幼馴染の姉
「……おい、なんだよこれ」
爪楊枝の先についていたのは、白い固く鋭いものだ。俺はそれを恐る恐る触ってみると、指にチクリと刺さるような感覚がした。
「これ、食べカスじゃねぇ……爪か? だとしたらなんで爪が……俺、爪噛む癖とかないのに?」
これがもし本当に爪で、それがクッキーに混入しているとしたら、じわじわと俺の心の中に恐怖心が沸いてきた。
(ま、まぁミスで入れた可能性もあるだろうな。不器用な仕上がりだし?)
と、思うようにしながら、爪のついた爪楊枝をゴミ箱に投げ捨てた。
ーーはぁ……こんなことはさっさと忘れよう。
「ま、まぁとにかくオブラート2、3枚くらい包んで真相を聞こう。それが一番の近道だとしたら」
と、考えていると、ポケットに入っているスマホが鳴った。
「誰だろう……? もしもし?」
「もしもし?」
『あっ、もしもしるーくん?』
「あっ、しお姉どうしたの?」
電話をかけてきたのは紫苑の姉、平野紫織だった。妹・紫苑と同じく昔からの付き合いで、俺にとっては姉のような存在だ。
『ねぇ、聞いてよ。突然紫苑が泣きながら帰ってきてさ。あんたら、まだ授業じゃなかったっけ?』
「し、紫苑が……そ、そう。よかった」
『よかったって、どういうこと?』
「実は朝、突然教室から出て行ったからどこ行っているか、心配になっちゃってさ。とにかく、帰宅してるならよかった」
『いや、よくはないよ!? 話しかけても放っておいての一点張りだし! 紫苑、なんどもなんどもるーちゃんの馬鹿とか言ってたから、あんたがなにかしたことだけは確かなんだからね!』
「は、はい……分かりました」
『じゃあ、そういうことだから! じゃあね!』
「あっ、うん……」
これは、ますます面倒なことになってるな……あの時門矢さんを止めて、隠れて付き合おうって言えばよかったかな? そうしたら、彼女も、紫苑も楽だったかもしれない。と俺は少し後悔していた。
「……でも、隠すのもよくないよな。門矢さんや紫苑にとっても」
と、つぶやきながらトイレから出ると……
「隠すって、なんのこと?」
「う、うわあ! か、門矢さん!? なんで!?」
「遅いから迎えに来たのよ。で、誰と電話してたの?」
「あっ、いや……近所の人と電話していて」
「ふ~ん。じゃあ、どうして平野さんの名前が出てくるの?」
「えっと……」
おいおい……まさか会話まで聞かれたか? もしかして、ずっと外で待ち構えていた?
「ねぇ、どうして私以外の女が瑠夏の口から出てくるの?」
「えっと……電話した相手は」
「電話した相手は……誰?」
門矢さんの目が恐ろしい……怖い。これが蛇に睨まれた蛙ってやつか。門矢さんが蛇で俺が蛙だ。
「えっと……紫苑の姉です」
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」
「……」
下手に隠すのも後々面倒になると思い、俺は正直に電話の相手を口にした。しかし、門矢さんはそれに納得していないのか、はたまた俺のその行動自体をよく思わなかったのか、大きなため息をついた。
「……」
そのため息をついた後、門矢さんはしばらく黙ったまま、俺をさっきより鋭い目で睨みつけた。
「す、すみません……」
「ねえ、なんで謝るの? もしかして、後ろめたいことでもあるの? じゃないと謝らないわよね?」
「……」
余計な事言っちゃったな……この沈黙の場面をどうにか打破しようと、俺が口を開いたのだが、出てきた言葉は謝罪の言葉だった。だって、別の話にそらせない感じだし……
「ねえ」
「な、なんですか……?」
と、俺が悩んでいる間に、門矢さんが口を開いた。
「ねぇ、瑠夏。その平野さんの姉も、本当に姉なの?」
「……え?」
「ねえ、本当に平野さんの姉なの?」
「そ、そうだけど……? なんで?」
「もしかして平野さんの姉を装って、あなたに近づこうとしているとんでもないストーカー女かも知れないわ。外堀埋めるタイプのやつ……あなたの姉を装うのはいつかバレるから、幼馴染の姉のふりをして記憶操作してるに違いないわ!」
な、なに言ってるんだこの人!? 会ったこともないしお姉まで偽物扱いまでして……
「さ、さすがにそんなんじゃないって! 本当にそうだとしたら、俺の親が危機感を感じるはずだろ!? これでも十六年目の付き合いなんだからさ」
「いえ……あなたの両親まで記憶が操作されているかも知れないわ!」
か、門矢さん……真面目そうに見えて急に漫画の世界みたいなことを……
「ごめんなさい……さすがにあなたの近所まで疑うのは無粋だったわね」
と、思いきや今度はしおらしくなり、謝罪をしてきた。
「……」
なんだろう。まるで門矢さんという一人の人間の心の中で、三人以上の人間が暴れているような……そう感じてしまうほど、門矢さんの感情の切り替えが激しいと思った。
「今回の件は、不問にしてあげるわ」
「う、うん……」
「じゃあ、この話はこれでおしまい。教室に戻りましょう」
そして彼女の顔は、さっき教室で見た、にこやかなものに戻っていた。
「……」
「瑠夏、どうして私の後ろを歩いているの? あなたは彼氏なんだから、私と並んで歩きなさい。廊下は三列で歩くのは禁止だけど、二列なら大丈夫よ」
「あ、ああ。ごめん」
門矢さんに言われ、少し早歩きで追いつき、言われた通り横に並んだ。……さっきまでの君が怖かったから、並んで歩くのを躊躇していたなんて言えないよな。すると突然、門矢さんが俺の手を握ってきた。
「え!? ななななな、なに!?」
「なんども言わせないで。あなたと私は恋人同士なのよ? それくらい、当たり前じゃない」
そんな様子の彼女を見て、俺は確信した。どのみちひっそり隠れて付き合うことは許してくれなかっただろうな……と。そして、俺の身体中には、手の温もりと柔らかさが伝わっていた。
(あっ、そういえば門矢さんに聞きたいことがあったけど。まぁ、いいか)
――この後、俺たちが教室に戻った途端、さっき以上に男子たちからの嫉妬の目線を浴びたのは、言うまでもない。
ただ一人、俺の親友はニヤニヤしていたが……
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