救世主現る
意識が朦朧としている中、誰かの声が耳に入ってきた。
「おわあ!? なにをやってんだ! 平野! 瑠夏から離れろ!」
「痛っ……」
「生きてるか!? 瑠夏!?」
その声の主は紫苑を力づくで、引き離したらしい。なぜそう思ったかというと、首を絞められる感覚が一瞬で消え、少しずつ酸素が体に入ってきたからだ。それと同時に、押さえつけられていた身体が身軽になってきた。
「はーっ、はーっ……」
さっきまで吸えなかった息を取り戻すかのように、俺は短い呼吸を何回も何回もした。
「あ、ありがとう……充希か」
「ああ、俺だ。事情は分からんが、お前が平野に殺されそうになっていたから、思わずぶっ倒してしまったぜ。そしたらあいつ、机の脚に頭ぶつけて、気絶した」
「偉く説明的だな……」
「で、そんなことより大丈夫か?」
「うん……なんとか」
本当は完全に大丈夫というわけじゃなかったが、助かったことは事実なので、俺はそう答えた。
「ごめんね、助けてあげられなくて……」
「いや……門矢さんが謝る必要はないよ」
「でも! もし、三葉君が来なかったら、私……大事な彼氏を失っていたかも知れないのよ! 離れたくなんかないよ。やっと……やっとあなたと付き合えたのに!」
彼女は瞳を潤ませながら、俺に抱き着いてきた。
「……確かに死にかかったけど、今はもう大丈夫だから。だからもう、泣かないでくれ」
俺は泣いている門矢さんの眼鏡をそっと外し、ハンカチで涙を拭いてあげた。
「うっ……うっ……」
「よしよし」
それでも泣いているから、少しでも彼女の心を落ち着かせようと、頭をそっと撫でた。
「まぁ、とにかく無事でよかった……それはそれとして」
安堵の表情を浮かべていた充希は、一瞬で険しい表情に変わり、立ち上がった。
「おいお前ら、確かに第三者から見たら、この光景は面白いと思う。タイッターとかオーチューブとかに投稿したらバズることは間違いなしだ。だが、本人からしたらこの状況は面白くもなんともないし、命の危機だったかも知れない。だから今後こんなことが起こったら撮影なんかしてないで、助けることを考えろ! 俺の親友が危うく死ぬところだったんだからなっ!」
充希はクラスメイト達にそう呼びかけた。俺たちを助けなかったどころか、あんな行為をしていたことが許せなかったのだろう。
「す、すまん……流川、門矢さん」
「こんなドラマでしか見たことないような修羅場見て、舞い上がっちゃって」
「確かに、首とか絞められている人見たら、普通助けるよね。ごめんなさい」
「実は俺、門矢さんと付き合える上に、可愛い幼馴染からも好かれている流川のことが羨ましくて、つい死んでほしいと無意識に思ったのかもな。すまない」
おいちょっと待て。今の言葉だけは聞き捨てならないぞ! 無意識にそんなこと考えるって……サイコパスか!
「とりあえず、俺は平野を保健室へ連れて行った後、然るべき対処をしてもらうように生徒会長にかけあってみる。瑠夏も保健室行った方がいいと思うが……今、お前らを二人きりにすると危険だから、もう少し我慢してくれ。すまない」
「待って充希、そのことなんだけど……」
「ん?」
「……俺が紫苑を連れて行っていいか?」
「「はぁ!?」」
当然だが二人はこんな反応をした。ここまでは予想通りだ。
「頭おかしいのか!? さっきまでお前を絞め殺そうとしたやつを、お前自身が側に置くなんて!?」
「そうよ! それに私以外の女と保健室なんて……ああ、いったいなにをするつもりなの!? 場合によってはただじゃおかないわよ!」
充希、お前の言い分は至極真っ当だ。門矢さん、君はなにを言ってるんだ……
「そうじゃないんだ。俺は死ぬつもりもないし、ましてやいかがわしいことをするつもりもない」
「いかが……!? はっきり言わないでよ!」
「ただ、紫苑と話し合いたいだけだ。こいつも、口では言いたいことがたくさんあったんだけど、思わず手が出ちゃっただけだと思う。それに、このままだと俺の心もモヤモヤが晴れないんだよ。だから俺は紫苑がなにを考えてるか、本音が聞きたいんだ」
「そ、そう……」
「だから、お願いできるか?」
「正直私は反対よ。また首絞められるかも知れないし……でも、瑠夏がそうしたいなら、いいと思う」
「え……」
彼女の意外な答えに、俺は思わず拍子抜けた。もっと強引に反対すると思っていたからだ。
「それに、このままこの問題を放置したら、それこそ瑠夏の命が危ないし、もしくは八つ当たりで三葉君が殺される可能性だってあるかも知れないわ」
「え!? 俺!?」
「もし大変になったら、すぐに私に連絡しなさい。はい、あなたのスマホよ」
「ああ、ありがとう……」
あれ? なにかおかしい……
「どうして門矢さんが俺のスマホを持っているんだ?」
「えっ、あっ……き、昨日坂であなたがスマホ落としちゃったから、拾ってあげたのよ。で、でもあなたすぐに寝ちゃったから、渡すタイミング失っちゃって。ははは……」
「気づかなかったよ。ありがとう」
「い、いえいえ! じゃあ、頑張ってね!」
「おう。よいしょっと……」
紫苑を抱えて思ったことがある。意外に軽いな。それに、よく見たら体つきも細いし、肌も雪みたいに白いし、唇もプルプルしてる……あの凶行と俺にベタベタする癖さえやめたら、絶対モテモテだろうな。
「瑠夏、やましいこと考えてない?」
「えっ、いや……そ、そ、そんなことないよ!?」
「怪しい……けど、話は後でゆっくり聞いてあげるわ。今は平野さんを保健室へ連れて行きなさい。先生には私から言っておくから」
「ああ、行ってくる」
こうして、黙っていればかわいい幼馴染を抱えた俺は、保健室へと向かった。
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