衝撃の事実
「だって、それを飲んだ後に眠くなったんでしょ?」
「それは事実だけど、授業の疲れが一気に襲いかかって来ただけかも知れないだけだろ?」
「でも、あの女怪しいし……」
なんだろう……ずっと思っていたけど、さっきまでの情緒不安定な紫苑から打って変わって、とても冷静だ。博識な探偵のようにも見える。
「とにかく、門矢梨音には気をつけて! 清純で真面目な見た目をしているわりには、とんでもない子かも知れないよ! だから、別れた方がいいかも知れない! てか、今すぐに別れて! そして、この紫苑と付き合って!」
と思ったが、また情緒不安定になった。
(それにしても、俺の彼女をなんだと思っているんだ。というか、とんでもないって、さっき俺を殺そうとしたお前が言うか!? まさかこいつ、冷静なふりをして俺を惑わして、どうにか別れさせようとする作戦か!?)
段々と俺の心の中に紫苑への不満と不信感が溜まっていき……
「実際に証拠も根拠もないし、紫苑はあの場にいなかっただろ! だから、本当のことは本人しか分からないじゃないか! 俺の前で、俺の彼女をそんな風に言わないでくれよ! 仮にそれが本当のことだったとしても、眠らされるよりも、さっきお前が俺にしたことの方がよっぽどやばいからな!」
「……」
「あっ、すまん……感情任せにならない約束だったのに」
涙目になりつつ、顔を下に向けている紫苑を見て、正気に戻った。やばい……ルールを破って怒鳴りつけてしまった。
もしかしたら、紫苑なりに俺のことを心配して言ってきたのかも知れない。もう少し怒りに任せず、相応の言葉をかけられたかも知れないのに、なにやってるんだ俺……
「……そう。るーちゃんがそう思うならそうなんじゃない」
「えっ……」
紫苑から返ってきた言葉は意外に冷静なものだった。涙声とはいえ、言い返されることもなかった。しかも、俺は頭ごなしに考えを否定したのに、逆に紫苑は俺の言葉の否定をしなかった。肯定されていると言えば、それは違うのだが。
「瑠夏―」
「……え?」
その時、紫苑とは別の、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
「か、門矢さん……? なんで?」
「……泥棒猫が」
俺の心の中はヒヤヒヤし、紫苑は小声で悪態をついた。
(頼むからカーテン開けないでくれ……そのまま帰ってくれ)
「ねえ、瑠夏……大丈夫?」
「あっ……」
「ちっ……」
無慈悲にも、彼女の手によってカーテンが開かれた。
「ひ、平野さん……瑠夏の制服着て、何してるの……? ししししししかも、は、裸!? おおおおおおっぱいまで出して!」
「お、落ち着いてくれ門矢さん! 俺たちは決してそんなことをするわけでは……」
「ふっ……」
おい紫苑! どや顔しないで弁解しろよ!
「はっ……はっ……まあ、いいわ」
門矢さんは自分自身を落ち着かせるかのように、短い深呼吸を何回も繰り返した。まるでシステマのように。
(怒ってはいる……怒ってはいるのだが、彼女は怒りを抑えようと必死になっている。だからこの保健室が修羅場にならないことだけは確信できる)
それだけでも俺の不安な心は軽減された。
「……それにしても、保健室の扉って薄いのね。あなた達の声がほとんど丸聞こえだったわよ」
……マジか
「さっき瑠夏が威勢よく平野さんを論破した声も、平野さんのわけのわからない推理も、なにもかも聞こえていたわよ」
「か、門矢さん……紫苑たちの話、どこから聞いていたの?」
「スマホ落としたって辺りからよ」
よかった。さっきの紫苑の変な行動は聞かれてなくて……いや、もし聞いていたら、ドア突き破ってでも入っていたよな。
「じゃあ、ちょうどいい。門矢さん! あんたは瑠夏のお茶に睡眠薬を盛ったの?」
「お、おい紫苑いい加減に……」
「風邪薬は盛ったけど……」
……え?
「な、なにわけのわからないこと言ってるの!? 睡眠薬じゃなくて風邪薬を盛るって……」
「はあ、これ以上隠してもしょうがないわ……盛ったわ。瑠夏のお茶に」
えぇ!? マジか……マジのマジか。なんのために?
「……もう一段階くらいごまかすと思ったけど、まさかこうもあっさり白状するなんて」
質問をした張本人である紫苑も拍子抜けしていた。
「なんでそんなことしたの? すべて聞かせて」
「それは、瑠夏を眠らせて私の家にお泊りをさせたっていう事実を作ろうとしたからよ…ほかに、瑠夏のかわいい寝顔の写真をこっそり撮影したり……それをホーム画面に設定したり」
(聞いているこっちが恥ずかしいよ……俺、寝ている間にそんなことされたのか)
門矢さんは淡々と理由を話し始めた。紫苑もいちいち目くじらをたてず、黙って聞いていた。
――このワードを聞くまでは……
「ねえ平野さん。すべて聞かせてと言ったわよね?」
「う、うん……」
その瞬間、微かに彼女はニヤッとし、こんなことを言った。
「私、瑠夏に……彼氏につばつけたのよ」
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