一難去ってまた一難
「いててて……あっ、か、門矢さん!?」
俺はその巻き添えをくらい、また共倒れになってしまった。第三者視点から見ると、今度は門矢さんが俺を押し倒しているような構図になった。だから、周りの目が気になってしょうがない……
「あっ、瑠夏。ごめん……」
「いや、これは事故だし、大丈夫。でも、どいてくれないと起き上がれない……」
しかし、彼女は一向にどく気配はない。
「はぁ……はぁ……」
それどころか、彼女の鼻息が俺の顔かかっている気がした。いや、気がしたとかじゃない。これは事実だ。だって……
「はぁ……はぁ……」
――門矢さんの目が爛々としていたからだ。しかも、思い切り俺に顔を近づけている。顔と顔が近い。今、無理矢理にでも起き上がったら、キスしそうな勢いだ。もしくは、オデコ同士がぶつかるかのどっちかだ。
「あの……聞こえなかった? どいてくれない?」
「私今、瑠夏を押し倒しているなぁ。さっきは押し倒されたけど、逆の立場になるのも悪くないなぁ……身動き取れなくて困惑してる瑠夏、可愛いなぁ。このまま動けないところを、このまま」
彼女は妖艶な笑みを浮かべつつ、舌なめずりをし、俺の口に近づいて来た。まさか、待って! 心の準備が!
「……と、言いたいところだけど。公衆の面前でそういうことをするのは私らしくないし、なにより、はしたないわね」
と、思いきや寸でのところで動きを止め、顔を遠ざけ、なにごともなかったかのように立ち上がった。
「ほら、瑠夏」
「あ、ありがとう……」
門矢さんから差し伸べられた手を握り、俺は立ち上がった。
「えへへ……びっくりしたかしら?」
「び、びっくりしたっていうか……緊張したっていうか、慌てた」
俺の胸の鼓動は、まだ鳴りやんでいなかったが、今目の前にいる女の子のいたずらっぽい笑みを目の当たりにし、余計にそれが早くなった。やべえ……可愛い。
――でも、さっきの別の笑みが俺の脳裏に焼き付いていた。
「い、今の、半分本気だっただろ?」
「え? なんのことかしら? ちょっと驚かそうと思っただけよ」
(ちょっとでは済まないんだよな……)
「からかいすぎちゃったかな? ごめんね」
電車はまるで俺たちを茶化すかのように、小刻みに揺れていた。
『まもなく次の駅に到着します』
ここでアナウンスが聞こえて来た。はぁ、ここでいっぱい人が降りてくれたらいいんだけどな……そうすれば、目的の駅まで座れるし。
なにより俺たちが気まずくなくなるし……
『三番線、凄井駅に到着しました。駆け込み乗車はご遠慮ください』
そんなことを思っているうちに、電車が駅に着いた。多少の人間は降りたが、ぞろぞろと一気にというわけではなく、せいぜい三、四人程度だ。
「……全然人降りないじゃん」
そうポツリとつぶやいたとき、急に手を引っ張られた。
「瑠夏、ここで降りよう!」
「ちょっ……え? いきなり!?」
「あんな醜態晒しておいて、のうのうと電車に乗り続けられないわ!」
さっきノリノリで事態をややこしくしたお方が、言うか!? と突っ込ませる暇のないほど、門矢さんは勢いよく俺を引っ張りつつ、電車から降りた。
「……ふう、ようやく気まずい地獄から解放されたわ」
「そ、そうだね……」
どうやら彼女も俺と同じ気持ちだったようで安心した。
「で、次の電車が来るまで待つの?」
「それもありだけど……歩いていきましょうか!」
「あ、歩く……? でも、遠くない? どれくらいかかるの?」
確かに運動もできる門矢さんからしたら、遠い場所から歩いて帰るのはなんてことはないと思う。だが、もし距離があるなら俺の気が遠くなりそうだ。だから、念のため聞いてみた。
「大丈夫よ。多少時間はかかるけど、歩いて行ける距離だから」
「お、おおよそ何分?」
「うーん、一時間くらいかしら?」
(い、一時間か……)
結構遠いな……でも、俺は彼女を送るという使命があるんだ! そもそも、このことは俺から言い出したことだ。最後まで投げ出さず、やりとげるんだ!
「瑠夏、大丈夫? もし遠いなら次の電車まで待つ?」
「大丈夫! どんなに遠くても、門矢さんを家まで送ってみせるよ!」
「た、助かるわ……でも、私からしたらただ家に帰るだけだから、そこまで気合いを入れなくてもいいのよ?」
困惑する彼女をよそに、俺は続けた。
「いや、俺は覚悟を決めたよ。確かに君からしたら家に帰るだけかもしれない。でも、俺にとっては大切な人を安心安全に送り届けるというミッションなんだ。だから俺は、最後まで責任を取って、このミッションを達成してみせるよ」
「そ、そう……ありがとう」
俺の力説に彼女は困惑していた。や、やばいな。ちょっと熱すぎたか?
「い、いざ大切な人って面と向かって言われると……恥ずかしい」
「あっ……ごめん」
「ううん。恥ずかしいけど、それ以上にうれしいわ」
俺が彼女といる時間は、まだまだ続きそうだ。
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