第27話 ブロイデン王国の併呑と陞爵

「一体どうしたら無条件降伏などという話になるのだ? 我が国は攻められてもいないではないか」

「ブロイデン王国で大規模な反乱が起きて王が亡命してくる状況でして、話を聞くと我が国が補給基地のみならず主要な街や村から食糧や物資を根こそぎ奪っていったせいだと申しております」


 アーサー王は宰相クラークの不可解な言葉に大きく首を傾げて答えた。


「なにをたわけたことを。そのようなことができるなら、一気呵成いっきかせいに攻め込んで滅ぼしておるわ。子供の悪戯でもあるまいし」

「まったくです。ですが一人だけ、そのありえないことを子供の悪戯のように実行してしまえる人物に心当たりがございませんか?」

「まさか、あの娘がやったというのか? なるほど、確かに殺生は厳しかろう。辻褄つじつまは合うか…」


 しかし、それが本当ならおそるべきことだ。一人で一国を傾け得る力を有することになる。どう考えても危険人物…だが、その前にまずは目の前の事態の収拾だ。


「それで、元ブロイデン王国はどうなっておる」

「混沌としている様ですなぁ…貴族は軒並み反乱で潰れ、残った市民も暴動が静まらない様子。鎮圧には、相当手間がかかりましょう」


 書類上では併呑できても、実効支配のために鎮圧しなくてはならないとなると、無条件降伏による勝利もまるで意味がない。

 そもそも彼の国の住民は食糧や物資を根こそぎ奪われている以上、こちらが相応の施しをせねば飢えて死に絶えるしかない。果たしてプラスなのかマイナスなのかわからなくなってくる。


「ここは、奪った張本人に食糧や物資を与えさせ、懐柔するしかなかろう。カストリア辺境伯に伝えよ」

「かしこまりました。しかし、ブロイデン併呑の功は大き過ぎます。どう扱ったものでしょう」


 どうと言われても陞爵くらいしか考えられない。辺境伯から侯爵への陞爵は確実として、ブロイデンの領地分割で優先的に扱うしかない。

 個人で言えばエリス嬢に勲章を与えるべきだが、娘の活躍を表立っては出して来ないだろう。これが王太子妃に据えて喜ぶのであれば話は簡単なのだが…いや待てよ。


「イストリア王国への牽制にもなるし、この際、カストリア辺境伯の娘を子爵…いや、伯爵にしてしまえ。それでブロイデン王国の一部を領地とした貴族家の当主にすれば、南大陸への流出を防げるだろう」

「なるほど、かしこまりました」


 こうして知らぬ間にエリスは女伯爵に祭り上げられようとしていた。


 ◇


「私は侯爵に陞爵して領地拡大、エリスには女伯爵の爵位を授与して元ブロイデン王国の領土の一部を領地として与えるそうだ」

「まあ、エリスは随分と出世してしまったわね」

「ええ!? 伯爵なんて何をすればいの?」


 住民が一人もいない南大陸の箱庭の領地とは違うのだ。税の取り立てや予算組みなども考えなくてはならない…のかしら?


「兵や人員は融通するし、エリスが成人するまでブルーノをつけるから安心するといい」

「ありがとうございます、お父様。頼りにしていますね、ブルーノお兄様!」

「おう、お兄ちゃんに任せておけ! しかしカール兄のように机仕事をすることになるとは思わなかったな」

「ははは、勉強しておいてよかっただろ。領地経営も剣と同じくらい熱心にすることだな」


 そんな和やかな兄弟妹の雰囲気とは裏腹に、お母様は何か悩むような顔をされていた。


「どうしたイリス、何か心配事でもあるのか?」

「親としてはあるでしょう。エリスは伯爵家の当主になってしまったのですよ? 今度は婿取りを考えなくてはなりません」


 つまり、いままでの嫡流の婚約話はすべて白紙になってしまったから、別の候補を一から調べ直さないといけないということだった。


「良いことではないか。隣接する領だというし、ありがたいことだ」

「せっかくエリスが公爵夫人になれそうだったというのに、爵位を得ても良いのか悪いのかわかりませんわ」


 なるほど、領地経営も考えないといけないし、確かに夫人より大変かもしれない。

 でも逆に考えれば、当初の目標である生活水準の回復をより直接的に行えるし、領地視察と称して自然を満喫したり旅行して回ったりすることができそうな気がする。

 そうポジティブに考えることにした私は、伯爵になった後の招致経営に思いを馳せるのだった。


 ◇


 そして、私は爵位の授与式に出席するため、またも王都に向けてお父様と旅に出ていた。カストリア領を出てしばらくすると、私が舗装した道が途切れて普通の街道に変わり、ガタガタと揺れ始める。


「はあ…王都までフライの魔法で飛んでいくというのは駄目なのですか?」

「いままで、そこまで長時間飛行していられる者がいなかったので前例がないが、関所を通らずに素通りするのは問題があるだろうな。通行料を踏み倒すことになる」


 その理屈でいくと関所の手前で降りて、関所を通ったら再び飛んでいけば良い気がする。でも貴族が馬車から降りて関所を通るかというと…難しいわね。結局、体面のために馬車には乗っている必要がある。


「あ、デジタルツインを何体も出して馬車を吊って関所まで飛べば良いんだわ」

「それは…そうかもしれんが、吊っている縄が切れたら大事故になるのではないか?」

「錬金術で丈夫なミスリル鋼線を作るので大丈夫です!」


 私はアイテムボックスからミスリルと鉄のインゴットを取り出して、デジタルツインで丈夫なミスリル鋼線を必要数作ると、馬車に巻き付けて飛行準備を整えた。


「本当にやるのかい? 護衛をおいて行く事になってしまうが…」

「大丈夫ですよ、では行きますよ!」

「「「フライ」」」


 ブワッ!


 こうして、大幅に時間を短縮して王都まで空の旅を楽しむこととなった。


 ◇


 旅程をかなり短縮して王都の辺境伯邸に到着すると、部屋に入ってベッドに横になる。


「やっぱりドレスで飛ぶのは無理があったわ」


 本体は疲れていないけど、デジタルツインの経験と記憶は全て統合される関係で、重い馬車を吊って長時間飛ぶと多少は気疲れしてしまう。特に、飛行を始めてしばらくの間は馬が暴れるのが負担になる。

 そのうち、自動車とかの開発を考えないといけないわね。一応、ライブラリには、魔石を動力としたエンジンが登録されているから、精巧なギアを製造できる技術があれば実現…できるかしら? ハンドルとかアクセルとかブレーキも考えないといけないし、当分先の話になりそうね。


 そんな未来の乗り物のことを考えながら、その日は微睡まどろみの中に落ちていった。

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