第8話 裏話6

***


誰かに優しく囁かれていた。

子供の頃みたいに。

だからだろうか。

明さん達の子供になってからの日々を、夢で見た。

本当の親と過ごした時間より、明さん家の子になってからの方が長い。

だから、すでに本当の親の顔すら思い出せないでいた。

目を開ける。

見覚えのない天井が視界に入った。

今住んでるオンボロアパートの天井ではない。

清潔そうな真っ白な天井だ。


「あ、起きた」


隣で声がした。

聞き覚えのありすぎる声だ。

首を動かこそうとしたけれど、それより先に声の主が俺を覗き込んで来るのが早かった。

少し青みがかった黒髪を束ね、スーツを着た女が、俺を見ている。

義姉の羽衣奈だった。


「ねーちゃん」


「はいはい、お姉ちゃんですよー」


おどけて答えた羽衣奈は、軽く説明を始めた。


「厄介事に巻き込まれたんだってね。

ここは病院だよ。

あんた、肩撃たれてさらに強制的にグレアでSubドロップさせられたんだってさ。

まぁ、そっちの意味で身体的に何もされなかったのは不幸中の幸いだけど」


記憶が一気に蘇ってきた。

病院、ということはあの後俺は搬送されたのか。

撃たれた肩を見た。

包帯が巻かれている感覚があった。

固定されてるから、ギプスもされているのだろう。

折れてたしなぁ。


「しかし、柚季も災難だね。

【アーリマン】の内部抗争に巻き込まれるなんて。

あ、ちなみに柚季がこの病院に搬送されて、今日で四日目だよ。

大部屋じゃなくて個室なのは、ウィルの判断だよ。

よく寝てたねぇ」


四日目も経ってたのか。

あとここ、個室だったのか。

別に大部屋でも良かったのに。


「はた迷惑なお家騒動に巻き込まれるとは、流石におもってなかったよ、姉ちゃん」


なにしろ、ただ人助けをしただけだったのだ。

そういえば、あの人はあの後どうなったんだろう。


「所長さんから伝言。

動けるようになったら連絡くれってさ。

それと」


羽衣奈の言葉は途中で止まった。

病室のドアがあいて、誰かが入ってきたのだ。

俺はそこで羽衣奈に手伝って貰いつつ、身体を起こした。

部屋に入ってきた人物を見た。

それは、五日前に助けたあの男性だった。


「起きたんですね」


男の丁寧な言葉遣いに、羽衣奈がそちらを見て、また俺を見た。


「えぇ、お陰様で」


答えた羽衣奈の声に、冷たいものがまじっていた。


「柚季、この人がSubドロップしたアンタのケアをしてくれたんだって。

お礼言っときな」


「えと、ありがとうございました」


ぺこりと頭を下げると、男はなにか言おうと口を開きかけた。

それより早く羽衣奈が、男へ言葉を投げた。


「それじゃ、もう用は済みましたよね。

出てってください」


さっきよりもハッキリとした拒絶があった。


「姉ちゃん?」


姉がこんな拒絶を見せるのは珍しい。

男が姉を見て、肩をすくめる。


「せめて、彼に巻き込んだことへの謝罪を」


「謝罪は、私たちが受け取りました。

それで十分でしょう。

出てってください」


ぴしゃりと、姉は言って譲らなかった。


「弟は、まだ目覚めたばかりなんですから」


微かに、姉の声が震えていた。

男は仕方ないか、と言いたげに俺を見た。

そして、頭を下げて病室を出ていった。


「……どうしたのさ、姉ちゃん」


「別に」


「別にじゃないでしょ」


「ウィルに頼まれたの。

あの人をアンタに近づけないようにって」


「え~、なんで??」


「まぁ、柚季がこうなった原因だからだろうね。

最初、そのことを知ってウィルがあの人を殺そうとしてたから」


相変わらず過保護だな、あの人。


「いやぁ、俺だけじゃなく羽衣奈や命、ハルが同じ目にあってもそれやりそうだなぁ」


「否定はしない。

それこそ、この四日間ずっとあの人ここに来てたんだよ。

あんたの様子を見にね。

でも、昨日まではウィルが柚季の付き添いしてたから絶対病室に入れようとしなかったけど。

原因ってのもそうだけど、名前を聞いて遠ざけようとしたみたい」


おや、珍しい。


「そういえば、あの人の名前って?」


俺は気になって聞き返した。


「獅子岳琥太郎、【アーリマン】の元首領候補だよ」


おやまぁ、関係者だとは思ってたが、まさかのお家騒動の当事者だったとは。


「今は組織からも追われる身らしいけどね」


姉は息を吐き出して、そう言った。

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人を助けただけなのに(´;ω;`) ぺぱーみんと @dydlove

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