急停車します。ご注意ください
「で、乗る方はどっちだっけ?」
「ちょっと!? 聞いてなかったの? 二番線よ」
「ご、ごめんって……」
「やっぱりぼーっとしてたのね……」
あんなことされてぼーっとしないほうがおかしいから……
「電車が来るまで五分か……まだかかりそうね」
俺たちは時刻表をちらっと見た後、電車を待つためベンチに腰掛けた。
「でもまぁ、遅刻するよりはいいじゃん。それに五分って、そんなに長くないし……」
「早く家に帰って休みたい私としては、もっと早めに来てもいいと思うんだけどね。待ち時間一分とか」
「いや、それは短かすぎだろっ!」
「そう?」
早く家に帰りたい……そんなワードを聞いた俺はまたあることに気づき、それを彼女に聞いた。
「そういえばさ、門矢さんは部活に入ってないの?」
「入ってないわよ。そもそもこの学校、九割運動部じゃない。数少ない文学部も演劇部とか、ダンス部とかいずれも身体を動かすやつだし、私身体動かすのは好きじゃないのよね」
「なるほど、確かにそうだね。俺も同じ理由で部活入らなかったし……でも、門矢さんは運動できるじゃん」
「そうかしら? まぁ、先月体験入部とかしたけど、いずれも私の環境にあってなさそうだったし、結局断念したわ」
「そっか……」
心なしか、彼女は悔しそう唇をかんでいる。そんな風に見えた。
「結局どんなに実力があっても、一番大切なのは人間関係なのよ。特にスポーツはチームでやるものだから、特に人間関係は必修科目よ」
「この年でそういう考えできるなんて、すごいな門矢さん……」
「別にそういうわけじゃないわ。面倒なことをやりたくないだけよ」
「そ、そう……でも勉強はしているじゃん」
「そりゃあ確かに勉強は面倒なことだけど、必要なことよ。まぁ、きっかけは不純なものだったけどね」
「え?」
「ううん。そんなことより、電車が来たわよ。乗りましょうか」
「おう」
電車の中は放課後の時間であることも関係しているのか、座る席が一席も見つからなかった。幸い、朝の通勤ラッシュのようなすし詰め状態というわけではないが。
「……どこも座れない」
「別にいいわよ。二駅だけだし」
「でも門矢さんゆっくり休みたいって……」
「でもまあ、登校するときよりマシよ」
(やっぱり朝はすし詰めの電車に乗っているんだな……強いよ。門矢さんは)
とか考えているうちに、発車メロデイがホーム中に響き渡った。
『二番線ドアが閉まります。ご注意ください』
そのアナウンスの直後、ドアが閉まり、発車した。その瞬間
「うおっ!?」
手すりを掴んでいなかった俺は、その影響でバランスを崩した。
「うおっぷ……」
顔に当たったものがクッション代わりになったことで、転ばずには済んだ。てか、これクッション以上に柔らかいぞ。
「……瑠夏」
「……え?」
ここで聞き覚えのある、冷徹な声が俺の耳に入った。
「幾ら恋人同士でも、付き合ってすぐにおっぱいにダイブはやめて。これでも私はガードが堅いんだから」
「あわわわわわわ! ご、ごめん! でも、これは不可抗力で……」
慌てて顔を門矢さんの胸から遠ざけた。まさか、門矢さんの胸にダイブしているとは思わなかった……。
「すげえ柔らかかったな……」
「え、なに? 不可抗力だったら触っても許されるって思っていたりするの? というか今、柔らかかったとか言わなかった?」
「いや……その……」
やばい。また思ったことが口に……ああ。彼女の据わった目が怖い。どうやったら許してくれるかな? 冷や汗が俺の身体全体に伝わってくる。
「ふふ……ふふふふふふ」
「え……?」
すると突然、門矢さんが笑い始めた。さっきまでの顔とは正反対だ。急に鬼が天使になったような豹変ぶりだ。
「冗談よ。ちょっといじわるしたくなっちゃっただけよ。ただの事故なら、怒らないわよ」
「そ、そう……冗談ね。冗談……冗談か」
俺は安堵しつつ、落ち着きを取り戻すかのように同じ言葉をなんども繰り返した。
「むしろ瑠夏になら、触られてもいいかな……私のおっぱい」
と言いながら彼女は頬を赤くし、胸を強調するかのように腕を組んだ。
「いやいや、なに言ってんだよ!?」
そんな風に言われて、俺はまたアワアワした。今度はただの汗が身体全体に伝わってきた。その時
『急停車します。ご注意ください』
「え? うわっ!?」
「きゃっ……」
このアナウンスの直後、突然電車が止まり、その影響で車内に大きな揺れが来た。、俺は対応できず、門矢さんを巻き込み、派手に倒れた。
「ご、ごめん門矢さ……ん?」
なんと、俺が門矢さんを押し倒したような格好になってしまった。恐らく、一緒に転びそうになった際、俺が彼女を潰すまいと、地面に手が付くように腕を伸ばしたことで、このようなことになったのだろう。
「えっと……あの」
「あの……瑠夏、公衆の面前でなにするつもりなの? まだ私、心の準備が」
彼女の顔は全体がりんごのように赤くなっており、涙目になっていた。そして、か弱い涙声になっていた。
(いや、なに誤解してるの!?)
俺は心の中で叫んだが、恋人に押し倒されたとなると、そこから先はどのようなことをするのか。そんなことを考えていると……
『瑠夏、おいで……』
『門矢さん……』
なぜか俺と門矢さんが愛し合っている場面が頭の中に流れ、慌てて起き上がった。
「ご、ごめん! マジでごめん! えっと……これは、その」
そして言い訳の言葉を混乱している頭で考えたが、結局思いつかなかった。そして、恐る恐る辺りを見回すと、他の乗客があからさまに俺たちから目を背けていた。
完全に誤解されているわ……これ。
「瑠夏……こういうのは、やる場所を考えなさいよ。周りの人から注目を浴びちゃって恥ずかしいわ」
門矢さんも起き上がり、俺の耳元に口を近づけ、小声でそう言ってきた。
「いや……俺、そんなつもりなくて、電車が突然止まって、その……」
『急停車して申し訳ございません。ただいま、この付近の踏切の安全装置が動作しました。現在確認を行っております。恐れ入りますが、少々お待ちください』
俺が言い訳をしている間に、再び車内アナウンスが流れた。
「そんなこと、分かっているわ」
「えっ、でも……」
「いいの。私も少しだけ舞い上がっていたわ……ただ」
「……例え事故や不可抗力だとしても、私以外の女のおっぱいにダイブしたり、押し倒したりしちゃだめよ」
門矢さんは俺の腕を強く握り、耳元でそう囁いてきた。
「わ、分かりました……」
口調こそは穏やかだが、少し重みのある声色が、俺の耳の中から侵入し、頭の中でそれが繰り返し響いた。まるで、冷たい氷を入れられたような感覚だ。
改札に入る直前にされたことと、似て非なるものであった。同じことをされていたはずなのに……
『お待たせしました。間もなく運転が再開します。もうしばらくお待ちください』
(やっとか……さっさと駅に着いてくれ。久しぶりに乗った電車でこんな思いするのはごめんだからな。てか、今こうなっている時点でしばらく乗りたくなくなるぜ)
と心の中で毒を吐き出しつつ、ため息をついて数秒後、電車が動き出した。
「あっ、ごめん瑠夏!」
「え? う、うわあ!?」
動き出した途端、電車はまた大きく揺れた。その直後、今度は門矢さんが俺に向かって倒れて来た。
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