言い訳と誤解
「家に帰りたくない? どういうことだ?」
放課後、俺は教室を出ようとしている充希を呼び止め、相談をしていた。
「もしかして、帰宅恐怖症か?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……あいつに見つかったときの対処法が分からなくてさ」
「あいつって……平野か」
「ああ。紫苑、あの後家に帰ったんだよ。さっき、紫苑の姉さんから電話かかってきてさ」
「平野のやつ、授業抜け出したと思ったら帰っていたのかよ……」
「でもさ。別にお前の家にいるわけじゃないんだし、よくね? 家にこもっているなら、見つかりはしないだろ」
「いやいや……あいつとは家隣同士なんだよ。それに、俺の部屋が紫苑の部屋の窓越しで丸見えなんだよ」
「なるほどな。でも、これはお前がまいた種なんだから、お前自身が責任をもって処理するべきだ。だから、さっさと家に帰って平野と話し合いをしろ」
充希の言葉は至極真っ当だ。返す言葉もない。でも、本当だったら言われるまでもなく俺もそれをやるつもりだ。
――一人で帰宅していれば……の話だったら。
「実は今日、門矢さんが俺を家の前まで送るとか言い出したんだよ。そんな様子を万が一見られたら、怒り心頭だろ? 今日は俺が脛を蹴られるだけで済んだけど、門矢さんに何かしらの危害が加えられると思うと、不安でしょうがないんだ」
「ああ、そういうことか。それならやり方は簡単だ。逆にお前が彼女を家まで送ればいい。それなら多少遠回りもできるし、好感度も上がって一石二鳥だろ」
「好感度……? でも、付き合ってまだそんなに時間も経ってないんだぞ? むしろ怒らせるリスクもあると思うが……」
「ったく、お前は言い訳をベラベラと……まぁ、いずれにせよお前は家に帰らんと行けないから、そこはまぁ自分で考えろ。どのみち、遅かれ早かれ恋人の家に行くことは確定事項だからな」
「あ、後さ!」
「ん? なんだ?」
「……今日の昼に食べた門矢さんのクッキー、コゲみたいな味でお世辞にも美味しいとは言えなかったんだよ」
俺は周りに聞こえないよう、充希の耳に口を近づけ、こそっと小声で話した。
「それにお前以外の男子からの視線は痛いし……バラ色の生活どころか心が休まらない。むしろ俺の胃がストレスでマッハだよ」
「そんなの、知るか」
「え?」
「俺にそんなこと相談してどうする? 言えることはそうだな……美人と付き合う代償と考えれば、どうとでもないだろ? じゃあ、俺サッカー部の練習あるから」
「お、おい! もう少し親身になってくれよ!」
俺の引き留めに耳も貸さず、充希はそそくさと教室から出て行った。全く、なんて薄情なやつだ。
「瑠夏、三葉君との話は終わった?」
「う、うん……一応、終わったよ」
門矢さんは俺と充希の会話している様子を遠くからずっと見ていたのだ。そして、話が終わった直後、俺に近づいてきた。
「ねえ瑠夏、ひとつ聞いていいかな?」
「ん? なに?」
「さっき三葉君とどんな会話していたの?」
「えっ……いや、普通に友達としての会話だけど? 部活の話とか、充希の悩みとか……」
紫苑の名前とか口に出したら、絶対怒るから言えないよな……
「……本当に?」
「本当に本当だよ……」
ああ。まただ。さっきの怖い目をしている。俺はそれを見て、身体中に冷や汗が流れるような感覚に陥った。
もしかして、紫苑の話が耳に入ってしまったのだろうか?
「さっき、三葉君の耳に口を近づけていたでしょ?」
「ああ……うん。そうだけど? それが?」
「私の前でそういうことするって……どういうつもり? 私はもういらないってこと? 私なんかよりも、三葉君のほうがいいってこと……? 答えてよ……ねえ、答えてよっ!」
「……っ」
と、門矢さんは急に叫んだ。目の前で叫ばれるもんだからキーンという音が俺の頭の中で響き、少ない生徒が残っている教室中が静まり返った。
「あの、門矢さん……なにか勘違いしてない?」
「……勘違いって、なによ?」
門矢さんの目には、涙が浮かんでいた。俺が同性の友達と会話するだけでそこまでなるか……?
「俺と充希はそんな関係じゃなくて……ただ、あまり口では言えないことを相談していただけなんだよ。だから、その」
「な、なーんだ。そうだったの? てっきり三葉君とそういう関係かと思ったよ」
「えっ、うん。そうだよ」
スンッと感情を切り替えた門矢さんに驚きつつも、俺は話をつづけた。
「まぁ、男同士女同士のカップルも存在するけどさ……少なくとも、俺と三葉はそんな関係じゃないから」
「うん……納得はした。したけど、いくらなんでも距離が近すぎじゃない?」
「それは同性故の距離の近さだよ」
「ならいいけど……」
あれ? 納得してなくない?
「じゃ、じゃあさ。私にももっと距離を近づけなさいよ! 三葉君と接するときみたいにさ!」
って、言われても……まだ付き合いたてだから分からないんだよな。
「さっき三葉君にやったみたいに、私の耳にふーふーしなさいよ!」
「あれ!? まだ誤解されてない!? ふーふーなんかしてないけど!?」
――クールな優等生とは程遠い発言だな……と心の中で思った。
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