門矢家の食卓
「どうしたの、瑠夏?」
門矢さんは既に食卓に腰かけていた。食卓の上に乗っていたのは、美味しそうな見た目をした料理たちだった。こんがり焼かれたトーストにまともなドレッシングがかけられたサラダだ。おおよそ、俺が食べた生物兵器とはかけ離れたものだ。
「お母さんが仕事に行く前に作ってくれたのよ。本当は私が作りたかったんだけど、先に作られちゃって……」
お母さんナイス!
「って、ちょっと待って。二人分あるってことは……」
「ええ。お母さんにあなたのことは、告白したその日のうちに話したわ」
「マ、マジか……」
「大丈夫よ、かしこまらなくて。お母さんは不束な娘ですが、よろしくお願いしますって言ったから」
なんか俺、外堀固められてない?
「それよりも、ごはん食べましょう」
「おっ、そうだな」
「「いただきます」」
俺たちは手を合わせ、お母さんの食事をありがたく頂いた。その味は……
「めっちゃうまい! うまい!」
紫苑の料理といい勝負だ……
「そうでしょ? お母さんの料理美味しいでしょ?」
「うん!」
「昨日私があげたクッキーとどっちがおいしい?」
「そりゃあ……え?」
なんの前触れもなくそんなことを聞かれて、思わずお母さんの方がおいしいと言いそうになってしまった……危ない危ない。
「な、なんでそんなこと聞くんだよ……?」
「私のクッキーより美味しそうに食べているように見えたからよ!」
そりゃあそうだろ! あの兵器と比べたらな! と思わず口に出したくなったが、心の中に思いとどめた。
「ねぇ、これって怪しくない?」
「ん? なにが?」
「もしかして私のお母さん、瑠夏のこと狙っているのかも!? 手料理で釣って……胃袋を掴んで!」
「え?」
「瑠夏、気をつけてね……それと、もしもお母さん。いや、それだけじゃないよ。他の女に少しでも心が揺らいだら、許さないから」
と、虚ろな目をした彼女は、力強く俺の手を握ってきた。痛い痛い!
「門矢さん、分かったよ! でも、そんなことは絶対に起こらないから! 娘の彼氏を寝取ろうなんて……」
「百無いなんて言いきれないでしょ……お母さん離婚してるから、ワンチャンあるし。それに、再婚相手の連れ子と結婚したり、親友の母親と結婚した有名人でもいるでしょ?」
ああ、もうキリがないな……
「大丈夫! 俺は門矢さん一筋だから! そんなことはあり得ないよ! だから、手を放して……痛いし」
「ああっ、ごめんなさい! 私ったら、いつの間に……骨とか大丈夫?」
「うん、それは大丈夫だけど……めっちゃ痺れる」
「本当にごめんなさい。お詫びと言っちゃなんだけど……」
と、言いながらまた俺の手を握ってきた。なにをする気なんだ? 今度こそ握り潰すってことも……と、警戒したが、そんなことはされなかった。
「手のマッサージって、これで合っているかな?」
彼女は俺の手を揉みはじめた。
「俺、やられたこともないしやったことないから分からないけど、正解だと思うよ。気持ちいいし……」
揉まれている感覚は勿論だが、この気持ちいという言葉はもう一つの意味もある。それは、彼女の指が柔らかいということだ。
――昨日はずっと手を繋いでいたから、それは十分に堪能した。だが、それとは別の感覚を味わっていた。一本一本の柔らかい指が俺の手を刺激していく……まるで、彼女に支配されているようだ。
(決して俺がMだとかそういんじゃないからな! うん!)
「こうしていると、まるで私が瑠夏を支配下に置いているみたい……それも悪くないかも? ふひひひっ」
考えていることは同じだった。もう一度言う。俺はMではないのだが、逆に門矢さんはもしかしたらSなのではないか疑った。なぜなら、はじめて聞く恐ろしい笑い声のほか、部下を虐げている女王のような快楽的な笑みを浮かべているからだ。
「あの、マッサージしてくれてありがたいんだけど……飯食わないと」
「でも、手大丈夫? 食べられる?」
「大丈夫。もう痺れていないから」
それに、これ以上揉まれたらお互いなにかに目覚めそうだしな……
「ならよかったわ。私、意外と手マサの才能あるかも……」
「ん? 手マサってなに?」
「え? 手のマッサージの略だけど……」
「変な略称の仕方をするなっ!」
「えー、いいじゃない~」
「いや、名前がダサいよ……」
「あはははははは……」
ひと悶着こそはあったが、俺は門矢さんの母の料理を堪能した。
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