第4話 それはないだろう!

 下層の惨事はまさに地獄絵図だった。炎にまかれた犠牲はいなかったものの水圧で負傷した人間が担架で運ばれていた。

 幸い命に別条がある者はいなかったが、オフィスは原型を留めておらずフロアーは水浸しで使い物にならなかった。

 しかし、あのまま火災が広がった事を考えたら幾分ましだったのかも知れない。

 突然の出来事に会社全体がパニックになっているが、私は素知らぬ顔をしていた。

 事の説明をする義務があるが信じては貰えないだろう。

 何せ私が信じられないのだから。


 少女は本物の僧侶だった。勇者パーティーの一員で魔王を倒すべく活動していた。

 初めて訪れたダンジョンの最下層で怪しげな扉を開き現代へと転移する。

 魔法を見せられた私は半信半疑だったが、この少女の力の見たからには何とかしなくてはならない。

 このまま世間に放り出して、さっきの様な魔法を使われてしまっては一大事になってしまう。

 警察に捕まったとして、その警察すら魔法の力でねじ伏せてしまうかも知れない。

 彼女の力は脅威なのだ。元の世界へ帰って貰う以外はない。


「ここに来る切っ掛けはその扉だったんだよね…」


「そうだ!扉を開いたらここに来た!」


 私は役員室の応接セットで少女を尋問していた。こんな奇妙な光景を会社の人間に見られたら私の居場所は無くなってしまうだろう。


「その時に何か変わった事は無かったかい?」


「扉を開いたら光ったんだ!ピカーって!」


 少女の名前はエルザといった。歳は18だそうだが精神年齢は遥かに幼い。

 頭が弱いのと異世界ではきちんとした教育がされてないのだろう。


 因みに私の名前は山田五郎という。会社の役員をしているがこれといった特技は無い。

 マネジメントが人より長けていた事がこの地位についた理由だろうか?


「光ったのは扉?それとも周り?」


「う~ん…周りかなぁ…?」


「ここに着いた時はその扉は無かったの?」


「何にもなかった!」


 エルザの話を聞いて私は希望を失っていた。その話が本当であれば扉は異次元へと繋がる通路だが一方通行で戻る方法は無い。


「そういえば…これも光っていたぞ!」


 エルザはそういうと道具袋から奇妙なモノを取り出した。

 それはどう見てもスマホだった。


「それ…どこで見つけたの?」


「洞窟の中の宝箱だよ…扉があったのと同じ洞窟の…」


「光ったってどんなふうに?」


「プルプル鳴って薄く光ったんだ」


 着信があって光ったのだろうか?しかし異世界にはスマホなんてないだろう。

 エルザはこれが何か理解していない。


「ちょっと見せて貰える?」


 エルザが持っていたスマホに手を伸ばし受け取ろうとした。

 その時、どこかから着信が鳴った。着信の相手先は???となっている。

 辺りは眩しいほどの光に包まれ私は眩暈を感じた。


「あっ!戻ったぁ!」


 閃光が収まると薄暗い空間が広がる大きな扉の前に私たちは居た。

 エルザはここが何処かを理解している様だった。

 嬉しそうに辺りを跳ね回っている。周りをキョロキョロしながら誰かを探してる様だった。


「マリーシア!アナスター!どこぉ~?」


 勇者パーティーの仲間を探しているのだろうか?


「ワープ!」


 そう唱えた瞬間エルザは瞬く間に姿を消した。

 暫くしたら戻ってくるだろうと踏んでいたが、その気配は全く無かった。

 薄暗い洞窟のボス部屋の前で一人取り残される私。

 勇者がいるという事はモンスターだっているに違いない。

 このままここに居ると瞬く間に餌食になってしまうのではないだろうか?

 私は扉とは反対方向に足を踏み出した。


 私は忘れていた。エルザが頭の弱い娘である可能性があることを。

 きっと嬉しさから私の事などすっかり忘れているに違いない。

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