第3話 安堵の異音
気がつくと、仏間の掛け時計が変な動きをしている。
私は時計のカチカチと秒を刻む音が好きなので、置時計は出来れば音がするものを選んでいる。
ただ昨今出回っている物は、この音が五月蠅いと好まれないことが多いようで、スムース秒針とか無音の物の方が多い。
なので家にある5個の内2つは無音の物だ。
私としては夜中、時計の音を聞きながら眠るのが好みなのだが――メトロノームのようにしっかり大きいのは流石にダメだが――まあ世の流れなので致し方ない。
ところが夜中の1時を過ぎた頃、相変わらず夜更かしをしていた私の耳に、隣の仏間から急に時計の音が聞こえてきた。
12のところで止まっていたはずの秒針が動いている。
時刻は1時16分。
説明書を見てみると、『1時17分に時刻調整のために動くことがあります』と書いてある。
そう、この時計は電波時計だ。
時刻の微調整のために、突然針がグルグル動いたりするアレである。
この時計も電波が捕まらないのか、グルグルとまるまる12回一周したりよくしたものである。
それを見るたびに『あ~、電波探してるなぁ』と思っていた。
しかし『1時17分』って、なんて中途半端な設定なんだ。
大体、御休みモード使用なのに夜中に設定されているのも不思議だし、真夜中に時計がグルグル動き出すのもシュールだが、今は17分じゃなく16分だ。
1分くらい構わないが、そこは電波時計としてどうなんだろう?
世界標準時刻の何かのタイムゾーンなのか?
なんて思っていたら、リズムが変った。
カチ カチ カチ……と一秒ずつ鳴っていた音が、カチカチカチカチ……と倍速になった。
エ? 見に行くと確かに秒針の動きが早くなっている。
おおっ? 秒針はそのまま数十秒早く動くと、『12』の少し手前で再び落ち着きを取り戻したように、
カチ カチ カチ……と1秒刻みに戻った。
そのまま秒針は元通りに頭の『12』で止まった。
あれ、こういう時、秒針じゃなくてまず長針が動くんじゃなかったっけ?
説明書にもそうなってるし、まず今までのグルグル動きはそうだった。
いつからそんな動きをし始めたのか、おそらく私の部屋からこの仏間に移した後だろうとしか分からない。
こちらの部屋だと受信具合が悪いのだろうか。
ネットで調べてみると、秒針が変な動きをするのも『電波時計あるある』なようで、動画でも秒針が倍速になって早く回っていく様子が見られた。
しかしである。
ウチのはそういうただの倍速じゃないのだよなあ。
始め普通に動きだし、底辺の『6』のところで一旦止まる。
それは5~10秒くらいの間、まちまちだ。
そうしてその止まっていた分、時を追いかけるように針が早くなる。
5秒止まっていれば『8』まで、10秒止まっていれば『10』のところまで追っかけ倍速で進む。
そうして時間に追いつくと、再び基本速度に戻るのだ。
そんな状態が3~7分間ほどのランダムに起きる。
そしてまた何事もなかったように針は12でピタリと止まり、静寂が戻って来る。
その時計は盤面をケースで覆われていない剥き出しタイプなので、直接針を指で動かすことが出来る。
なのでそれがまた、動いている針をワザと指で止めて離したようにも見えるのだ。
また妙な動きを始めたものである。
電波が弱かったり、特に電池が無くなりかけると、妙な動きになるというので電池を新しいモノに換えたりしてみたが変わらなかった。
逆に取り換えるたびに、グルグル回って調整しだすので電池の無駄だし、本当に電池が足りなくなると止まりかけるせいか時間がズレてくるのだ。
なのに20分くらいズレているのに、正刻16分になるとしっかり秒針が動き出すのには驚いたが、それはちゃんと電波を正しく受信出来ている証拠だろう。
面白いが何なんだろう?
まあもう10年以上も使っているし、元々ネットで購入した安価な品。
覆いケースがないので、ぶつけた際に秒針なんか先が曲がってしまっている。
逆に時計を見なくても、音で知らせてくれるボンボン時計のようなところが有難い。
夜更かししていると、『もう1時16分だぞ。そろそろ寝ろよ』と言っているみたいにも聞こえる。
こちらもそれを聞くと『あ~、もうそんな時間かぁ』と背中を伸ばす。
最近では夜中の『1時16分』だけでなく、『奇数』時にも動くようになった。
週末などずっと起きていると、あっ もう3時過ぎかと気付かされる。
そんな感じなので、ある意味重宝しながらそのままにしている。
ところで私は最近その仏間でずっと寝ている。
前まで寝室にしていた自分の部屋が変な意味ではなく、近所の建築工事の騒音で朝寝ていられなくなったからだ。
この工事は元の建造物の解体から、少し間を置いてからのマンション建設工事までなので、数年間という短くない期間がかかる。
平日どころか日曜以外、土曜、祝日もやる。
大体、テレワークで在宅勤務も増えているし、土日祝日勤務の仕事だってザラにある。
勤務時間が遅くて、ギリギリまで寝ていたい人間だっているのだ。
せめて9時から始めて土日休めよ、と言いたい。
睡眠障害の私にはかなりの障害になる。
で、比較的音が響かない仏間に移動することにした。
ある日ほど良く体も疲れ、頭も寝つきモードになった夜、久々に薬を飲まずに寝られそうだった。
不眠症気味の私は入眠剤を使用している。
あまり薬に頼るのは嫌なのだが、こればかりはなかなかやめられない。
眠れない障害の方が体に良くないからだ。
だが、時にこうして薬を使わなくても眠ることが出来る日もある。
薬離れの第一歩として、こういう時は大変貴重である。
なのでまた神経が覚醒しないうちに布団に潜った。
少しの間、横になって本を読み、いよいよ目も疲れて本格的に眠くなったので明かりを消した。
上手くいけばこのまますんなりと、意識の混濁に入れるはずだった。
――が、その時、急に心臓が乱れ打ち出した。
おそらく持病の自律神経失調症のせいなのだろうが、同時に何か気配を感じた気がした。
まだ目が慣れない闇の中、同じ部屋に何かがいる気配。
一気に目が覚め、体が強ばった。
これは動悸のための気迷いなのか、心臓がバクバク波打つと共に不安が増大してくる。
なに、何かいるのか?!
横向きに寝ているから金縛りは大丈夫かもしれないけど――と、この時は思っていた――声とか聞こえてきたら嫌だなあ。
どうする? どう対処したらいい?
とにかく渦巻く怖さと不安とまとまらない考えに次の動きが取れず、まわりの気配を感じ取るように、全身の神経を研ぎ澄ました。
すると――――
―――― カチカチカチカチ……カチ カチ カチ……。
はあぁぁぁぁ~~……。
そっちかあ……。
全身の力が抜けた。
ついで心臓の拍動が落ち着いてきた。
時刻は1時16分になったようだ。
もうこのマンションのほとんどの住人も、すでに深い眠りについている時刻だろう。
原因がわかったのと同時に、緊張から一気に脱力して、再び眠気が戻ってきた。
……良かった。
ひとまずこれで安心して眠りにつける。何かに見守られている安堵と共に。
どうもありがとうございます。
おやすみなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます