第5話 裏話3
いつも通りに起きて、朝食をとって身支度を整える。
安アパートの一室での、なんの変哲もないいつも通りの風景。
俺は、いつも通り部屋を出た。
瞬間。
部屋が爆発した。
「……はっ????」
爆風で吹っ飛ばされた俺から出たのは、そんな間抜けなこえだった。
受身をとって転がる。
「え、ええ??!!」
部屋が爆発しやがった!!
あまりにボロすぎる単身者向けのアパート。
近所の小学生からはお化け屋敷と言われているほど、オンボロでおどろおどろしい雰囲気のそこが、爆発炎上した。
あまりにボロすぎるので、今住んでいるのは俺と、おとなりの作家先生くらいだ。
その先生は、一昨日から取材旅行に行っていたはずである。
「なんなんこれぇ」
呟いた時。
ゾクリとする視線を感じた。
殺気とは違う、気持ち悪いそれ。
(ここにいない方がいい)
そう判断した俺は、その場から走って逃げ出した。
走りながら、懐から携帯を取り出して消防へ通報しようとする。
しかし、すでに誰かが通報したらしくサイレンが聞こえてきた。
そしてあの赤い特殊車両とすれ違った。
オンボロアパートがあり、今は黒煙が立ち上っている方角だ。
「事務所に向かおう」
あの気持ち悪い視線から逃げるため、いつもより遠回りする。
その時、ふとこんな考えが降ってきた。
あ、これ掲示板でネタにできる。
つーか、実況できるやつだ。
不謹慎と言うなかれ。
こういう性分なのだ。
羽衣奈と一緒にスネーク活動してたのはいい思い出である。
俺は携帯を操作して匿名巨大掲示板を表示させた。
そして、スレを建てた。
まずはこれまでの経緯を書き込む。
つーか、スレタイにもしたけど本当に俺のこと、誰か褒めて欲しい。
Subの本能とか関係なく、普通に褒めて欲しい。
昨日の人助けは、それを望んでもいいやつだ。
掲示板にて一通りのことを説明し終える。
それから、部屋がめちゃくちゃになったことも書き込んだ。
ガチで賃貸なんだけど、どうしよう。
弁償しろって言われてもできねーよ。
なにしろ稼ぎのほとんどは、今まで育ててもらった恩を返す代わりに明さんの入院費と、ハルの学費として命に渡しているのだ。
最初、命は長子の自分が全てやるから、と断ったがそういうわけにもいかず無理やり押し通した。
それは羽衣奈も同じだった。
命は俺からの金だけではなく、羽衣奈からのそれも受け取ろうとはしなかった。
それぞれのために使えということだった。
しかし、羽衣奈も無理やりこの話を押し通した。
銀行で借金でもするか?
もしくは、それこそ自分は本能こそ薄いとはいえSubだ。
なんなら副業で身体を売れば……ダメだ、命に知れるとガチ切れする可能性は高い。
やるなら、こっそりやらなければ。
そこまで考えた時だった。
パンっという音。
続いて、耳元を何かが掠めた。
紙が何本かハラハラと舞い、落ちる。
うっそだろ?!
銃撃されてる!!
俺は掲示板の書き込みを音声入力に切り替えた。
ついでに今しがたの銃撃について報告する。
同時に、気づいた。
左腕が無茶苦茶痛い。
とにかく走りながら左腕を確認してみた。
うっわー、なんか変な方向に曲がってる~。
折れてる。
絶対折れてるよ、これ。
つーか、この銃撃も昨日の人助け絡みだよな絶対。
なにしろ、反社関連だったしなぁ。
とか考えてたら、情報提供された。
掲示板の情報屋、特定班の書き込みだ。
……内部抗争に巻き込まれた人だったんか、昨日の人。
しかも助けたことで、昨日の人の仲間扱いになってる感じか。
うっわぁ、どーしよ。
そこで、周囲の景色を確認してみる、
…………。
やっべ、これ追い込まれてる!!
全然目的地とは違う方向に追い込まれてる!!
