第7話 裏話5
獅子岳琥太郎が、この場に現れたのはある意味では偶然で、ある意味では必然だった。
前日の夕方、琥太郎は暴行を受けたために意識が朦朧としている所を柚季によって発見、救急車にて病院に搬送された。
その後、治療を受けた後。
幸い、見た目ほど大きな怪我がなかった。
だから病院側も、すぐに琥太郎を解放してくれた。
病院を出たあと、極秘に用意していたアジトに逃げ込んで夜を明かした。
極秘にしていた甲斐があって、弟が殴り込んでくることは無かった。
父が殺された。
最愛の人も、殺された。
こんな自分と一緒になってくれる、そう言ってくれた優しくて強い人。
側近達も殺されてしまった。
琥太郎を逃がすために、犠牲になった。
琥太郎は悔しさと怒りで、どうにかなりそうだった。
しかし、ふと、彼を助けてくれた人物を思い出す。
強かった。
たしかに、彼は強かった。
まだ少年のような幼とあどけなさが残る顔立ち。
22歳の琥太郎よりも年下だろう、彼。
彼は無事だろうか。
おそらく、彼は一般人だ。
強くとも、一般人なのだ。
弟のところにも報告があがっているだろう。
そして、弟は己の邪魔をする者に容赦がない。
事情を知らなかったとはいえ、琥太郎のゴタゴタに、裏社会でも有力組織の一つである【アーリマン】の騒動に巻き込まれたということになる。
命の恩人だ。
なんとかしてやりたいが、現在の琥太郎にはそれがとても難しかった。
側近達がいてくれたなら、まだやりようはあった。
しかし、現在の琥太郎には何も無かった。
権力も、仲間も、なにもない。
それでも、これだけのことをされてしっぽを巻いて逃げるわけにはいかない。
せめて一矢報いてやらねばならない。
琥太郎は、弟への復讐を決意した。
とにかく、体勢を立て直さなければならない。
しかし、今回のことで琥太郎の派閥だった者は、家族ともども殺されている。
今度は一から組織を作る必要があった。
それには仲間集めから始めなければならないだろう。
資金も必要だ。
とにかく、一度この地を、もしくはこの国を一旦離れた方がいいかもしれない。
早朝。
充分に身体を休め、携帯食糧で軽く食事をする。
それから、このアジトに隠しておいた銃を点検して、持ち出した。
部下が用意してくれていたバイクに跨って、祖父の代から世話になっている情報屋へ向かう。
情報屋は琥太郎が現れると、その生存に喜んでくれた。
組織の外には、まだ頼れる存在があることに感謝しつつ、弟の動向について情報を仕入れた。
「あれだけの組織だ。
お前の弟の
「……三十年以上前に実在した殺し屋を探せって?」
すでに八十近い情報屋の言葉に、琥太郎は苦笑するしかなかった。
今から三十年前。
いつの間にか、そう呼ばれている凄腕の殺し屋が存在した。
活動期間こそ数年と短かったものの、伝説として語り継ぐには十分な仕事をやってのけた。
しかし、三十年に【修羅】は突如として、裏社会から消えてしまった。
以来、足取りも掴めていないらしい。
その生死は不明だった。
「それくらい、お前の弟はヤバい相手になってるってこった」
情報屋の言いたいことは理解できていた。
しかし、そんな凄腕の殺し屋がそうそう雇えるわけもない。
「そうそう、お前の弟だがな。
お前を助けた奴のところに、」
そこまで情報屋が言った時だった。
すこし離れた場所で爆発音が聞こえてきた。
何事かと外に出て確認してみれば、黒煙が立ち上っていた。
情報屋曰く、単身者用のオンボロアパートがある方向らしい。
「古い建物だったからなぁ、ガス漏れでもあったのかもな」
なんて情報屋が口にした直後。
そちらの方から走ってくる人影があった。
携帯をなにやら操作しつつ、転びでもしたのか服には土汚れが着いていた。
その人物は、琥太郎に目もくれずその前を走り抜けて行った。
その横顔に、琥太郎は見覚えがあった。
昨日、琥太郎を助けてくれた少年だった。
しかし、それ以上に彼を動揺させるものがあった。
少年が走り抜けていく時に、微かに甘い香りが琥太郎の鼻腔をくすぐった。
Subが出すフェロモンの香りだった。
