付き合っても苦難ばかり

幼馴染の本性

「るーちゃん!」

「うわっ!? だから紫苑、いちいち抱き着くなって!」

「おうおう。お二人さん今日も熱いね~」

 門矢さんの交際が始まった翌日、何の変哲もなかった俺の日常に変化が起きる……と思ったが、そうでもなかった。紫苑が俺にベタベタし、充希がそれを茶化す。いつもと通りの日常である。

まあ、そもそも付き合っていることを誰にも言ってないからな。勿論、こいつらにも。てか、言う必要ないだろと思っていた。

「る・か・わ・く・ん?」

「あっ!? か、か、門矢さん!? いや、これはその……」

 噂をすればなんとやら、門矢さんが俺たちの前に現れた。とてもにこやかな笑顔を見せていたが、その顔にどこか怖さも俺は感じていた。

「門矢さん、なにか用? 紫苑のるーちゃんにちょっかい出したら、許さないんだから!」

「あら、平野さん。あなたにそんなこと言う権利があるのかしら?」

 気性の荒いチワワが吠えたような高い声と氷のように冷たい冷徹な低い声がぶつかり合う……さらに二人の間に火花が散っているようにも見えた。これが修羅場ってやつか……

「おおー! こういう漫画とかアニメで出てきそうな場面に出くわすなんてな! 目に焼き付けるか!」

 戦慄している俺の横で、充希は呑気でアホなことを言っていた。……本当、こいつは。

「とにかく! 紫苑のるーちゃんに近づかないで!」

「へぇ~、彼女である私が近づいちゃいけないの?」

「え、え、彼女? う、嘘だよね、るーちゃん……門矢さんが勝手に言ってるだけだよね! ただの妄想だよね!? そうだよ! 門矢さんが妄想しているだけだよ! 絶対!」

 紫苑は俺に掴みかかり、明らかに動揺した目をしながら、確認を求めた。門矢さんを変人みたいに言うなよ……

「妄想なんかじゃないわ。私、門矢梨音は流川瑠夏君と付き合ってる。これは紛れもない事実よ。そうよね、流川君」

 そう言った後、門矢さんは俺に向かってアイコンタクトをしてきた。

「え……嘘でしょ、るーちゃん! 嘘って言ってよ!」

「平野さん、いい加減にしなさい。流川君が正直に言い辛くなるじゃない。私の口から話すことが信じられないなら、流川君の口から聞かないといけないでしょ?」

「……ああ、そうだ。俺は門矢さんと付き合ってるんだ」

 門矢さんが紫苑を咎めたこともあってか、俺は臆することなく、意外にすんなりと言うことができた。

「紫苑、これは妄想じゃない、俺は昨日、門矢さんに呼び出されて体育館裏に行った。そして、そこで告白をされた。それで、付き合うことになった。隠すつもりはなかったんだ。落ち着て話せるタイミングがあったら明かすつもりで……」

「うわああああああああああああああああああああああ!」

「いっ……」

「る、瑠夏ぁ!」

 えげつないほどの痛みが急に俺の脛に伝わり、俺は倒れそうになったが、どうにか耐えた。

「なんで……なんでなの!? なんであんたがるーちゃんと付き合うの!? なんで!? どうして!? るーちゃんはね! クラスの高嶺の花とかもてはやされて、お高く止まっているあんたなんかより、長い付き合いの紫苑の方が相応しいの! それともなに? もしかしてあんた、るーちゃんをからかっているの? るーちゃんの心を弄んで、彼女のふりとかしちゃっているの? そんでもって他に彼氏とかいるの? この遊び人が!」

「ひ、ひいい……修羅場怖い」

 金切り声で叫びながら、紫苑は門矢さんに掴みかかった。充希はそれ少しビビリ、唖然とした反面、門矢さんは表情一つ変えていなかった。

「そんなこと、私に言ってどうするつもり? 私が好きなのは最初から瑠夏だけなのよ? 弄んでなんかいないし、他に付き合っている男なんかいないわ。むしろ瑠夏と付き合いたいから、今まで男子から告白される度に振ってきたのよ。先月だって、三年生の人気者の成司さんから告白されたけど、ご丁寧に断ったわ」

 あの成司先輩が……マジか。てか、人気者同士なら噂が広がっていたはずなんだけど、そんな話、一度も耳にしなかったぞ。

 新たな事実を知り、俺は驚いた。だが、そんなことよりも……

(いつの間に俺のこと名前で呼んでね?)

「それに、今更平野さんがギャーギャー喚いたところで、瑠夏はもう私の彼氏なの。この事実は変えようがないのよ。だから、さっきから負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ」

「うっ……うう、うううううううううううううう!」

 門矢さんの圧が凄かったのか、はたまたその言葉が相当堪えたのか、紫苑は半ベソになりながら、とぼとぼと教室から出て行った。

「か、門矢すげーな……」

 充希はポツリと呟いた。

「おいマジかよ……」

「まさか流川なんかと付き合うなんてな……」

「よりによって流川かよ……」

「てか、成司先輩が告白していたこと知らなかったぞ……」

「どうしてあのモテモテ先輩を振ったんだろうな」

 静まり返った空気の中、みんながヒソヒソと話し始めた瞬間、門矢さんは急に俺を抱き寄せ、こう言い始めた。

「いい? ここにいるみんなも聞いて! 私と流川瑠夏は付き合っているわ! 覚えておきなさい! あなたたちが瑠夏をどう思っているか知らないけど、この子は私の彼氏なんだから、文句は言わせないわ!」

「は、はい……」

「分かりました……」

 発表会とかみたいに言うなよ……そもそも、門矢さん大声出すキャラだっけ?

