第3話 それはマズいでしょ?
会社に辿り着く前に私は辺りを伺っていた。
社内の人間に少女を連れ込む姿を見られるのはマズかった。
正面からでは受付の女の子が待ち構えているので裏口から侵入する事にした。
しかし裏口にも警備の人間がいる為、隙を見つけて侵入するしかない。
「よし、行ったぞ!」
この時間帯は夜勤の人間との引継ぎの為、守衛所の警備が手薄になる。
私たちはその隙をついて会社に侵入した。
しかし少女は何故、私に付いてくるのだろう?
軽々しく声を掛けてしまった責任は私にあるが、何か根本的な目的があっての事ではないだろうか?
「君は私の会社までついて来て何がしたいんだい?」
「かいしゃ…?何だそれ…」
少女は会社という言葉を理解していないかの様に振舞っていた。
「私は元居た場所へ戻りたいだけだ…」
やはり少女と話しても埒が明かない。異世界転移の設定は止めて貰えないものか?
「おっさんが誰かは知らないが、私が何でここに居るのか説明しろ!」
そう言われても私にはわからない。街で見かけた少女に声を掛けただけなのだから。
「ちょっと待って…君はここに来る前は何処に居たんだい?」
「ダンジョンだよ…最下層でボスの部屋かと思って扉を開けたら急に眩しくなって知らない場所にいた」
どうしても異世界転移の設定は止めて貰えないようだ。会社に連れてきてしまったが警察に任せるしかないのだろうか?
「ジリリリリリ…」
そんな時、会社のビル全体に非常ベルが鳴った。
「カサイデス…カサイデス…」
火災のアナウンスがスピーカーから無機質にこだまする。
出火元は下層の2階の様だった。私たちは移動を重ねすでに5階にいる。
「マズいな…」
「何だこれは…騒がしいな…」
少女はいまだに異世界転移の設定を演じているのか、やけに落ち着いている。
スグに非難をしようと思ったが少女を連れている事に躊躇った。
ボヤ程度だったら避難しなくても良いが、そうで無ければ炎に包まれてしまう。
「仕方がない!スグに外に避難しよう」
私たちは上がってきた階段を降りて外へ向かう事にした。
しかし下層からモクモクと煙が上がってくる。
思ったより火の回りが早いのだろうか?
3階の階段を降りようとしたとき私たちは手遅れな事に気付いた。
囂々と燃え盛る炎はすでに階段に燃え広がっていた。
スプリンクラーは作動していたが気休め程度にしかなっていない。
「駄目だ!上に逃げるしかない!」
「火事か?私が消してやろうか?」
少女は炎を見ても落ち着き払っていた。
慌てふためく私は少女の戯言を聞いてる余裕はない。
少女は祈りを捧げる様に胸のあたりで手を絡ませて何かブツブツと呟いている。
「ウォーターウエーブ!」
少女はそう言いながら舞を踊る様に体をくるりと反転させた。
同時に何処かからゴゴゴゴゴという轟音が鳴り響く。
少女の体の正面にぽっかりと空間が開き、大量の水が津波の様に押し寄せてきた。
それは消防が行なう放水などと例えるには生ぬるい。見たことも無い水量が下層に向かって流れて行った。
「ほら、もう大丈夫だぞ」
落ち着き払った少女はこの事態を当然の様に受け止めている。
燃え広がった炎は瞬く間に消え辺りは静寂に包まれていた。
しかし、あれだけの水圧が込められた水が一気に放水されたのだ。
炎は消えただろうが下層は物凄い事になっているに違いない。
「マズいでしょ…」
「ケラケラケラケラ…」
顔面蒼白の私の目の前で少女は楽し気に笑っていた。
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