拒絶

 俺は今、紫苑が目を覚ますのを待っていた。門矢さんは、既に教室へ戻っていた。俺がそうさせたからだ。


「……」


 正直俺も教室へ戻ったほうがよかったのではないかと思ったが、完全に話にケリをつけないと後が怖いと思った。


「……ん」

「し、紫苑……目を覚ましたか!?」

「なに? 知らない間に初を奪われた流川瑠夏さん」


 やっぱり怒ってる……


「あの、紫苑……本当にすまん」

「もう過ぎたことだからいいよ。ただ……すごい悔しかった。それに、るーちゃんが遠くへ行っちゃうんじゃないかって思って」

「……どういうこと?」

「るーちゃん、門矢さんと一緒にいすぎて、紫苑のこと蔑ろにしてない?」

「いや……それは、幼馴染とはいえ、他の女子と話すと門矢さんに失礼だし」

「じゃあ、中学の時はなんなの? 紫苑の誘いをことごとく無視して。その時は彼女とかはいなかったんじゃないの?」

「それは……忙しかったし」

「……言い訳なんか聞きたくない」

「……」


 言葉がでなかった。俺と紫苑は別々の中学に通っていたのだが、家は隣同士だし、会おうと思えば会えたし、遊ぼうと思えば遊べたのだ。実際、紫苑からはなんども連絡が来ていた。だが俺は、忙しいことを理由に断っていた。


――というのは建前で、小学校の友達と遊ぶのをカッコ悪いと勝手に決めつけていた節があることと、仲のいい友達がいて、そっちを優先してしまったことが本当の理由だ。だが、両方とも紫苑に話せるわけがねぇ……。罪悪感で押しつぶされそうだ。


「ねぇ、るーちゃん。もう私と話すことないなら、教室戻ったら? 単位とかあるでしょ?」

「えっ……?」


 紫苑の口から聞こえてきたのは、いつものうざったい甘い声ではなく、氷のように冷たい声だった。その冷たさは、保健室に設置されているガンガン冷房が効いているエアコンが裸足で逃げるくらいだ。なにより、自分のことを「紫苑」ではなく「私」と言っている。


 ――幼馴染だから分かる。一人称が私の時の紫苑には、無闇に近づかない方がいいと。


「分かった……でも、手当てくらいはさせてくれ。間接的とはいえ、俺のせいでこうなったんだから」


 だが、さっき二度も気絶した以上、紫苑の怪我をどうにかしたいとは思っていた。頭の怪我のやり方は分からないけど、先生もいないし。


「いいから出て行って!」

「ぶっ!?」


 しかし、紫苑はそれを拒み、俺に向かってブレザーを投げつけてきた。


「……っ、はっ、はい。分かりました。あの、治ったら紫苑も教室戻れよ?」


 最後に一言だけ言い、俺は逃げるように保健室から出て行った。


 ――だが、その言葉とは裏腹に、紫苑が教室に戻ってくることはなかった。


翌日、俺が教室に来るとなにやらみんなヒソヒソしていた。いったいなにがあったのか聞くと……


「平野さん、二週間停学らしいよ」

「え?」

「いや、瑠夏が驚いてどうするんだよ。そうなるのは当たり前だろ。そもそもお前、あれだけのことを昨日されただろ」

「ま、まぁそうだな……」

「それに、門矢もだろ?」

「……え?」


 充希、なんで知っているんだ? が、その疑問はされた本人の言葉により、解消された。


「私が三葉君に言ったのよ」

「あ、ああ……そうなんだ」

「本当は私の中だけに留めたかったけど、首に手形のアザが目立って、みんなに心配されたのよ」

「そ、そうなんだ……」

「下手に隠すよりも正直に言ったほうがいいし、ついでに平野さんの評判も地に堕ちるからいいかなって」

「結構姑息な考えだな……で、充希が告げ口したのか?」


 俺は思い切って充希に聞いた。


「いや、してないぞ。今日の朝、幼馴染であるお前に確認を取った上で告げ口しに行こうと思ったんだが……ご覧の通りだ」


 充希はまだヒソヒソしているクラスメイト達を見ながらそう言った。というか確認を取った上の告げ口ってなんだよ。


「もしかして、門矢じゃないか? だってお前、平野のこと相当警戒していたし」


そうだよな……自分も殺されそうになったんだし。停学させたのは門矢さんであると確信したが。


「さっきも言ったでしょ? 私の中に留めたかったって。それに、もし私のせいで停学になったとしたら、平野さんますます暴走しちゃうじゃない」

「……それもそうだな」

「そんなことより、瑠夏大丈夫? 昨日あのまま保健室に残ったらしいけど、なにかされなかった?」

「あー……ブレザーを投げつけられたかな?」

「え!? 大丈夫!? 怪我してない!?」

「いや、しょせん布だから……怪我とかはしなかったよ」

「いえ! 野球のボールやテニスのボールも布でできてるけど、あれらは当たると痛いわよ!」

 比べる対象が違うような……


「なぁお前ら。放課後、平野が停学になった理由聞きにいかね?」

「……いいけどさ。校長先生は第三者に口外しないと思うぞ?」

「馬鹿。校長じゃねーよ。生徒会長だよ」

「え? 会長?」

「会長なら歳が近いし、話せば分かってくれるかもしれないだろ?」

「うん……まぁ」

「よし! 決まりだな!」


 こうして俺たちは放課後、生徒会室へ行くことになった。

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