ナンパは自分磨きをした後にやるべし

「瑠夏、大丈夫よ」

「ん!? ちょっ……なに!?」


 すると、急に門矢さんが俺を抱き寄せてきた。待って!? なんか、すごく柔らかいのが当たってるんだけどおおおおおおおおおおおお!?


「大丈夫よ……いつかまたその子と会える時が来るわ。それに、もしかしたらイメチェンしているだけで、案外近くにいるかも知れないわよ?」

「そ、そうかな……会えるかな?」

「ええ。きっと会えるわよ」

「……だといいな。というか、ごめんな。なんか暗くなっちゃって」

「なに言ってんの? そもそも根掘り葉掘り聞いたのは私だから、そんなの気にしないで。たとえ相手が女の子でも、私は怒らないわ。というか、なんとなく女の子だって気づいていたし」


あっさりとした表情で言われた。とはいえ、油断はできない。他の女とは言ったが、俺に纏わりついている紫苑を特別目の敵にしているのだけなのかも知れない。だから、やつの名前は出さないようにしよう。紫苑のためにも。


「あっ、瑠夏着いたわよ」


 そうやって会話をしている内に、俺たちは駅に着いた。


「じゃあ、私ここで待ってるから、チャージしてらっしゃい」

「おう、分かった」


 そして、近くにある切符売り場へ行き、ICカードに千円をチャージした。


「……まさか百十円だけ入っていたなんて。ギリ改札入れないパターンじゃねえか。あぶねえあぶねえ。もし油断してチャージしないまま改札に入ろうとしたら、改札に引っ掛かってカッコ悪いとこ見せてしまうかもしれなかったな……」


 俺は心底ほっとしながら、愛しの彼女のいる方を振り返った。


「か、門矢さん!?」


 振り返った俺の目に入ったのは、制服を着崩し、派手な髪にじゃらじゃらとチェーンをつけている三人の男たちが、門矢さんを囲うようにいた。


(ナンパか? 確かに門矢さんは美人だ……だがな!)


俺は躍起になり、そこへ向かって走りだした。多分、今までの人生の中でもっともはやく走ったと言っても過言ではない。無駄に気合いの入っていた小学校時代の運動会のかけっこ競争以来だ。


「おい! その子は俺の彼女だぞ!」


 俺は門矢さんの手を強く握り、男たちに向かって声を荒げた。今までの俺だったら怖気づいてそんなことを言えなかっただろう。そう思うと、彼女パワーってすごいな。


「あ? なんだ?」

「俺たちの邪魔をしようってのか?」

「おいおい、仲間に入れてほしいのか?」


 ……いざ三人の派手男に睨まれたんじゃ、少し怯みそうになるな。それにこの制服、喧嘩だけが取り柄と言われている矢場杉高校じゃねぇか。まともにやりあっても勝てない。


「ならば……ちょっと走るよ!」


 俺は門矢さんの手を握ったまま、高速で走り出した。


「あっ、おい!」

「逃げるな!」

「待ちやがれ!」


 後ろからなにか聞こえるが、そんなのは関係ない。こういうのは逃げるが勝ちだ。


「ちょっ、ちょっと瑠夏!?」

「門矢さん! 大丈夫! あの改札越えたら、多分入ってこられないよ! 強引に入ってくるなら、駅員に止められるだろうし!」

「違う、そうじゃないの!」

「うおっ!? だっ!?」

 門矢さんは突然立ち止まり、さらにぐいっと腕を引っ張ってきたため、俺は派手に後ろから転んでしまった。ケツいた!


「いてててて……」

「私、あの人達に道案内していたの!」

「え……?」


どういうことだ!? 状況が呑み込めないぞ!? 俺は言われた言葉の意味を仰向けのまま考えていると、さっきの男たちがやって来た。


「いやー、すみません。俺たち、駅近にオープンしたサタバを探していまして……」


「急に道案内の邪魔されたんじゃ目的地にも行けないから、ついあんたを睨んじゃったんですよ。すみませんでした」


 さっきとは打って変わって、気まずそうに謝っている派手男たちを見て、俺はぽかんとした。


「え……本当に、道案内?」

「だからそう言ってるじゃない」

「す、すみません! もしかしたら僕の彼女がナンパされているんじゃないかって思ってしまいました!」


 申し訳なさと恥ずかしさで頭が一杯になり、俺は派手男たちになんども頭を下げ、謝った。


「いえいえ! いいんですよ」

「そもそも、こんな格好している俺たちが悪いですし……」

「それに、矢場高の制服着てるから、そう思われても仕方ないですよ」

「いやいや……学校と見た目で判断した俺が悪いですよ」

 申し訳なさそうにしおらしくなっている派手男たちを見たことで、俺はさらに申し訳ない気持ちになった。


「いやいや。もう気にしないでください……で、サタバはどう行くんでしたっけ?」

「東口を出て、すぐのところにあるわ。そこを出た時点でもう見えるから、後は案内するまでもないわ」

「「「ありがとうございます!」」」


 派手男たちは一斉に頭を下げた後


「そういやあんた、今から彼女さんとデートですか?」

「頑張ってくださいよ!」

「楽しんでくださいね!」


 大声でエールを送ってきた。恥ずかしい気持ちもあるが、同時に彼らの優しさも身に染みた。


「あ、ありがとう……ございます」

「はい! では、俺たちも楽しんできます!」


 そして、男たちは爽やかに去って行った。


「いい人たちだったね」

「そうよ。人は見かけによらないんだから」

「面目ない……俺としたことが」

「でも、私のこと助けてくれたんでしょ?」

「あ、ああ……」


 そして、俺の耳に門矢さんの口が近づき……


「……かっこよかったよ」


 耳元でそうささやかれた俺は、身体がぞわぞわし、顔から身体にかけて、全身が熱くなった。


「お、おう……ありがとう」

「ふふっ……」


 心なしか、囁いてきた張本人も、少し顔を赤らめているように見えた。


こうして、俺の勘違い騒動は終わりを告げた……が。


「わ、私たちが乗るのは二番線だから……左側よ! さ、行きましょうか!」

「……うん」

 駆け足で先に改札に入った門矢さんの後を追うように、俺は上の空のまま、改札を通ろうとした。そのとき


『もう一度タッチをお願いします』

「あっ……」

「ちょ、ちょっと瑠夏!?」


 俺はぼーっとしているあまりタッチを忘れ、結局改札に引っ掛かってしまった……カッコ悪いな。

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