ヘタレ野郎

「瑠夏? どうしたの? さっきから悩んでいる感じだけど……」

「い、いや……最近少しずつ暑くなってきたなって」

「……そうね。まだ六月なのに。それに、梅雨もないなんて」

「梅雨も梅雨でじめっとして嫌だけどね……」

「そうね……私も湿気とかで髪とか整えるの、大変だし」

「でも門矢さん、髪サラサラだよ? くせ毛があるとは思えないけど……」

「なに言ってるのよ? 女の子のかわいさと美しさはね、努力の上に成り立っているものなのよ」

「努力……俺の嫌いな言葉ですっ」

「あはは……」


 サッカー部員たちから逃げてきた俺は、門矢さんと合流し、一緒に下校中だ。


「というか瑠夏、自分の家のほうへ行かなくていいの? もしかして、また私の家でお泊りとか?」

「いやいや、違うって……」


 俺がまた彼女と同じルートを歩いている理由、それは門矢さんをデートに誘うためだ。正直、合流した直後にサラッと誘えばよかったのだが、今まで彼女ができなかった俺は、そんなことを言う勇気が出なかった。そして、ズルズルと今に至る。


 まぁ、小学生のころおふざけで紫苑をデートに誘ったことはあるが……


「えー、じゃあなんで?」


 だが、もう一つ理由はある。それは……


「あなたとなるべく長く一緒にいたいから……かな」

「瑠夏……私もよっ!」

「か、門矢さん! 抱き着いてくれるのは嬉しいけど、ここ、めっちゃ人が多いから……」


 どうやら会話をしている間に、俺たちは駅に着いたようだ。まるで一瞬で着いたような感覚である。


「いいじゃない。むしろ、私たちの仲を多くの人に知ってもらうチャンスよ!」

「い、いや……そこまでしなくていいから」

「……なんで? 瑠夏は私たちの仲を見せつけたくないの……?」

「うっ……」


 門矢さんは吐息交じりに小さな声を出しながら、抱きしめる力が段々強くなっていった。それにより、俺も苦しく感じてきた。


「わかった! わかったから! でも、俺門矢さんに大事な話があるから! 落ち着いて!」

「……しょうがないわ。愛しの彼氏の頼みだもの」

「わかってくれて助かるよ……」


 彼女から解放され、俺はホッと一安心した。


「瑠夏、ごめんね。私、興奮しすぎたわ……」

「いや、大丈夫だよ……それにしても、人が多いな。この前来たときはそうでもなかったのに」

「まぁ、金曜日だからね。ここの駅、周りに飲み屋とかファミレスが多いのよ。後、レジャー施設もあるから、休日前は疲れたサラリーマンや学生であふれるのよ」

「なるほど」


 飲み屋か……俺はふとその言葉が頭に浮かんだ。


「酒っておいしいのかな……?」


 思わずポツリとつぶやいた。


「そんなこと私に聞かれても……分からないわ」

「ま、まぁそうだよね。すまん。変なこと聞いて」

「ううん。瑠夏、大人になったら、一緒に飲みに行きましょう」

「えっ……あっ……う、うん」


 なんということだろう。俺がデートに誘う前に、先に彼女から誘われるなんて……いかもかなり未来の話だ。

 そうやってサラッと誘えるのも、門矢さんなんだろうな……それに比べて、誘えない自分が情けなく感じる。


「お、おう! 二年後が楽しみだな!」

「二年後……?」

「え? だって、成人の年齢って十八歳に引き下げられたんじゃ……?」

「確かにそうだけど、お酒やタバコができるのは、二十歳からなのは変わらないのよ」

「そ、そうだったんだ……ややこしいな」


 新しいシステムのややこしさに憤りを感じるのと同時に、自分の無知さを恥ずかしいと感じた。


「あっ、ごめんなさい。瑠夏、あなたの話を聞くのを忘れていたわ」


 そ、そうだ。俺は門矢さんをデートに誘うためにここまでついてきたんだ! 言わなくては……よし! 言うぞ!


「か、か、門矢さん! 来週の土曜日、俺と……!?」

「る、瑠夏!? どうしたの!?」

「……なんで?」


 俺は一瞬、人混みの中から紫色の短い髪をした少女が目に映り、気が動転した。


「し……し、おんが……門矢さんと俺、死ぬ……殺される、絞め殺される……絞殺される」

「瑠夏、どうしたの!? 大丈夫!?」

「はあ……はあ……」


 あのことが相当トラウマになったのだろう。完全にパニック状態になり、過呼吸になった。


「あ、ああ……こっちに来る。早く逃げないと……」


 紫の髪の少女は、こっちへ向かってきた。やばい……見つかった。このままだと、俺たちは……


「はぁ……はぁ……る、瑠夏。早く逃げよう!」

「えっ、ちょっ……」


 俺は彼女の腕を掴み、駅のホームに入ろうとした。その時


「待ってよ! 瑠夏!」

「ひっ……」


 声をかけられ、思い切り肩を叩かれた。ああ……死ぬのかな。


「……」


 俺は恐る恐る後ろを振り返ると。


「ひってなによ。ひって……私、瑠夏になにかした?」

「し、しお姉……?」


 俺が紫苑だと思い込んでいた人は、紫苑ではなく、姉の紫織だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る