(なんか、今日はいろいろなことが起こりすぎて疲れるな)

「瑠夏、よかったじゃねえか。クラスの高嶺の花と付き合えてさ!」

 充希は茶化すかのように俺の腕をツンツンと指でつついてきた。俺の気も知らないで……。

「それにしても驚いたな~お前のことだから、平野と付き合うかと思ったぜ」

「そんなわけないだろ。あいつはただの幼馴染だから」

「そ、そうか。でも、あいつ……いや、なんでもない。それより、彼女を大切にな」

「おい、なんだよ。なに言おうとしたんだよ」

「だから、なんでもないって」

 俺になにか言おうとした充希だったが、すぐにはぐらかした。あまりにも気になるため、無理矢理聞き出そうとしたが……

「瑠夏、もういいだろ? そんなことより彼女のことを考えろ。な? 門矢」

「そうね。不愉快極まりないわ」

 え!? 門矢さん!? いつの間に!?

「瑠夏、今あなたは私と付き合っているんだから、平野さんとか他の女の名前出さないでくれるかしら?」

 と、いいながら門矢さんはそっと俺の腕を掴んできた。……と思ったが

「痛い! 痛い! 痛い!?」

 次の瞬間、急に強く握りしめてきた。

「ねぇ瑠夏、痛いかしら?」

「す、すごく……」

「じゃあ、もう私以外の女の話はしないで。ね?」

「……はい」

 俺がそう言うと、門矢さんは腕から手を放し……

「よし、いい子ね」

 そして、彼女は昨日に続き、突然俺の頬にキスをした。

「おいマジかよ!」

「キスしたぞ!」

「マジで付き合っているんだな……」

昨日は二人きりのときにされたのに対し、今日はみんながいる教室でされた。だから、当然周りはざわついた。

「か、門矢さん! みんなの前でなにを……」

「腕をきつく締めすぎたから、そのお詫びよ。じゃあ、ホームルーム始まるから、瑠夏も三葉君も、自分の席に座りなさい」

 今さっきキスしたとは思えないほどの涼しい顔で彼女は俺たちの前から去って行き、自分の席に座った。

「お前、すげえな。昨日告白されたばかりなのに、いきなりキスなんてな」

「いや充希、実は昨日もキスされたんだよ。さっきみたいな感じでさ……」

「おっ、ノロケか~? ほどほどにしとけよ~?」

「いや、そんなんじゃないって……」

「それにしても平野やつ、まだ戻ってこないな……門矢の言う通り、もうすぐホームルームなのにな」

「俺、行ったほうがいいかな……?」

「いやいや、お前が行ったら余計事態が悪化するだろ? 俺が行く……って言いたいところだが、放っておくのが一番かも知れないな」

「お前が行ったらそれはそれで悪化するし、それが正解だよ」

「おいおい……ま、あいつのあんな雰囲気見たらそうだろうな。とはいえ、これでもマシな方なんだよ……あいつ、中学の時は毎日のようにキレたり泣いたりしていたな」

やっぱり、情緒不安定なところは中学の時に形成されたのか……

「お前、どうやって紫苑と仲良くなったんだよ……おおよそ中学時代の同級生とは思えないぞ」

「初めて話しかけた時はるーちゃん以外の男に興味ない! って、感じであしらわれたけど……なんどもしつこく話しかけるうちに、暇つぶし相手になってくれるならってことで、向こうから歩み寄ってくれたんだよ。あっ、俺は決してあいつが好きとかじゃなくて、面白そうだから話しかけただけだからな」

「……そこまで聞いてねぇよ」

「でもお前、今一瞬心配そうな顔をしただろ?」

「えっ、いや……別に紫苑じゃなくて、お前が心配だっただけで……でもまぁ、今もこうして元気なら、なによりだな。ははは」

「ごまかすな。お前、いかにも平野が変な男と付き合わないかな~って言いたげな顔してただろ。失礼なやつだな」

「いや……それは幼馴染として心配であって」

「まぁとにかく、お前には門矢梨音っていう彼女ができた。確かに平野のことが心配になるのは分かるが、今はあまり考えない方がいいぞ。彼女である門矢に失礼だからな。それに、今さっきほかの女の話はしないって約束したばっかりじゃねぇか。また腕を絞められるぞ~」

「うるせぇな……」

「おっと、もう授業がはじまるころだ」

「あっ、おい!」

充希は口笛を吹きながら、自分の席へ戻った。そして、その直後……

「せいぜい美人な彼女との恋愛ライフを楽しむことだな!」

「大声でそんなこと言うなよ! 恥ずかしいだろ!」

 メガホンのようなでかい声で、俺にそう呼びかけた。

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