はじめての修羅場
「……は?」
「……え?」
紫苑は目が据わり、俺はぽかんとした。なぜなら、俺もこのことを知らなかったからだ。
「あの、門矢さん……つばつけたって」
俺は冷や汗をかきながら、恐る恐ると彼女に聞いた。
「あなたの服を脱がせた直後に……でも、大丈夫よ。安全な日だったから」
「……」
安全な日という生々しいワードを聞いた俺は、みるみる身体の温度が下がり、頭が真っ白になり、何も言えなくなった。
「瑠夏。こんなことをしてごめんなさい。でも、平野さんをはじめとした他の女に奪われる前にやってやらないといけなかったのよ。今度埋め合わせするから、許してくれないかしら?」
「うるさいっ!」
「!?」
「紫苑のるーちゃんを……紫苑のるーちゃんを返してよ! この泥棒猫!」
「きゃっ……」
紫苑の大声に反応し、俺は意識を取り戻した。なんと、いつの間にか紫苑が門矢さんを押さえつけながら、彼女の髪を引っ張っていた。
「ちょっ……なにしてるんだよ紫苑! やめろって!」
俺は紫苑を門矢さんから引きはがそうとした。
「離してよるーちゃん! なんでこいつを庇うの!? こいつは……こいつはあなたが寝ている間に襲ったんだよ!? なんとも思わないの!?」
なんとも思わないと言われたら嘘になる。たとえ彼女が相手でも、そんなことを寝ている間にされていると思ったら、ショックで仕方がない。でも、もしかしたら紫苑に俺を諦めさせるためのハッタリかもしれないという気持ちも少しだけあった。
「ま、まずは落ち着いて話し合おう! な?」
「うるさい! うるさい! うるさあああああああああああああああああああい!」
「ぐはっ!」
紫苑によって思い切り突き飛ばされ、思い切り床に背中を叩きつけられた。
「いててて……紫苑!」
しかし、俺はすぐに立ち上がり、再び紫苑を止めにベッドへ上がった。
「殺してやる……この女、殺してやる……」
「うう……うっ」
「お、おい紫苑っ!」
なんと、紫苑はさっき俺にやったみたいに、門矢さんの首を絞めていた。
「バカ! なにやってんだよ!」
再び紫苑を引きはがそうとしたが、ビクともしない。
――こうなったら……
「はっ!」
「うっ……」
俺は紫苑の首を思い切りチョップし、気絶させた。
「はーっ……はーっ……」
紫苑が気絶したことで力が緩み、門矢さんは間一髪で助かった。彼女は首を抑えながら大きい深呼吸を繰り返した。
「瑠夏! 無事でよかった!」
心の底から安心し、思い切り彼女を抱きしめた。
「ええ。でも、あんなことされても仕方がないわ……だから私、覚悟はしていたの」
「な、なんでだよ……」
「だって、本人ですら知らないうちにはじめてを奪ったら、誰でもあああなるわよ。だから、できれば平野さんには近づいてほしくないけど、平野さんを責めないであげて」
「あの……門矢さん」
「ん? なにかしら?」
「その……俺が寝ている間にしたのって、本当? 紫苑を遠ざけるためのハッタリとかじゃなくて?」
「……それは本当よ。ごめんなさい」
(……マジか)
さすがに引いたが、永遠に捨てられなかった可能性を考えると、これはこれでよかったのかもしれないという気持ちもあった。
「あの、なんでそんなことしたの?」
「……私、怖かったの」
怖い?
「もしも先に平野さんにやられたら、他にも夜道を歩いている中他の女に襲われて……なんてことを考えたら、居ても立っても居られなくて」
「そ、そんな大げさな……」
「そんなことないわ。海外では、女性が男性を襲う事件も多いし……だから、なにがあるか分からないから、どんな手段を使ってでも奪ってやろうと思って」
「あの……お言葉だけど、直接言えばよかったよ?」
「えっ……でも、まだ付き合ってそんなに経ってないじゃない! もし直接言ったら、引かれて捨てられるかもしれないって思って……」
「まあ、やるかやらないかって話は置いておいて……引いたり捨てたりなんかしないよ」
「……本当?」
「ああ。本当だよ。付き合って日は浅いけど、恋人同士なんだからさ。お互い言いづらいこととか、悩みとか、言い合おう!」
「瑠夏……」
その瞬間、彼女は大粒の涙を流した。
「え!? 門矢さん!? 大丈夫!?」
「ごめんなさい……そんなことを言われたのがうれしくて」
「そ、そう。よかったよ」
俺はポケットからハンカチを取り出し、門矢さんに渡した。
「ありがとう……ねえ瑠夏」
「ん?」
「瑠夏は言いづらいこと、ある?」
彼女は涙をふきながら、聞いてきた。
「……えっ、あっ……」
「言いづらいこと、あるんじゃないの? 大丈夫よ。引かないから」
「えっと……門矢さん、処女?」
「……直球で聞くね。残念だけど、もう違うわよ」
「……」
「あなたを襲った後にね」
襲われた被害者なのに、その言葉を聞いた直後、俺は内心ホッとした。
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