第6話 裏話4

***


【アーリマン】は、日本の裏社会でも五指に入る組織だ。

その後継者争いで、今組織の内部はかなりごたついていた。


首領の次男――獅子岳ししだけまなぶが反旗を翻し、実の父親とその幹部を暗殺した。

続いて、先代首領が次期首領として指名していた長男――獅子岳ししだけ琥太郎こたろうに刃を向けた。


元首領候補と仲間の粛清は、恙無く終わる予定だった。

後は、元首領候補の兄の首を取るだけだ。

仲間も、婚約者もなにもかもを壊して、殺したのに。

用意周到に準備したはずだったのに。

そうして、全て奪ったはずだったのに。


最後の最後で予想外のことが、起きた。


兄の暗殺を命じたもの達が、何者かによって倒され警察に捕まったというのだ。

命からがら逃げ出し、姿をくらました兄。

その捜索と暗殺は、側近の一人に任せていた。

そうして兄を見つけたのは、側近の部下で末端の構成員だった。

致命傷とまでは行かなくても、すでに動くことは難しいほど痛めつけられていた。

あとは、死を待つばかりだった兄には、まだ仲間がいたのだ。


気に食わなかった。

生まれながらにして、絶対的王者の器であった兄。

兄の腹心の中の腹心はすでに殺している。

他の仲間とその部下達も残らず始末した。

ならば、その邪魔者こそが、兄に味方する最後の一人だろうと思われた。

まさか、その辺の一般人が下っ端とはいえ【アーリマン】の構成員に太刀打ちできるはずがないのだから。

すぐに調べさせた。

それによると、どこからどうみても一般人である、という報告が上がってきた。

家邪魔者の情報が集まる。

兄の最後の味方――稲村柚季。

探偵事務所にて事務として働いている。

それも、何度か裏社会の揉め事に首を突っ込んでいる探偵事務所だった。

探偵事務所の名前だけなら、学も耳にしたことがあった。


【アストラ探偵事務所】


それが邪魔者が表向き所属している場所だ。


よほど擬態が上手いのだろう。

そう判断した。

住居も割れたので、明朝に仕留めるよう指示を出した。

兄の方は病院に運び込まれ、手出しが難しかったためだ。


そして、その指示を部下たちは忠実に実行してくれた。

だというのに、


「逃げられた?」


定時報告で上がってきたのは、当該人物が逃げているというものだった。

確実に仕留めるため、念の為組織内でも優秀なスナイパーを手配したというのに仕留められていないらしい。

しかも、ここでさらに上がってきた報告に、学は驚愕することになる。


「Sub、だと?」


Sub、Domに跪き、頭を垂れ、尽くし、仕える存在だ。

立場は対等とされているが、しかしDomの発する《命令コマンド》に逆らえない時点で、立場は下なのだ。

学はとくにこの思考が強かった。

【アーリマン】の現在の構成員は、ほとんどがDomかNormalである。

Subもいるにはいるが、性的欲求の解消相手としてである。

それこそ、今の【アーリマン】においては、Subは構成員というより、飼っているといった方が正確だった。

このクーデターが起きる前は、そんなことはなく飼っていたのは学の派閥だけであった。


飼われ、こちらに跪き、尻尾を振るだけの存在。

その存在に舐められているようで、学は気に入らなかった。

同時に、Domの本能でもある加虐心と嗜虐心が湧いてくる。

この兄の味方であるDomを支配し、屈服させ、いたぶりたいという欲求だ。

顔すら見たことの無い相手だが、構わなかった。

気に入らなければ脳天に一発入れれば済む話なのだから。


そうして出向いてみれば、とくに美しくもなんともない平凡な男が、覗いた双眼鏡の中で逃げ回っていた。

支配欲が少しだけ萎えてしまった。

これならグレアを浴びせれば動けなくなるだろうと、部下に指摘してやる。


すると、


「それが、全く効かないんですよ」


という答えが返ってきた。

むしろ、それを逆手に取られてこちらの位置を把握しているかもしれないらしい。


(ただのSubの癖に生意気だな)


学は、己のグレアを標的である柚季に向かって叩きつけた。

柚季は恐怖に顔を引き攣らせて、その場に蹲ってしまう。

その時の表情は少しそそられた。

しかし、どうしても支配したいという欲求は萎えたままだ。


「これでいいだろ。

頭を狙え」


学は双眼鏡を覗いたまま指示を出した。

普通のSubなら、文字通り動けなくなるほどのグレアだ。

あとは部下の撃った弾丸が、あのsubの脳天に直撃しその中身がぶちまけられるのを見るだけだ。

その予定だったのだが、柚季は予想外の行動に出た。

懐から抑制剤の瓶を取り出すと、一気にがぶ飲みしてしまったのだ。

そう、普通に動いたのである。

グレアで行動を止めていたはずなのに。


ドクン、と学の心臓が高鳴った。


同時に萎えていたはずの支配欲が、また湧いてきた。

狙いを定めていた部下を止める。


「……お前たちは待機してろ」


学は獲物を狙う肉食獣の目で、柚季を見つめた。

それからすぐに、柚季に近づいた。

彼はその場に留まったままだ。

足はまだ動かせないらしい。

学の接近にも気づかなかった。


すぐ近くまできて、ようやく柚季は学に気づいた。

学に向けられた柚季の目は、警戒こそしていたものの本当の意味で恐怖も屈服もしていなかった。

わずかな恐怖くらいは滲ませていたが、それだけだった。

それが気に食わなかった。

だから、より強力なグレアを叩きつけてみた。

すると、


「……ッんあ!!」


柚季から上がったのは、嬌声だった。

甘ったるい、女のそれ。

ゾクゾクとした快感に似たものを学は感じた。


「あ、ああああっ!!

や、やめ、ん"ん"ッッ」


必死に押し寄せてくる快感を堪えるような、そんな声が柚季から上がる。

息が上がり、彼の体がさらに強い刺激を求めて反応し始めたのが、学には見て取れた。

そこに、さらに蹴りを入れてみた。


転がりつつも、柚季は体をビクビク震わせて達しているように見えた。

グレアと暴力でこれだけ感じているのだ。

もしも、《命令》を与えたら、柚季がどんな醜態をさらすのか、学は見てみたくなった。


柚季はグレアを数度叩きつけられたことによる恐怖で、Subドロップしかけていた。

しかし、それすらも妙な色気があった。


必死に家族の、はたまた柚季のパートナーらしき人物の名を叫んでいる。

たすけてと叫んでいる。


――もっと、いたぶってやりたい――


その体を今度は組み敷いて、噛みつき、そして貫いたら、と想像するだけで興奮した。

悪魔のような笑みが、学に浮かぶ。

その時だった。

忌々しくも、聞き覚えのありすぎる声が彼の耳に届いた。


「おい、いい歳してSubイジメか? 愚弟」


声のした方を見る。

そこには、全てを奪い深手を負わせたはずの兄――獅子岳ししだけ琥太郎こたろうが、立っていた。

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