まずいまずいまずい!!
焦りで、転びそうになってしまう。
その時だ。
頭上を弾丸が掠めた。
同時に背後で音がした。
振り返ると、道路に穴が空いていた。
頭ねらわれてた!!
アパートの件で確信はしてたけど、これガチで殺しに来てるやつだ!!
昨日助けたDomの人、その仲間扱いされているというのは、どうやら当たっているようだ。
とにかく、なんとか方向転換をしないと。
考えを巡らせようとした時、今度は左肩に衝撃があった。
「へっ」
見ると、左肩の布部分に穴が開き、血が滲み出ていた。
「ぐあっ。くっそ、やべ。
肩撃たれた」
俺の呟きを携帯が拾い、そのまま書き込まれてしまう。
マジ、これ死ぬかも。
そう自覚した時だ。
身体に電流を流されたかのような、痺れが走った。
同時に、その場にへたれこんでしまう。
なんだ、これ??
体うごかねぇ。
戸惑う俺の身体に再び、電流のような刺激があった。
「ひぅっ、ん"ん"ッッ」
思わず出た声は、自分のモノとは思えないほど甲高い声だった。
そう、まるで嬌声のような声だ。
俺は思わず口を手で抑えようとした。
けれど、それより先に声が漏れてしまう。
「ひあっ、ああ、あっ!!」
それを携帯がまたも拾い、掲示板への書き込みとなってしまった。
幸いなのは、ここは街の外れでほとんど人がいない事だろう。
民家からも離れている。
あるのは畑くらいだ。
野良作業をしてる人の姿も、不幸中の幸いか見当たらなかった。
そんな不自然過ぎる俺の書き込みを見て、スレ民の一人がグレアを浴びてるんじゃないかと書き込んだ。
グレアって、あれか、Domの威嚇オーラ。
なんで、今まで平気だったのに。
さらにズンっと、空気が重くなった。
俺はパニックになりつつも、携帯を見た。
抑制剤を飲めと、書き込まれている。
たしか、頓服があったはず。
俺は鞄を漁って、瓶詰めのそれを取り出すと一気に何十粒と飲み込んだ。
喉に引っかかりながらも、抑制剤は胃に落ちてくれた。
すぐに精神が落ち着いてくれた。
これ、こんなに効果あるのか。
今まで、ちょっと変だなぁって時にしか飲んだこと無かったからなぁ。
とにかくここから移動しなくては。
けれど身体が震えて動いてくれなかった。
そのことを音声入力でかき込んだ。
直後。
男が、すぐ近くに立っていることに気づいた。
「お前、Subだな」
男が話しかけてきた。
若い男だ。
二十歳前後の男だ。
同時に、腹に蹴りを入れられた。
「あぐっ!!」
息がつまった。
「誰だよ、あんた??
ぐっ、ゲホッ」
「おや、所属してる組織のボスの顔くらい覚えておいて欲しいもんだ。
いや、お前のボスは俺じゃなくあの男だからか。
まぁいい、おいお前のボスはどこにいる?」
「ボスなんて知るか!
こっちは、ただ、善良な市民としての義務を果たしただけだ!!」
叫んで、男を見返した。
男からさらに鳩尾へ蹴りを喰らってしまう。
「うあっ、ぐっ、がはっ」
唾液を吐き出すと、血が混じっていた。
グイッと髪を掴まれ、顔、というか俺の目を男が覗き込んできた。
グレアを叩きつけられるように浴びてしまう。
闇に飲まれる。
闇に飲まれる。
意識が闇に飲まれてしまう。
そう自覚した時だ、目の前が真っ暗になって絶望感が一気に押し寄せた。
やだ、やだやだ。
怖い、やだ。
助けて、だれか!!
「
まるで小さい子供のように、俺は叫んでいた。
闇の中、絶望に手招きされる。
逃げたいのに、逃げられない。
闇の中で溺れてるような感覚だ。
助けてほしくて、必死に手を伸ばした。
でもどこにも届かない。
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