第28話 最年少伯爵の誕生

「ブロイデン王国の併呑に関して、敵国の兵站を完全に破綻させた功績をもって、カストリア辺境伯を侯爵に陞爵し、実働をつとめたカストリア侯爵の娘エリスを新たにシルフィード伯爵に叙する!」

「「ありがたき幸せ」」


 お父様は剣を、私は魔導杖を手渡される。領地としては、お父様は辺境伯領の西に接していた元ブロイデン王国に領地を広げ、私はお父様の領地に隣接した中規模の領地を与えられた。

 元ブロイデン王国の西側の国境は国防のため、別の有力貴族が治めるらしい。さすがに私に国境線は任せられないわよね。お父様も国境に接することはなくなったので、いままで軍備にかけていた予算を内政に回せるから、だいぶ資金繰りが楽になるに違いない。


「ところでカストリア侯爵。ブロイデンの他の領地の分譲に関して、推挙する貴族家はあるか? 正直、広大過ぎて苦慮しておる」

「私からは特に。強いて言えば、宝飾品の便宜をはかっていただいたアストリア家でしょうか」


 ああ、「エリーゼ」ブランドで売り出した宝飾品とか服飾のことね。おかげでノゴスの街はだいぶ発展したわ。


「わかった、考慮しよう。して、シルフィード伯爵はどうか」


 えっ!? 私に聞かれてもそんな交流関係なんてないわよ。でも、そうね…


「私にはまだ貴族間の交流がございませんが、もし可能であれば、領地と繋がる交易路の舗装をさせてくれる寛容な方をお願いします。王都に来るまでも、長時間馬車に乗っていると舗装されていない道路では、お尻が痛くて仕方ありません」

「おお、そういう話であれば余がシルフィード伯爵に交易路整備特権を与えよう。貴族家には布告を出しておくので、必要な街道は他領であってもカストリアのように好きに整備するが良い」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 よし! 縦横無尽に整備しまくってブロイデン中を観光してまわれるようにしてやるわ!


「こら、エリス。欲張りすぎだ。申し訳ございません、娘はまだ八歳なればご容赦を」

「気にするな。それに、立てた功績を考えれば安過ぎるくらいだ。そうそう、いったいどのようにしてブロイデンを無条件降伏にまで追い込んだのか聞かせてくれぬか」


 陛下のリクエストに応じ、私は南大陸で大量に作った鞄を元に大量のマジックバックを作り、補給拠点と主要な街や村の倉庫にフライで忍び込んでは食料や物資を根こそぎ収納してまわり、最後の仕上げにエステール城を中心とした地盤をピット・フォールで沈下させてウォーター・ボールで水没させたことを話した。