微かではあるものの、あんなものを漂わせていたら勘違いしたDomに襲われても文句は言えない。
「あーーっ!くそっ!!」
そんなことをしている暇も、立場でもないのは重々承知していたが、気づくと琥太郎は少年を追って走り出していた。
情報屋の驚く声を背中に受けつつも、振り返らずに琥太郎は命の恩人の背中を追いかけた。
途中で見失い、再び少年を見つけた時。
幸か不幸か、琥太郎から全てを奪った弟が、少年へグレアを叩きつけていたぶっていた。
グレアを浴びている少年は、Subドロップしかけていた。
パニック状態で家族の名を叫び、フェロモンを撒き散らして、さらに悲鳴の代わりに嬌声を上げていた。
琥太郎はそこに割って入ったのだった。
本当はすぐにでも、懐に忍ばせた銃で弟の頭を撃ち抜いてやりたかったが、位置的に少年にも当たりかねなかった。
憎悪と怒りを押さえつけて、まずは少年の安全を確保しなければならない。
弟の学が、琥太郎を睨みつける。
いい所を邪魔しやがって、と目が言っていた。
危ない橋を渡っている自覚はあった。
ちらり、と琥太郎は少年を見た。
グレアと暴力で、痴態を晒している。
肩を撃たれたのだろう。
血が流れ出ていた。
仲間の、最愛の人の死の光景が重なる。
なによりも彼は、琥太郎の命の恩人でもあるのだ。
危険すぎる弟からなんとか引き離さなければならない。
二言三言、弟と言葉を交わす。
威嚇としてグレアも放った。
互角だった。
しかし、すぐに事態は急転した。
一般市民が通報したのだろう、パトカーと救急車のサイレンが聞こえてきたのだ。
さすがにこれ以上、この場に留まることはやめにしたらしい。
学は去っていった。
学への警戒はそのままに、琥太郎はすぐに少年へ駆け寄った。
すでに意識が落ち始めている彼を抱き起こし、急いでケアのために耳元でコマンドを囁いた。
少年の息遣いが落ち着いてくる。
少年の手に視線をやると携帯の画面に、文字が流れていくのが見えた。
SNSのようにみえた。
不意につぶやくと、琥太郎の言葉を携帯が拾い、SNSへの書き込みが行われている。
少年はどうやらSNSではイッチと名乗っていたようだ。
直後、少し遅れて赤みがかった髪の女性が現れた。
「
女性は名乗ると、手短に探偵だとなのった。
同時にパトカーと救急車が到着した。
少年のことを救急隊員に託す。
パトカーでやってきた警察官に説明を求められるとステラと名乗った女性が現状説明を行った。
それによるとどうやら彼女は、少年、ではなく稲村柚季の職場の上司だということがわかった。
少年も、実際はアラサーの男性だとわかった。
しかも地味に驚いたのが琥太郎よりも年上だということだった。
どこからどうみても、高校生にしか見えない。
ステラは、琥太郎のことも適当に説明した。
曰く、今回の仕事の依頼人で彼を迎えに柚季を向かわせたのだが、その道中でこのトラブルに巻き込まれてしまった、とでっち上げた。
琥太郎はそれに話を合わせた。
妻の浮気を疑って、調査を依頼したのだ、と言いにくそうな演技までした。
幸い、疑われることはなかった。
応急処置として、怪我を負ったことでSubドロップに入ってしまった柚季のケアしたことも説明した。
そんなこんなで、事情を説明している横で救急隊がどちらか柚季に付き添ってほしいと言ってきた。
表向き、依頼人ということになってしまった琥太郎が申し出るのも変かとも思ったが、ケアしたのは事実であり、また彼のせいであのSubの青年が怪我を負ったのも事実だった。
そのため、気づいたら自分が行くと口に出していた。
本当ならすぐこの場を離れた方が良い。
またいつ、弟がちょっかいをかけてくるかもわからない。
しかし、どうにも放って置く気になれなかったのだ。
「……すみません、頼めますか?」
ステラが、意外にもそう言ってきた。
「彼の家族には私から連絡します。
貴方が付き添っていることも説明しておきますので。
よろしくお願いします」
こうして琥太郎は、柚季に付き添って病院に戻ることとなったのだった。
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