映画デート

「へぇー……映画館とかゲーセン、屋内遊園地もあるって、本当だったんだ」

「だから言ったじゃない! 本当だって!」

「いや、まるっきり信じていなかったわけじゃないんだが……昔のイメージが脳裏に焼き付いていたから、想像するのが難しかったんだよ」


昔行った時は服屋とか眼鏡屋、本屋とか、スタンダードなものしかなかったのだが、梨音曰く、最近できた新館には、色々な施設が加わり、アミューズメント施設に生まれ変わったとのことである。


「それで、まずは映画を観るんでしょ? 早く行きましょ!」

「おっと……」


 彼女に引っ張られる形で、俺はエレベーターに入った。


「う、うん。でも、映画でよかったの? 梨音って、そんなイメージ無かったから……」

「そんなことないわよ。毎月どんな新作がやってるかチェックするし、なんなら特典が変わるようなら、毎週行くわ!」


 彼女は早口で続けた。


「特に『魔剣は負けん!』はとても面白くて、三回も観に行っちゃったわ! 負けないってタイトルが入ってる割には、結局主人公が負けちゃうってところが意表を突かれたわね!」


 意外だ。彼女がこれほど熱く語るなんて……相当好きなんだな……この映画が大爆死してレビューでは酷評の嵐だったことは黙っておこう。と思っている間に、エレベーターは映画館のある五階に着いた。


「うわあ……すげぇ」


 扉が開いた途端、目の前に広がったのは広々としたロビーだ。地面は銀色に近い大理石の上に赤色のカーペットが敷かれていた。そもそもこんなところに学生の俺たちが来てよかったのか? と疑わしくなるくらい、美しく、綺麗でとても豪勢な施設であった。


「瑠夏、どうしたの?」

「いや……あまりにも凄すぎて、緊張しちゃって」

「ふふっ、大丈夫よ。確かに一見セレブ御用の場所に見えるけど、本当に普通の映画館だから! チケットの値段も学生料金で千円だったでしょ?」

「そ、そうだったな……」


 昨日、サイトで二人分のチケットの予約をしたのだが、値段は一般的な映画館と同じで、学生に優しく、良心的である。


「とりあえず、発券しに行きましょう」

「おう……って、なんだこの混み具合は!?」


 俺たちの目に入ったのは、五台の券売機そのものが見えなくなるくらいの長蛇の列である。その列の最後尾には、看板を持った係員がいた。


「あの……この列、どれくらいかかりますか?」


 少し不安を感じ、思わず聞いてしまった。


「ああ、おおよそ三十分かかりますね……ですが、予約されている方でしたら専用の券売機がありますので、そちらをご利用ください」

 と、係員は少し離れた場所にある一台の黒色の券売機を指した。やった! 希望が見えた!


「「ありがとうございます!」」


 俺たちはお礼を言い、すぐにそこへ向かった。


「いやー、予約してよかったな」

「そうね。もし当日券だったら、どうなっていたことか……それにしても、本当に奢りでよかったの? なんなら、私が奢ってもよかったんだけど。瑠夏のためなら、いくらでも捻出できるわよ?」

「いや、いいよ。ここは俺に奢らせてくれ。初めてのデートなんだし、結局プランも梨音に任せちゃったし」

「そう……なら、お言葉に甘えるわ」


 実はこの前、充希からアドバイスされたのだ。


――あいつ曰く


「男が奢るのが当たり前の世界はくそったれだし、奢られる前提の女もクソだ。だが、初デートくらいはなにか奢ってやれ」


 とのことだ。バイトはしていなかったが、幸い昔から貰っていたお年玉が知らないうちに溜まっていたから、それくらいの余裕はある。


「あのさ、梨音」

「はーい! 梨音よ!」

「……」


 以前名前呼びを解禁してから(というより、させられた?)というものの、こんな調子だ。梨音と呼ぶたびにいつもこんな返しをされる。でもまぁ、それほどうれしいことなんだろうな……


「デート中にこんなこと言うのはあれだけど……こんなに豪華な施設なのに、その値段で元は取れるのかな。経営者の方は……ほかの施設にも言えることかもしれないけど」


 思わず画面に映った二千円+税の文字を見ては気になり、思わず聞いてしまった。まぁ、梨音が経営の関係者じゃないから、答えが出たとしても推測でしかないけど……


「まぁ、私から見ても、この映画館だけ露骨にギラギラした豪華仕様だな~と思ったわよ。でも、この映画を経営している会社見て、納得がいったわ」

「会社? なんて名前なの?」

「ナルシホールディングスって知ってる?」

「初めて聞く名前だけど、ナルシって名前に聞き覚えが……まさか」

「そう。そのまさかよ! 経営者、成司先輩のお爺さんなのよ! ちなみに、映画館はチェーンで、全国どこにでもあるのよ」


 なるほど。成司先輩は金持ちだから、あいつの爺さんは相当なんだろうな。たとえこの映画館が赤字になっても、どうにかなるレベルで……


「てか、どこでそれを知ったの?」


 思わず聞いてしまった。別に独占欲が働いたわけじゃないが、自分以外の男の情報を知っていることに、少しばかり嫉妬をしてしまったのだ。


「告白された時に言われたのよ。しかも凄い自慢げに……ああー今思い出してもムカつくわ!」

「あの性格なら言いかねないよね……すごいキザだし」

「でもだからこそ、あの悔しがっている姿は滑稽だったわ! あはははははは!」


 おもむろに梨音は笑い出した。まあ、俺もあのときの成司先輩を見て少しばかりスカッとした気分にはなったけど。


「で、見る映画はこれだよな?」


 俺は発券したチケット二枚のうち、一枚を梨音に差し出した。それには『愛していたのに殺したい!』というタイトルが記されてあった。

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