「なんと、エステール城を湖の底に沈めたのは、シルフィード伯爵だったのか。城は今後の統治で利用価値があるので、元に戻すことはできぬか?」

「もちろん元に戻すことはできます。水没していますが、石造りでしたから調度品以外は使えると思います」


 拝領した領地にいくときに、ついでにエステール城を通って元に戻しておくことを約束すると、続いて奪った食糧や物資の扱いについて指示を受けた。


「現在、民が飢えに苦しんで暴動を起こしているようなので、時期をみてハイランド王国からの配給として返してやってくれぬか」

「かしこまりました。カストリアに戻りましたら、すぐにでもブリトニアの各地に飛んで配給してまわります」

「うむ、大変だろうが頼んだぞ」


 こうして無事、伯爵の授与式を終えた私は、来た時と同様にフライでカストリア領に戻ったのだった。


 ◇


「聞いたか、クラーク。シルフィード伯が利用する街道は、全てカストリアと同等のクオリティで舗装してくれるそうだぞ」

「はっはっは、父が聞いたら今すぐにでもケープライト公爵領の観光名所を隅々まで案内してまわっていることでしょうな」


 普通はお金を出して整備してもらうものだ。整備させてくれとは笑うしかない。


「それで、ブロイデンの分割案は決まりそうか?」

「カストリア侯爵がアストリア家を推挙するのは予想していましたので、おおむね決まりました」


 クラーク宰相は、そう言って領地分割案を記載した地図をアーサー王の前に広げて見せた。


 エステール城を中心とした王都周辺は王家直轄領、南西にカストリア、南にシルフィード、南西の守りはケープライト公爵麾下の古参の伯爵家を辺境伯に陞爵してあてがい、北西をオルブライト公爵麾下の武門の伯爵家を同様に辺境伯としてあてる。そして北東は、


「またグレイスフィールが大きくなりそうだな」

「北は帝国がおりますし、軍備重視となるのは仕方ありませんな」


 グレイスフィール公爵の領地を広げ、北の帝国の守りとする案だった。


「しかし、どの領地も広いな。一国丸ごと併呑した割に、王家以外は五家しかおらぬが大丈夫なのか?」

「その分、どの貴族家も内政に長けています。問題なく統制してみせるでしょう」

「カストリア侯爵とシルフィード伯爵もか?」

「ははは、むしろそこが一番発展するのでは?」


 敵国に隣接していたことで自重していた森の開拓と街道整備が西まで一気通貫するようになる。シルフィード侯爵領にも港はできるだろうし、陸路だけでなく海路も万全となれば、商人たちが放置しておかないだろう。


 数日後、さらに詳細をつめた領地分割と二家の陞爵と国替えによる調整、そして、シルフィード伯爵の交易路整備特権の布告がなされると、利に聡い商人たちに激震が走ったという。


 ◇


「こんにちわ。ハイランド王国から食糧や物資の配給に来たシルフィード伯爵よ。町長はいるかしら」

「何おかしなこと言ってんだ、嬢ちゃん。町長は住民の突き上げにあって屋敷に立て篭っているぞ」

「そう。ならここに置いて行くから住民のみんなで適当に分けてちょうだい。落ち着いた頃に、ブロイデン王国に併合された後の統治の枠組みについて話しにくるわ」


 ドサドサドサッ!


「なっ! こんな量どこから出したんだ! あ! ちょっと待て!」


 静止の声も聞かず魔法で飛び去る少女の姿に門番は唖然としつつも、街を潤すに十分な量の食料を前に、急いで住民たちに隣国からの食糧の配給を報じたのだった。


 ◇


 このようにして、デジタルツインによる配給活動を元ブロイデン王国の各地で行った私は、それと並行してエステール城の復旧に勤しんでいた。


「まずは水を川に放流しないといけないわね、じゃあ川までの水路をお願い」

「「「ピット・フォール!」」」


 シュゴォー…


 デジタルツインによる集団の穴掘り魔法で城の裏口から近くの川までの水路を設けると、水の底に沈んでいた城が次第にその姿を表していく。

 面倒だけど、綺麗に掃除しないといけないわね…まあ、配給から戻ってきたら六万五千人体制で一日かけて雑巾掛けしたり錬金術で補修したりすれば、すぐ終わるでしょう。その前に城を元の高台に上げるとしましょうか。


「じゃあ、地盤を元の高さに迫り上げてちょうだい」

「「「ストーン・ウォール!」」」


 ゴゴゴ…


 湖の底に沈んでいたはずのエステール城が迫り上がっていく様に、住民たちが気がつき騒ぎ始めたので、入ってこないよう、あらためて城の周りに断崖絶壁と言っていいほどの深い堀を築くと、デジタルツインたちに新たな指令を送る。


「じゃあ掃除を始めましょう!」


 こうして、エステール城は数日かけて元の威容を取り戻した。その異常ともいえる復旧劇とスピードに、元ブロイデン王国の王都住民は神の御業みわざかと恐れ慄き、治安確保のために派遣されたハイランド王国の兵に一切の抵抗を見せず保護を求めたという。

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