり寒気がした。
――この映画のあらすじは「病杉闇子」という主人公の女の子が彼氏の「夏川渚」を殺そうとする。というものなのだが、それをサイトで読んだ時点で戦慄していた。正直、見るかどうかも今日まで迷っていた。だが
「えっと……シアターは、あそこね! とても楽しみだわ!」
ワクワクしている彼女を止める理由はどこにもなかった。
「チケットを拝見いたします」
「「はい」」
「ありがとうございます。……ところで、手を繋いでおりますが、お客様はカップル同伴でしょうか?」
「はい! 私たちは付き合っています! 彼氏です!」
「ちょっ……恥ずかしいって」
梨音はおもむろに腕を組んできた。
「あらあら~お熱いですね~」
「……」
スタッフは微笑みながらそう言ってきた。だが、俺は気づいてしまった。その笑顔は創られたものであると。恐らくこの人はカップルという存在を毛嫌いしていると思われる。
……とはいえ、俺も気持ちは分かる。なぜなら、この前までこちら側の人間だったからだ。
「それで、カップルの方限定でこちらの特典を配布しております。どうぞ」
「おわぁ!? なんだこれは!?」
俺が渡された特典は、レプリカの包丁に血が付いたようなおぞましいものだった。
「私はスタンガンを渡されたわ」
「えっ……」
「大丈夫です。どちらも本物ではありません。スタンガン風ライトでございます」
マジでなんなんだよ……
「それでは、お楽しみください」
そうスタッフに見送られたが、この物騒な特典のせいで、不安が加速した。
「うわあ……すげぇ」
だが、そんな不安も一瞬で吹き飛んだ。なぜなら、中はとても広く、大きなスクリーンが設置されてあったからだ。そして、客も埋まりそうなほどいっぱい来ている。
「そんなに人気なんだ……この映画」
「そうよ。特に女性ファンが多いのよ」
「女性ファン?」
「ええ。浮気した彼氏や不倫した旦那と一緒に来て、それを辞めさせたきっかけとして有名になって、どんどん上映館も増えているのよ。それも、現在進行形で」
「な、なるほど……具体的過ぎてよく分からないが、相当凄いんだな」
ヒットした理由にツッコミそうになったが、気分を台無しにするわけにはいかず、それっぽい言葉を言うしかなかった。
「まぁ、どうしてそんなファン層が多いのかは、見ていれば分かるわ。いやー、ここの席、取れてよかったわ」
俺たちが座ったのは、映像が見やすい真ん中の列にして、席も真ん中の辺りだ。近すぎず遠すぎず、バランスの取れた場所で、とても見やすい。
「あっ、そろそろ始まるわよ」
カメラの男が逮捕されるCMが終わり、いよいよ本編がはじまった。
『夏川君!』
『あなたは、病杉さん!? な、なんの用?』
『私、ずっとあなたのことが好きだったの! だから、私と付き合って!』
『えっ……い、いきなりそんなこと言われても、僕、君のことよく知らないし……だから付き合うなんて! ごめんなさい!』
『ちょっ、夏川君! 待って!』
序盤、いきなり闇子が渚に告白するシーンからのスタートだ。それにしてもなんだこいつは……告白されたなら、受けるか断るか、はっきりと答えを言えよ。よりによって逃げるなんて、最悪だな。
(あっ……)
俺も似たようなものか。梨音告白された時、そう答えたらいいか分からなかった……あの時、迫られなかったら、答えも出せなかったかも知れないし、付き合うこともできなかったかも知れない。
「……よかった。俺に告白してきたのが梨音で」
「えっ、いきなりなによ?」
「あっ……」
思わず口に出してしまっていたようだ。
「いや、もしもあの時梨音が背中を押してくれなかったら、俺は渚みたいになってたかも知れないなって思っちゃって……」
「大丈夫よ。告白した時、瑠夏がはっきりと答えてくれたおかげで、今こうして付き合えたんだから。それに、もしも瑠夏が逃げたとしても、どこまでも追いかけるつもりだったわ」
『簡単に私から逃げられると思わないで! 今から追いかけてやる!』
「ひっ……」
今の梨音の穏やかな口調ながら、少し怖いとも取れる発言と、闇子の狂った声色で発したセリフが重なり、ビビってしまった。恐る恐るスクリーンの方を見ると、闇子が包丁を振り回しながら、渚を追いかけていた。
『逃がさないよ! 絶対に私の彼氏にしてやるんだから!』
『だったらどうして包丁持っているの!? 殺したら彼氏にできないだろうが!』
『うるさいな! あなたを殺して私も死ぬの! そうしたら、あの世で一緒にいられるでしょ!?』
こええ……なんというサイコパス発言だ。
「うんうん。闇子ちゃん、一途でとても愛らしいわ」
一方、梨音は闇子に関心を持っていた。人によってどう思うかはそれぞれなのだが、殺人行為をそういう風に言うのはいささか不思議……いや、恐ろしいと思った。
『分かった! 君の彼氏になるよ! だから、殺すのだけはやめてくれ!』
『本当……!? 嬉しい!』
それでいいのか渚よ……
『じゃあ、今日から私たち、恋人同士だね! ね!』
『う、うん……そうだね』
『じゃあ、早速私とデートしましょう!』
『う、うん……そうだね』
いや、早すぎだろ!?
『あの~すみません……道に迷ったんですけど』
『あっ、はい……』
と、ここでOLスーツを着た女性が渚に話しかけた。もしかして、新たなヒロインか? と思ったが……
『ねぇ! 私と夏川君のオアシスに入り込まないでくれるかな?』
『いや、私は道案内をしてもらおうと……』
『問答無用っ!』
『きゃあああああああああああああ!』
え、マジか。闇子、殺しちゃったよ……
『お、おい! なにやってんだよ! 病杉!』
『だって夏川君、女と話してたから……』
『女って……確かにその通りだけど、そういう意味で話したわけじゃないって。ただ、道案内をしようとしただけだ。見たら分かるだろ!?』
『うるさいうるさいっ!』
『……え? 血?』
『私以外の女と話す彼氏なんか、いらないっ!』
『ぐはっ……』
嘘だろ……まさか彼氏まで殺すなんて。
「なるほど、こういうやり方もありね。彼氏が怪しい行動をしていたら殺すっと……」
そして、俺の横では彼女がなにかをメモしていた。え? 今のシーンでメモするところある!? なんか怖いんだけど……
『……』
『あはは……私、夏川君殺しちゃった……今から私もあなたの元へ行くからねっ!』
そして、闇子が自らの首を斬り、命を絶ったところでエンドロールが流れた。ここで終わりかよ!? なんなんだよこの映画……
「いや~凄い映画だったわね」
「本当、凄かったな……」
口では同じ感想を言っているが、その意味は全く違うものと確信した。なぜなら、俺はげんなりとしていたのに対し、梨音は目をキラキラと輝かせていたからだ。
「それに、これから瑠夏と付き合い続けるための参考になったし!」
「えっ、あっ、そう……」
俺、いつか殺されるかもな……いやいや、そんなことない! 紫苑に殺されそうになったとき、助けてくれたから! そんなはずはない!
と、俺は自分に言い聞かせた。
「それで、次はどこ行く?」
「うーん……あっ、水着! 水着買いに行きましょう!」
「いいけど、まだ六月だろ? まだ早いんじゃ……」
「だからこそよ。それこそ七月とかに買いに行けば、人気なものはあっという間に売り切れるわよ。ジメジメした今こそ買いに行くチャンス!」
「そ、そういうもんか……」
随分テンション上がっているな……そんなに泳ぐのが好きなのかな。
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